「死因を確定できない」という説明
CDCは声明でこう説明している。「入手可能な情報では、はしかが死亡の原因になったか、あるいは寄与したか、それとも他の原因で死亡した人がたまたま感染していたのかを確定できない」。
理屈としては、そういう区別はありうる。基礎疾患のある人が感染していた場合、死因の切り分けは実際に難しい。
一方でペンシルベニア州側の説明は異なる。両症例はCDCのはしか対応チームに報告済みで、州の疫学者が徹底的に調査したという。
つまり、調査が足りないから外したのか、調査の結論が違うから外したのかで、両者の話が食い違っている。
外から見て分かるのは、二つの機関が同じ症例について別の判断を公表したという事実までである。
三十五年ぶりの水準
背景にあるのは、米国のはしかの流行そのものだ。
今年の患者数は、この三十五年で最も多い水準に達している。エリー郡などで集団発生が続いている。
はしかは感染力が強い。ワクチン接種率が九十五パーセントを下回ると集団免疫が崩れやすいとされ、多くの地域でその水準を割り込んできた。
死亡率は感染者千人あたり一人から三人程度とされる。数としては小さいが、患者数が増えれば死者も出る。
だから二人という数字は、統計上は小さくても、流行の局面では意味を持つ。増えているのか、抑えられているのかを測る材料になるからだ。
米国は二〇〇〇年にはしかの排除を宣言した国である。排除の状態は、一定期間を超えて同じ系統の感染が続くと取り消される。
つまり患者数と死者数は、単なる被害の規模ではなく、その認定にも関わる数字になっている。
数え方が政治になるとき
今回の判断は、政治的な文脈の中で起きている。
保健福祉長官のロバート・F・ケネディ・ジュニアと、ペンシルベニア州知事ジョシュ・シャピロのあいだで、公開のやりとりがあった直後の出来事だった。
そのため、科学的な判断だったのか政治的な判断だったのかという疑いが向けられている。CDC側はあくまで症例定義の問題だとしている。
公衆衛生の統計は、定義の変更で数字が動く。死因の帰属基準、検査の対象範囲、報告の締め切り。どれも技術的な話だが、結果は政策の評価に直結する。
新型コロナの時期にも、同じ論点が各国で起きた。定義を変えた側は精緻化と説明し、批判する側は数字の操作と受け取る。
どちらの解釈が正しいかは、変更の根拠が公開されるかどうかにかかっている。今回の場合、判断の根拠となった資料は現時点で公表されていない。
統計が信頼を失うと何が起きるか
数字が信じられなくなると、対策そのものが動かなくなる。
流行の規模が分からなければ、ワクチンの配分も学校の対応も決められない。地方の保健当局は、連邦の集計とは別に自前の数字を持つようになる。
そうなると、同じ国の中に二つの流行像が並び立つ。どちらを見るかで、休校の判断も接種の呼びかけも変わってくる。
数え方が分かれた統計は、比較にも使えない。州をまたいだ傾向を見ることが難しくなる。
過去との比較も同じように崩れる。今年の数字だけ基準が違えば、三十五年ぶりという言い方自体が揺らぐ。
日本にとっても他人事ではない。はしかは輸入感染症として持ち込まれる。米国の流行規模が正確に把握できないと、渡航者への注意喚起の判断材料も曖昧になる。
日本でも二〇〇七年から〇八年にかけて大学生を中心とした流行があり、休講が相次いだ。接種歴の記録が世代によって欠けていることが、当時の対応を難しくした。
免疫の穴は、統計の穴と同じように、埋めようとした時点でしか見えてこない。
いま必要なのは、二人を数えるか数えないかの結論そのものより、判断の根拠が外から検証できる形で示されることではないか。
まとめ
- 米CDCがペンシルベニア州の報告したはしか関連死二例を全国集計から外した。所長エリカ・シュワルツの指示とされ、死因を確定できないという説明がなされている
- 州側は両症例をCDCの対応チームに報告済みで、州の疫学者が調査したと反論している。二つの機関の判断が公開の場で食い違う形になった
- 米国のはしか患者数は三十五年ぶりの水準にある。集計基準が揺れると、州をまたいだ傾向の把握や渡航者向けの注意喚起の判断材料も曖昧になる
出典・参考
- AP通信
- CDC発表
- ペンシルベニア州保健省
- ロイター
- Democracy Now



