ディーン・フジオカがシアトルでITを学んだ理由

出発点には、電機分野に携わっていた父親の影響があった。2015年に公開されたシアトルの日本語情報サイト「Junglecity.com」のインタビューで、ディーンは幼い頃からパソコンやインターネットの変化を身近に見てきたと説明している。
ITは興味の対象であると同時に、自分の働き方をつくる手段でもあった。同インタビューにある「自分が自分の雇い主になることに、あこがれがあったんです」という言葉が、その動機をよく表している。
留学先を決める過程には、偶然もあった。留学案内誌から選んだ学校は、本人が思っていたシアトルではなく、南に位置するタコマにあったという。そこで半年間、英語を学ぶESLの授業を受けた後、シアトルのカレッジに転入してITを専攻した。[1]
2024年のマイナビニュースのインタビューでは、ITを選んだ理由を、まだ可能性の大きい分野であり、場所を移してもキャリアを積めると思ったからだと振り返っている。[2]
ここに見えるのは、特定の会社への就職だけをゴールにしない進路の考え方だ。先にあったのは、どこで、どのように生きたいか。そのために身につけたい力として、ITがあった。
ITを学びながら、音楽のある場所へ出かけた

シアトル時代の生活は、コンピューターの前だけで完結していたわけではない。
Junglecity.comの取材では、クラブのイベントやホームパーティーに顔を出し、興味を共有する人たちとのつながりを広げた経験も語っている。イベントで飛び入りのラップを披露することもあったという。
ITを学ぶ学生と、音楽に参加する若者。その二つの姿は、同じ留学生活の中にあった。「ITから芸能へ」と経歴を区切ると見えにくいが、学ぶ分野と好きなことを一つに絞っていたわけではなかった。[1]
その後、音楽活動は2023年の日本武道館公演へと広がった。この公演は映像作品にもなっている。[3]
アメリカに残れないとき、アジアへ向かった

留学後、そのままアメリカで暮らす構想は実現しなかった。
2017年にJ-WAVEで行われたロングインタビューをまとめた記事によると、大学卒業後もアメリカに住むことを考えていたものの、ビザの取得が難しくなったという。そこで、取得にかかる時間や費用を、別の世界を見るために使おうと考え、アジアへの旅に出た。
香港ではクラブでの出会いからモデルの仕事につながり、その後、演技の仕事が入るようになった。初めから俳優としての成功を見通して旅立った、という筋書きではない。[4]
マイナビニュースの取材でも、香港でモデルに誘われたことをきっかけに、エンターテインメントや創作の仕事への情熱に気づいたと話している。やってみた後に、自分が打ち込めるものを知ったのだ。[2]
進路を変えると、それまでの勉強まで無駄になったように感じることがある。けれど、専攻と職業が一致するかどうかだけでは、その経験の意味を測りきれない。ディーンの歩みは、当初の計画が変わった先でも、新しい仕事や関心に出会えることを示している。
香港、台北、ジャカルタ。仕事に合わせて拠点を広げる

公式プロフィールでは、芸能活動の歩みが次のように整理されている。
| 時期 | 主な活動 |
|---|---|
| 2004年 | 香港でモデル活動を開始 |
| 2005年 | 香港映画『八月の物語』で俳優デビュー |
| 2006年 | 台北へ拠点を移し、ドラマや映画などに出演 |
| 2009年 | 音楽制作の拠点をジャカルタに置く |
| 2011年 | 日本での活動も開始 |
| 2015年以降 | 東京を拠点に、アジアで活動 |
2016年のORICON NEWSの取材では、日本にいることも、その時点の選択として語っていた。一つの国の中にいる人だけを競争相手と考える必要はない、という趣旨の発言もある。
この仕事観は、移動そのものを目的にすることとは違う。どこかに長く住む選択も認めたうえで、活動する場所を固定しなくてもよいと考えている。海外へ出ることが唯一の正解なのではなく、自分にとって選べる場所を狭めない姿勢がある。[6]
こうした国をまたぐ活動の舞台裏は、2017年から約7年にわたり制作されたドキュメンタリー『The DEAN FUJIOKA Documentary "IDENTITY"』でも扱われている。[3]
自由な生き方の裏には、人との距離を学ぶ苦労もある
国境を越える経歴は華やかに見える。ただ、本人はその難しさも話している。
日本商工会議所の「日商 Assist Biz」のインタビューでは、台湾とインドネシアを行き来する生活で、人との距離の取り方に苦労したと振り返っている。握手をするか、ハグをするか。言葉を切り替えるだけでは済まない、小さな判断の積み重ねがあった。
同じ取材で語られた仕事観も、自由を自分の希望だけで説明するものではない。やりたいことを持ちながら、人から求められた機会に感謝し、応えていく。その姿勢を大切にしているという。[7]
自分で道を選ぶことと、相手に合わせて学ぶこと。その両方があるから、この生き方は単なる「好きなことをすればいい」という話では終わらない。仕事の自由は、一人だけで完結する自由でもないのだ。

人とともに行動する場は、ファンコミュニティにもある。FamBamでは食品を寄付するフードドライブを続けており、2025年の活動では1.4トンを超える食品が集まったと運営側が報告している。[8]
ITへの関心は、ファンとつながる仕組みづくりにも

ITとの接点は、学生時代の経歴だけではない。
2024年9月24日、フリービットグループは、ディーンの活動を支えるバックライト株式会社との提携を発表した。対象は、ファンコミュニティ「FamBam(ファムバム)」のIT基盤の提供と共同開発だ。
発表では、世界のファンと直接つながりたいというディーンの希望を受け、共同開発したアプリを会員向けに公開したとしている。限定コンテンツの配信やチケット先行予約に加え、本人の日常を身近に感じられる機能が説明されている。
ここで、実施済みの内容と将来構想は分けておきたい。AIやブロックチェーンを使った仕組みの拡張、海外の各地域への展開は、この発表時点では今後の計画だった。提供開始時点のサービス対象は日本国内と明記されている。[9]
これは本人がアプリを一人で実装したという話ではない。技術を持つ企業との協業で、自分の活動を届ける場をつくった事例だ。表現することと、その表現を誰にどう届けるかを考えることは、つながっている。
2026年9月の確認時点でも、FamBam公式サイトはアプリの案内を掲載している。[10]留学時代にITを学んだことが、この提携を直接生んだとまでは断定できない。それでも、技術を自分の活動の選択肢にしている点は、現在の取り組みを理解する手がかりになる。
2025年のフードドライブでは、会員向けのデジタル参加証明書をアプリ内で配布する予定も案内された。活動への参加と、デジタルの接点を結ぼうとする取り組みだ。[11]
仕事や学びの選択を考える記事は、TechCreateのCareerカテゴリでも紹介している。
よくある質問
シアトルでは何を学んだ?
本人インタビューで確認できる専攻はIT。最初はタコマで英語を学び、その後シアトルのカレッジへ転入したと語っている。この記事では、一次資料で確認できた範囲に合わせて校名を特定していない。
IT起業家として活動していた?
IT分野での起業を目指していたことは、本人が複数の取材で語っている。一方、留学当時の会社名や事業内容、経営実績までは、今回確認した一次資料では特定できなかった。起業への思いと、確認できる事業実績は区別する必要がある。2024年のFamBamの提携は、企業側の公式発表で確認できる具体的な取り組みだ。
留学経験を知るには、どの資料が参考になる?
2015年のJunglecity.comと2024年のマイナビニュースの本人インタビューで、ITを選んだ理由や海外での経験が語られている。また、日本テレビ「アナザースカイ」の2026年9月26日回の公式紹介では、19歳で渡ったアメリカ・ワシントン州を再訪することが案内された。[12]本記事は番組の採録ではなく、公開済みの本人取材と公式資料をもとに構成している。
まとめ
- ディーン・フジオカにとって、ITを学ぶことは、自分で仕事をつくり、場所に縛られず生きるための選択だった。専攻名だけでなく、その学びで何を実現したいかに目を向けると、経歴の見え方が変わる。
- アメリカでの計画が変わった後、アジアで新しい仕事に出会った。自分の関心を保ちながら、求められた機会にも応える姿勢が、国や職種をまたぐ歩みに見える。
- FamBamのアプリ共同開発は、表現する人が技術を通じて届け方も考える事例だ。肩書きが変わっても、以前の関心を持ち続ける余地はある。
出典・参考
- Junglecity.com:ディーン・フジオカ本人インタビュー(2015年12月1日公開、2024年2月25日更新)
- マイナビニュース:芸能活動20周年インタビュー、IT起業家を目指した過去(2024年7月13日)
- 株式会社アミューズ:ドキュメンタリー「IDENTITY」とライブ映像作品の発表(2025年1月22日)
- J-WAVE NEWS:ディーン・フジオカが演技を始めた意外なきっかけ(2017年7月17日)
- DEAN FUJIOKA公式サイト:Biography
- ORICON NEWS:拠点にとらわれない仕事観(2016年11月19日)
- 日商 Assist Biz:ディーン・フジオカ「あの人を訪ねたい」
- 株式会社フルスピード:FamBam Food Drive Project 2025の実施結果(2025年10月8日)
- フリービット株式会社:FamBamのIT基盤提供・共同開発に関する提携発表(2024年9月24日)
- FamBam公式サイト
- 株式会社フルスピード:FamBamのフードドライブとアプリ内参加証明書の案内(2025年8月20日)
- 日本テレビ「アナザースカイ」公式サイト
- Wikimedia Commons:Hong Kong skyline at night、撮影DestinationFearFan(2015年10月1日、CC BY-SA 4.0)






