「氷河が崩れた日」
最初の報告が届いたのは翌27日の朝だった。
ネパール当局がまず受け取ったのは、複数の村落との連絡が途絶えたという報告だった。流域には集落が点在していた。ヒマラヤ山麓の谷間に暮らす人々は、夕方の氷河崩落を知る前に、水が来ていた。
アースカイの報告によれば、今回の引き金はランタン国立公園北部の氷河の部分崩壊で、科学者たちは気候変動が崩壊の可能性を高めたと述べている。
8月末から9月初旬にかけて、捜索活動は続けられた。ネパール軍とインド陸軍の部隊が山岳地帯に入り、中国側からも救援が入った。
消えた村と消えた名前
事故発生から1週間後、ネパール当局は1050人以上の死亡を確認し、約4000人が行方不明と発表した。
その後の数字は増えている。CNNや英ブリタニカなどの報告では、9月6日時点で死者1300人超、行方不明5500人超という数字が出ている。
規模を言い換えると、5500人というのは規模の大きな日本の町一つが消えたような数字だ。
トリスリ川流域に暮らしていた人々の多くは農村の住民だった。家屋が土台ごと流された集落もある。残ったものは流木と泥だけという場所が、流域のあちこちに出た。
ネパール政府は被害総額を40億ドルから70億ドル(日本円でおよそ6000億円から1兆円)と試算している。
気候変動と氷河崩壊の関係
科学誌フィジカル・オーグやタイム誌などの報道を通じて、科学者たちの見解がまとめられている。
ヒマラヤは地球上で最も速く温暖化が進む場所の一つだ。温度上昇は世界平均の2倍以上という計算もある。氷河が解け始めると、内部に水が蓄積される。それが急激に崩落したとき、氷河湖決壊洪水(GLOF)が起きる。
今回のランタンの崩壊も、GLOFと類似した仕組みで発生したとみられている。
phys.orgの記事は「ネパールの山々が温暖化する中で、今回の壊滅的な洪水が最後にはならない」と指摘している。
ヒマラヤの氷河は、アジア全体の河川の源でもある。氷河の縮小は飲料水、農業用水、水力発電にも影響する。数十年単位でのインフラ喪失だ。
誰が「請求書」を払うか
被害は国際的な関心を集めた。
しかし、国際社会からの支援は今のところ限定的だ。ネパールは年間の炭素排出量が世界全体の0.1%にも満たない。ヒマラヤを温暖化させた炭素の大半は、別の誰かが出したものだ。
COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)でも気候変動による損失と被害(Loss and Damage)への補償は議論が続いているが、実際に支払われる金額と、被災国の必要との間には大きな差がある。
40〜70億ドルの被害を、ネパールが自力で賄うのは難しい。
CNN の記者は現地から「在来工法の家屋が丸ごと消えていた。人々は何百年もここに暮らしてきたのに」と伝えた。
次の崩壊まで
科学者たちが懸念しているのは、今回だけではないということだ。
ランタン流域以外にも、同様のリスクを持つ氷河はヒマラヤ全域にある。衛星データを使ったモニタリングが始まっているが、予測から住民の避難、通信インフラの整備まで、全部が追いついていない。
今回、「警告サインは見えていた」という報告がCNNにある。9月1〜2日付けの記事では、流域の一部で事前に変化の兆しが観測されていたと伝えている。それでも人を動かすには間に合わなかった。
氷河が崩れるとき、人が逃げる時間は短い。
まとめ
- 8月26日のランタン氷河崩壊を発端とするネパール洪水では、9月6日時点で1300人超が死亡し、5500人超が行方不明のままだ。被害額はネパールのGDPの相当部分に達する可能性がある
- 科学者たちは気候変動がヒマラヤの氷河を不安定化させていると指摘し、今回の崩壊が「最後ではない」と警告している
- 年間炭素排出量が世界の0.1%未満のネパールが、温暖化の影響で巨大な「請求書」を受け取った。国際的な気候損失補償の議論と実態の間にある大きなギャップが、改めて浮き彫りになっている






