「収入の取り分に関する合意」
枠組みは単純だ。湾内に入る船はイラン側の水域を、出ていく船はオマーン側の水域を通る。一方通行を二本並べる形になる。
カタールはこの案を支持している。湾岸の産ガス国にとっては、まず船が動くことが最優先だからだ。
トランプ米大統領は、機雷はすべて除去または爆破されたと述べた上で、新たに機雷を敷設する船は破壊すると警告した。海峡の「1平方インチも余さず」監視しているとも語っている。
つまり水域はイランとオマーンで分けるが、上空と海面の監視は米国が握る。合意の形と、実際に安全を担保している主体がずれている。
ホルムズ海峡は、最も狭いところで幅およそ33キロしかない。東京から横浜を越えたあたりまでの距離である。そこを1日に数十隻のタンカーが行き来し、世界の原油のおよそ2割が通っていく。
海峡内の航路帯はもともと国際的な取り決めで分かれている。今回の合意が新しいのは、その通航に伴う収入を国どうしで割る枠組みが入った点だ。海が通行料の話になったということでもある。
それでもタンカーは撃たれた
合意は、まだ現場に効いていない。
水曜には商業用のタンカーがまた飛翔体を受けた。今月に入って2隻目である。英海事貿易機関によれば火災は消し止められた。
海運会社が見ているのは、政治的な合意文ではなく保険料率だ。1週間で2隻が撃たれた海域で、戦争保険の掛け金は下がりようがない。船主にとっては、遠回りしたほうが元が取れるという計算になる。
原油市場は、この二つの材料を交互に織り込んでいる。合意の報道が出た日にブレントは3%下げて1バレル86ドル前後、WTIも2.8%安の80ドルまで落ちた。その後は82ドル前後で揺れ、週末には88ドルまで戻している。
値動きが荒いのは、市場が「開いた」と「まだ危ない」を1日ごとに採点し直しているからだろう。
機雷の除去が終わったという説明も、船主の側からは検証しにくい。掃海は海底を1区画ずつ潰していく作業で、完了の宣言と実際の安全が一致する保証はない。1隻でも触れれば海峡はまた閉じる。
保険の世界では、危険が去ったことを証明するのは無事故の積み重ねしかない。合意が結ばれた日ではなく、何も起きなかった日が何日続いたかで値が決まる。
日量六百万バレルの穴
数量で見ると、回復の距離が見える。
ゴールドマン・サックスの推計では、湾岸からの輸出は日量1500万〜1600万バレルまで戻った。3月の底は500万〜600万バレルだったので、そこからは大きく持ち直している。
ただし紛争前は2400万バレル前後あった。まだ日量600万バレルから800万バレル分、世界の供給に穴が空いていることになる。日本の1日の石油消費が300万バレル強なので、日本2つ分が毎日どこかで消えている計算だ。
「海峡の支配を失いつつある」
石油分析会社Kplerのホマユン・ファラクシャヒ氏は「イランが海峡の支配を少なくとも部分的に失いつつあるように見える」と述べている。分け合う合意は、支配できていた側からは出てこない。
イラン側の生産設備も傷んでいる。ザラートカール石油次官によれば、被害を受けた南パルスガス田は約4割が復旧した段階である。
南パルスはカタール側のノースフィールドと地続きの、世界最大級のガス田だ。ここが4割しか動いていないというのは、イラン国内の発電と暖房にも直接効いてくる。輸出を再開したくても、まず自国の冬を越さなければならない。
海峡を開けたいのはイランの側でもある、という事情がここにある。カードを持っている側が、同時に困っている側でもある。
制裁と機雷を交換する交渉
テヘランは、海峡を全面的に開けることと6月の覚書をひとつの取引として扱っている。
覚書の中身は、制裁の緩和、海上封鎖の解除、凍結資産の解放である。イランにとって機雷と航行の可否は、交渉のカードそのものだ。
だからこそオマーンとの分割合意が出てきたとも読める。全面開放を米国に渡す前に、収入を伴う枠組みを近隣国と先に作っておく。カードの一部を現金化する動きに見える。
オマーンは長く、イランと欧米のあいだをつなぐ調整役を務めてきた。2015年の核合意に至る秘密協議の場も同国だった。今回も似た位置に立っている。
日本にとっては、輸入原油のおよそ9割がここを通る。運賃と戦争保険の上乗せは、数週間から2カ月ほど遅れて給油所の表示価格に出てくる。カタールとUAEからのLNGも同じ海域を抜けるので、冬の電力コストにも関わってくる。
今後の目安になるのは、合意文の続報ではなく、湾岸発の輸出が2000万バレルに戻るかどうかと、タンカーが撃たれない週が何週続くかである。
まとめ
イランとオマーンが、ホルムズ海峡の水域と通航収入の分け方で合意した。入りはイラン側、出はオマーン側という一方通行の並列で、カタールも支持している。
一方で合意後もタンカーが撃たれており、戦争保険料は下がっていない。湾岸からの輸出は日量1500万〜1600万バレルと、紛争前の2400万バレルには届かないままだ。
イランは全面開放を制裁緩和と凍結資産の解放に結びつけている。日本の輸入原油の9割が通る海域なので、値動きは数週間遅れで店頭に届く。見るべきは合意文ではなく、輸出量と無事故週の連続記録である。
出典・参考
- Reuters(ホルムズ海峡をめぐるイランとオマーンの協議に関する報道、2026年8月26日〜30日)
- 英海事貿易機関(UKMTO)の航行警報(2026年8月)
- Kpler(湾岸原油輸出量の分析コメント、2026年8月)
- Goldman Sachs(湾岸輸出量の推計、2026年8月)



