「四倍」が何を意味するか
イラン統計センターが公表した八月の統計によると、前年同月比の上昇率は食用油が三百八十三パーセント、卵が二百九十四パーセント、鶏肉が百七十七パーセント、赤身の肉が百四十八パーセントだった。英ガーディアンなどが伝えている。
全体の消費者物価上昇率は八十四・四パーセント。つまり食料品の上がり方が、平均をはるかに超えている。
物価全体が二倍近くなる中で、食用油だけが四倍を超える。この差が家計に効く。
賃金は同じ速度では上がらない。給料が二倍になった人でも、食卓に並ぶものは減っていく計算になる。
食用油は、それ単体で食べるものではない。揚げ物にも炒め物にもパンにも使う。一つの品目の値上がりが、献立全体を書き換えていく。
通貨が落ちると、まず食べ物が上がる
背景にはリアルの下落がある。
戦争と制裁が重なり、外貨の入りが細り、通貨の価値が落ちる。輸入に頼る品目ほど、その影響を先に受ける。
イランは食用油や飼料の相当部分を輸入に頼ってきた。飼料が上がれば鶏肉と卵が上がる。鶏肉と卵が上がれば、代わりに買われる豆や米にも需要が集まる。
港が使いにくくなっていることも効いている。積み替えや保険の費用が上がると、同じ量を運ぶのに以前より多くの外貨が要る。
生産量が急に減ったわけではなく、運べる量と払える外貨のほうが先に細っている。だから供給ショックというより、決済と物流のショックに近い。
この種の値上がりは、原因が消えてもすぐには戻らない。一度上がった価格は、下りるときにゆっくり下りる。
小売の側にも理由がある。次の仕入れがいくらになるか読めない状況では、店は在庫を早く売り切るより値札を上げて持ちこたえる方を選ぶ。品薄が値上がりを呼び、値上がりが買いだめを呼ぶ循環にも入りやすい。
台所から始まる政治
食料価格は、政治の温度計として働いてきた。
二〇一七年末から一八年にかけての抗議も、二〇一九年のガソリン価格の引き上げをきっかけとした抗議も、始まりは生活費だった。イデオロギーの前に、値札がある。
いまのところ、全国規模の大きな抗議が続いているという確かな報告は出ていない。戦時下の統制が働いている可能性もあるし、単に情報が外に出にくいだけの可能性もある。
どちらなのかを外から断定するのは難しい。ただ、食料品が四倍になった社会で何も起きないと考えるのも、それはそれで無理がある。
政府側は配給や価格統制で対応してきたが、統制品目が増えるほど闇市場に流れる分も増える。公定価格と実売価格が離れていく現象は、過去の制裁期にも観測されている。
日本の食卓との距離
イランの話は、遠い国の話に見える。
ただ、通貨が落ちて輸入食品が上がるという流れそのものは、程度の差はあれ日本でも起きてきたことだ。円安が続いた期間、食用油もパンも値上がりした。
違うのは速度と幅である。日本の値上げが数年で数十パーセントだったのに対し、イランは一年で数百パーセントに達している。
同じ現象の同じ方向で、桁が違う。そう見ておくと、イランの数字は他人事の統計ではなく、自分の家計を測る物差しとしても読める。
もっとも、制裁下で外貨が断たれている国と、通貨が安いだけの国では条件が違う。並べて考えるときは、その差も一緒に置いておきたい。
もうひとつ、イランの食用油や飼料は国際市場で取引される商品である。ホルムズ海峡の航行と中東の物流が滞れば、その値動きはイラン国内だけにとどまらない。
日本の輸入品にどれくらい効くかは品目によって差が大きく、単純な連動ではない。ただ、無関係だと言い切れる距離でもない。
まとめ
- イラン統計センターの八月統計で、食用油が前年同月比三百八十三パーセント、卵が二百九十四パーセント、鶏肉が百七十七パーセント上がった。全体の物価上昇率は八十四・四パーセント
- 通貨の下落と港湾物流の目詰まりが重なり、輸入依存の高い品目から先に価格が跳ねている。生産ではなく決済と輸送の問題に近い
- 食料価格は過去の抗議の起点になってきた。現時点で全国規模の動きは確認されていないが、情報が出にくい状況である点は割り引いて読む必要がある
出典・参考
- ガーディアン
- イラン統計センター(Statistical Center of Iran)公表統計
- ロイター
- AP通信



