八百万人という単位
被害はバギオだけでは終わらない。
災害対策当局の8月29日時点の集計では、死者32人、負傷19人、行方不明3人。うちベンゲット州が15人で最も多く、内訳はバギオ市10人、アトク町3人、ラトリニダード町2人といずれも土砂崩れによるものだ。リサール州とバタンガス州でも4人ずつ亡くなっている。
被災した人は10地域で約230万世帯、人数にして800万人にのぼる。避難所297カ所に2万5800人がとどまった。
800万人という数は、東京都の人口の半分を超える。国土の一部が数週間、水に浸かり続けたということになる。
被災の中心は北部と中部ルソンだが、マニラ首都圏でも冠水は起きた。パンパンガ州バコロールでは、ルルドの聖母の沈み込んだ聖堂が胸の高さまで水に沈んでいる。この一帯は1991年のピナトゥボ山噴火の火山灰が積もった土地で、もともと水が引きにくい。
数字の上では「浸水」の一語でも、中身は場所ごとに違う。都市部は排水、山間部は斜面、農村は用水路。復旧にかかる時間も別々である。
一カ月に四つ来た
8月のルソン島には、熱帯低気圧が4つ入った。
8月3日のルイス、5日のマイマイ、18日のネネン、24日のオベト。オベトは今年フィリピン域内に入った15番目の低気圧である。ひと月に4回というのは、乾く暇がないという意味だ。
そこに南西モンスーン、現地で言うハバガットが重なった。台風本体が上陸しなくても、外側の風がモンスーンを引き寄せて雨雲を居座らせる。フィリピンで被害を出すのは、直撃より「引き寄せられた雨」であることが多い。
地面はすでに水を吸いきっていた。同じ100ミリでも、3週目に降る100ミリは1週目とは違う。バギオの斜面が落ちたのは、たまたま11日だったにすぎないのだろう。
バギオは標高が高く、傾斜地に住宅が密集している街でもある。松林を削って家を建てた区画が多く、雨が続けば根の張りだけでは支えきれない。避暑地としての人気が住宅の密度を押し上げてきた面もある。
洪水対策事業の進み具合にも目が向いた。地元メディアは、予算が投じられた排水施設が今回どこまで機能したのかを問い直している。災害のたびに同じ問いが立つのは、答えが出ていないからでもある。
百十七の自治体が災害宣言を出した
金額でも積み上がっている。
インフラ被害は61億1000万ペソ、日本円でおよそ160億円。農業被害は23億2000万ペソ、およそ60億円である。住宅は2900棟が損壊し、うち349棟が全壊した。
117の自治体が災害宣言を出し、政府は16億5000万ペソ、およそ43億円の支援を配分している。
道路の寸断は、ベンゲット州とヌエバビスカヤ州を結ぶ道など複数の幹線で起きた。マルコス大統領は公共事業道路省に補修の優先を指示している。ただ、山岳道路は直したそばからまた雨が来る。
壊れたのは道路だけではない
農業被害の中身は、野菜と米だ。バギオ周辺はフィリピンの高原野菜の産地で、キャベツやニンジン、レタスを都市部へ送っている。産地が水に浸かれば、マニラの市場から順に値段が動く。
道が切れると、被害は畑の外にも出る。収穫できた分も運べなければ腐る。山岳地の農家にとっては、幹線道路1本の寸断が収入の全部を持っていくこともある。
米も同じ時期にあたる。8月から9月は主要産地の生育期で、冠水が長引けば秋の収量に響く。フィリピンは米の輸入国でもあるので、不足分は国際市場から買うことになる。
日本の食卓との距離
日本には二つの経路で届く。
ひとつはバナナである。日本が輸入するバナナのおよそ8割はフィリピン産で、主産地は南部ミンダナオ島だ。
今回の主な被災地はルソン島なので、直接の打撃は限られる。ただ、港湾と国内物流が混めば船積みは遅れる。
もうひとつは人だ。フィリピンは日本にとって主要な技能実習生と特定技能人材の送り出し国である。
実家が浸水すれば送金の要請が増え、帰国や離職の判断にも効いてくる。介護と建設の現場では、そこそこ近い話になる。
三つ目に、サプライチェーンの話がある。ルソン島にはカラバルソン地域を中心に、日本の電子部品や自動車部品の工場が集まっている。冠水と道路の寸断は、部品の出荷スケジュールを数日から数週間ずらす。
こうした遅れは、たいてい直後には表に出ない。数カ月後に「調達が間に合わなかった」という形で現れる。
気候の話を「地球規模」の言葉で語ると遠くなるが、実際に動くのは高原野菜の値段と、同僚の帰省と、来月の部品の入荷日である。
まとめ
8月のルソン島は、南西モンスーンに4つの熱帯低気圧が重なった。死者32人、被災800万人、避難2万5800人という規模になっている。
避暑地バギオでは学生5人を含む10人が土砂崩れで亡くなった。ベンゲット州全体では15人が犠牲になり、いずれも斜面の崩落によるものである。
インフラ被害は約160億円、農業被害は約60億円。117自治体が災害宣言を出した。日本には高原野菜と港湾物流、そして送り出し国としての人の動きという経路で効いてくる。
出典・参考
- The Star(ASEAN Plus)「Weeks of Luzon flooding, landslides kill over 30 in the Philippines」(2026年8月30日)
- Philippine Daily Inquirer「Weeks of Luzon flooding, landslides kill over 30」(2026年8月30日)
- Rappler「5 students among dead in Baguio landslide」(2026年8月)
- The Manila Times「Repair of damaged roads stepped up」(2026年8月24日)



