「トンネルを開けること」が最優先
ネパール軍の報道官ラジャ・ラム・バスネトは、救助の現状をこう説明している。「大量の土砂が堆積しており、それがトンネルを開けるうえで大きな障害になっている。我々の主眼はトンネルを開けることにある」。
行方不明になっているのは、十二の水力発電プロジェクトで働いていた作業員である。その数は約九百三十人。うち五百人前後がトンネル内にいるとみられている。
これまでに約三百人が救出された。とくに焦点になっているのはトリシュリ3Aと3Bの現場だ。
坑内には空気が残っている区画もあると考えられているが、どの区画に誰がいるのかを外から把握する手段は限られている。
二万一千人規模の治安要員が動員された。それでも重機が現場まで入れない区間があり、人力に頼らざるを得ない場所が残っている。
道路そのものが流されているため、資材を運ぶ経路の確保から始めなければならない現場もある。
トンネル救助が時間との勝負になるのは、酸素と水と体温の三つが同時に減っていくためだ。二〇一八年のタイの洞窟や二〇二三年のインド北部の事例では、いずれも通気の確保が先に立った。
今回は土砂の量が桁違いに多く、同じ手順をそのまま当てはめられる状況ではない。
谷全体で起きていること
被害はトンネルだけではない。
ネパール側では九百三人から九百八十七人の死亡が確認され、行方不明は三千九百人から四千二百人規模とされている。発表主体によって数字に幅がある。
行方不明者には二十三か国の外国籍の人が五百八十三人含まれる。トレッキングシーズンと重なったことが影響したとみられる。
国境の反対側、中国チベット自治区のギロン県でも十六人が死亡し、五百四十六人が行方不明になっている。こちらにも二百六十一人の外国籍の人が含まれる。
救助された人は合わせて一万一千八百人を超えた。数字だけを見れば大規模な救助が機能しているが、行方不明の側の数はそれ以上に大きい。
首相のバレンドラ・シャーは「悪天候、困難な地形、続く危険にもかかわらず、市民の命を救うために決意を持って前に進んでいる」と述べた。
「三か月前に、二国は会っていた」
この災害には、事前の兆候があった。
研究者のニテシュ・カダカは、氷河の後退でできた堰止湖の危険性を以前から指摘してきた。氷河湖決壊洪水は、ヒマラヤ一帯で繰り返し起きている現象である。
ネパールと中国の当局者は、三か月前に洪水リスクの評価をめぐって会合を持っていたと伝えられている。危険が知られていなかったわけではない。
ヌワコット郡の学校では、校長のラジェンドラ・ダワディが洪水の十三分前に九百人の児童生徒を避難させた。校舎は流されたが、子どもたちは助かった。
十三分という時間が生死を分けた。逆に言えば、警報が十三分早く届かなければ結果は変わっていた。
観測と伝達の仕組みが、どこまで整えられていたか。事後の検証はこれからになる。
開発と気候のあいだで
ネパールは水力発電を主要な輸出産業に育てようとしてきた。急峻な地形と豊富な水は、その資源である。
同じ地形と同じ水が、今回は災害の経路になった。発電所を建てる谷は、洪水が通る谷でもある。
氷河の融解が進めば、堰止湖の数と規模は増えていく。工事の計画はその変化に追いついているのか、という問いが残る。
途上国のインフラ投資が気候リスクの評価とどう噛み合うかは、ネパールに限った話ではない。ヒマラヤでも、アンデスでも、同じ構図が育っている。
いま優先されるべきはトンネルの中の五百人だ。ただ、その先には設計基準の話が控えている。
工事現場の労働者は、そうした議論の場にほとんど呼ばれてこなかった層でもある。危険を最初に引き受けるのは、いつも坑口の内側にいる人たちだ。
まとめ
- 八月二十六日の氷河湖決壊洪水で、ネパールの十二の水力発電プロジェクトの作業員約九百三十人が行方不明になり、うち約五百人がトンネル内にいるとみられている
- ネパール側の死者は九百人超、行方不明は四千人規模。二十三か国の外国籍五百八十三人を含む。中国チベット自治区でも十六人が死亡し五百四十六人が行方不明
- 氷河湖決壊のリスクは事前に指摘され、両国当局は三か月前に会合を持っていた。観測と伝達の仕組みがどこまで機能したかは今後の検証課題になる
出典・参考
- ロイター
- AP通信
- BBC
- ネパール軍発表
- 新華社



