1年間で68回の攻撃
作戦の名前は「サザン・スピア」といった。2025年9月、当時のヘグセス国防長官が立ち上げたものである。現在は統合任務部隊「西半球」がその役割を引き継いでいる。
集計によれば、この作戦とその後継作戦のもとで、少なくとも68回の攻撃が69隻に対して行われた。死者は行方不明のまま死亡と推定される17人を含めて227人にのぼる。
平均すれば5日に1回、船が沈められている計算になる。
「裁判を経ずに撃つ」という論点
批判の焦点は、麻薬密輸そのものへの是非ではない。
従来、公海上の麻薬密輸船に対しては、沿岸警備隊が停船させ、乗員を拘束し、証拠を押収して起訴する手順が取られてきた。数十年にわたって積み上げられてきたやり方である。
今回の作戦は、その手順を通らない。船を特定した時点で爆破し、乗員は死亡する。裁判も、弁護も、無罪の可能性の検討もない。
法学者のあいだでは、この運用が戦争犯罪にあたるかどうかをめぐる議論が続いている。武力紛争法の枠組みを適用するには、相手が「敵対的な武装勢力」である必要がある。麻薬密輸組織をそこに含められるかは、いまも争点のままだ。
米議会でも、大統領の武力行使権限の範囲を超えているのではないかという指摘が出ている。
誰が乗っていたのかは分からない
もうひとつの問題は、検証可能性である。
攻撃後に公開されるのは、多くの場合、上空から撮影された短い映像だけだ。船に何が積まれていたのか、乗っていたのが誰だったのかを、外部から確認する手段はない。
沿岸国の漁民や、密輸組織に雇われただけの運搬役が含まれていた可能性を、遺族が主張する事例も報じられている。生存者がいないため、反証も肯定もできない状態が続く。
ベネズエラやコロンビアの政府は、自国民が犠牲になっているとして反発してきた。地域の外交関係は、この1年で明確に悪化している。
麻薬の流入は減ったのか
作戦の目的が米国内への麻薬流入の抑制であるなら、その成否は流入量で測られるべきだ。
だが、海上ルートを叩いても陸路と航空路が残る。過去の麻薬取締の歴史では、ある経路を封じると別の経路に移る「風船効果」が繰り返し観測されてきた。
227人という死者数に見合う流入減が確認できたという公的な分析は、現時点で示されていない。攻撃の回数は公表されるが、成果の指標は公表されない。
数えられるものだけが数えられている、という状態である。
日本から見て残る論点
日本に直接の被害が及ぶ話ではない。それでも無関係ではない。
公海上で、司法手続きを経ずに他国の民間人を殺害することが常態化すれば、それは海洋秩序の前提を書き換える。日本は海上輸送に依存する国であり、公海における法の適用が安定していることの利益を最も受ける側にいる。
米国が作った先例は、他国にとっても先例になる。同じ論理が別の海域で、別の国によって使われる場面を想像すると、この1年の意味は変わってくる。
まとめ
- 米南方軍は9月9日にカリブ海で麻薬密輸船を攻撃し、乗員3人が死亡した
- 作戦開始から1年で少なくとも68回の攻撃が行われ、8月25日までに227人が死亡したと集計されている
- 司法手続きを経ない公海上での殺害が常態化することは、海上輸送に依存する日本にとっても他人事ではない
出典・参考
- US strikes alleged drug boat in Caribbean Sea, killing 3(Stars and Stripes)
- Timeline of Boat Strikes and Related Actions(Just Security)
- United States strikes on alleged drug traffickers during Operation Southern Spear(Wikipedia)
- Hegseth Says U.S. 'Just Sunk Another Narco Boat' Amid War Crime Debate(TIME)



