「首都の玄関口」が崩れた
ラ・グアイラはカラカスとシモン・ボリバル国際空港を結ぶ海岸都市だ。
人口は約40万人。坂に張り付くように建てられた古い住宅が多い。 国土地理院に相当するベネズエラの機関の調査では、ラ・グアイラの建物の約80%が「全壊または重大な損傷」を受けた。
「壁が崩れ、隣の家がそのまま潰れた。2階建てだったが、2階がない」。 ラ・グアイラに暮らすタクシー運転手のフアン・ラミレスさん(51)は電話でそう話した。
全国で6万1千人が病院に搬送され、外科手術を要する重傷者が今も1,200人以上いる。 医療物資の不足が深刻で、地方の病院では手術が麻酔なしで行われたという証言もある。
カラカス市内では地震から数日間、倒壊した建物の下から助けを求める声が聞こえ続けた。 捜索に当たったボランティアは「重機が来るまで素手で掘り続けた」と証言した。 国際救助チームが現地入りするのに72時間かかり、その間の生存確率は急速に下がった。
マドゥロは翌日に現れた
マドゥロ大統領は地震翌日の6月25日、ラ・グアイラに姿を現した。
「国家は皆さんを見捨てない」と述べ、現地の支持者に囲まれながら復旧を指揮する姿を国営テレビで放映した。 しかし住民の間では、「テレビのための訪問」という見方が広がった。
実際、重機が被災地に届いたのは地震から1週間後だった。 世界銀行が推計した被害総額は200億ドル(約3兆円)で、ベネズエラのGDPの約28%に相当する。
ベネズエラは経済危機が続く中、建物の老朽化が放置されてきた。 「この地震の被害の大きさは、地震そのものだけでなく、10年以上にわたる経済崩壊の結果だ」と世界銀行のレポートは指摘した。
1万人に達するかもしれない
8月3日時点での公式死者数は6,125人だが、これは「確認された数」だ。
米国地質調査所(USGS)は6月末、類似の地震の過去データから「最終的な死者数が1万人を超える可能性がある」と試算した。 ベネズエラの建築基準の脆弱さが犠牲者数を押し上げているとUSGSは指摘した。
ラ・グアイラの住宅の多くは1950〜60年代に建てられており、現行の建築基準でさえも満たしていない。 鉄筋が錆びて強度を失い、コンクリートが劣化した建物が、地震のたびに崩れる構造だ。
行方不明者の数については政府が「集計中」と述べたまま、更新が止まっている。 独立系の調査団体「クライシス24」は行方不明者を最大1,400人と推計しているが、当局はこの数字を否定した。
国際援助は届いているか
地震後、コロンビア、ブラジル、パナマが支援物資と医療チームを送った。
しかしベネズエラ政府はキューバとロシアの支援のみを公式に受け入れ、米国主導の援助は「内政干渉」として拒否した。 国連の人道調整部門(OCHA)は「援助へのアクセスが一部制限されており、特に農村部で支援が届いていない地域がある」と報告した。
現地のNGOによると、農村部の数十の集落は道路が寸断されたままで、外部との連絡が今も取れていない。 ベネズエラ赤十字は「ボランティアと物資が集まっているが、届けられない場所がある」と訴えた。
地震から45日が経った今も、ラ・グアイラでは重機が瓦礫を動かし続けている。 6,125人という数字は、行方不明者が「確認」される度に増えていく。
国連は「ベネズエラの復興には最低5年、完全な住宅再建には10年以上かかる」と見積もっている。 最も傷ついた人たちが、最も長い時間をかけて待ち続ける国の構図は、地震の前から変わっていない。
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