「暗号通貨で雇われていた」
トゥスク首相の説明で最も具体的だったのは、金の流れの部分である。
実行役の勧誘と報酬の支払いに暗号通貨が使われたという。首相はこれを、この種の作戦をロシアが資金面で支える主要な手段だと述べた。
現金の受け渡しも銀行送金も要らない。国境をまたいで身元を伏せたまま人を雇える。
近年の欧州で相次ぐ破壊工作は、国家の工作員ではなく地元の小口の請負人によって実行されている。その背景には、この決済手段の変化がある。
訓練を受けた工作員を送り込めば、身元が割れたときに国家の関与が直接問われる。一方で現地の請負人なら、捕まっても指示した側までたどり着くとは限らない。
報酬の額も、専門の要員を派遣する費用に比べればはるかに小さい。安く、足がつきにくく、数を撃てる。欧州の当局が繰り返し警告してきたのは、この組み合わせが再現しやすいからである。
焼けたのは倉庫だった
被害の規模も出ている。
破壊されたのは倉庫で、損害額は少なくとも一千五百万ズウォティにのぼるとされる。日本円ではおよそ六億円の規模になる。
生産ラインそのものが止まったわけではない。ただ、部材と完成品を置く場所を失えば納期は動く。
ウクライナ向けのドローン供給を遅らせるという目的から見れば、倉庫は生産設備より狙いやすく、効果も出やすい標的だといえる。
工場の建屋は入退室の管理が厳しく、監視カメラも多い。対して倉庫は敷地の外周に近く、夜間の人員も少ないことが多い。
同じ被害額を出すのに必要な手間が、両者ではまったく違う。
検察は、外国の情報機関のために活動した容疑と、テロ関連の犯罪の両方で捜査を始めた。
なぜポーランドが狙われるのか
ポーランドはウクライナへの軍事支援の陸路の入り口にあたる。
西側各国から届く装備の多くは、同国の鉄道と道路を通って国境へ運ばれる。南東部のジェシュフ周辺は事実上の集積地になっている。
そこに自国の防衛産業も重なる。WBエレクトロニクスのような企業は、輸送の中継地であると同時に供給元でもある。
同国では二〇二四年以降、鉄道の信号設備への妨害や商業施設の火災など、破壊工作と見られる事案が繰り返し報じられてきた。今回の火災は、その系列の中で規模が大きい部類に入る。
「デンマーク市民が狙われている」
同じ週、デンマークの情報機関PETが警告を出している。
ロシアがデンマーク国内の市民を勧誘し、防衛関連企業に対する破壊工作を実行させようとしているという内容だった。
手口の骨格はポーランドの事案と重なる。現地の人間を短期の請負で雇い、実行させ、痕跡を残さない。
欧州側から見れば、対象は軍事施設ではなく民間の防衛産業とその物流に移りつつある。工場の柵の外側、つまり倉庫や輸送路が薄いところとして狙われている。
ドイツは別の場所で応じた
同じ時期、ロシアはドイツ国内のゲーテ・インスティトゥートの拠点を閉鎖した。
ライプツィヒ・ハレ空港で爆発物を積んだドローンが無力化される事案があった。独側がロシアの関与を指摘したことへの対抗措置とされている。
破壊工作の応酬が、外交と文化交流の領域に持ち込まれた形になる。
ポーランドの倉庫、デンマークの勧誘、ドイツの文化施設。三つは別の事件だが、同じ数カ月のあいだに起きている。
個々の事案だけを見れば、放火も勧誘も国内の刑事事件として処理される。関与の証明には時間がかかり、実行役が捕まっても指示系統までたどり着くとは限らない。
各国の首脳が捜査の途中で公に言及するのは、抑止の効果を捜査の結果より先に取りにいく判断だといえる。
まとめ
- トゥスク首相は、ポーランド最大の民間防衛企業WBエレクトロニクスの倉庫火災が意図的な放火だったと明らかにした。損害額は少なくとも一千五百万ズウォティにのぼる
- 実行役の勧誘と報酬に暗号通貨が使われており、身元を伏せたまま地元の請負人を雇う手法が定着しつつある
- デンマークでも同種の勧誘が確認され、欧州の破壊工作の標的は軍事施設から民間防衛産業の物流へ移りつつある
出典・参考
- ポーランド首相 ドナルド・トゥスク 発言(2026年9月3日)
- ポーランド検察 捜査着手に関する公表
- デンマーク情報機関(PET)警告
- Kyiv Post
- Interfax-Ukraine



