Sakana AIとは何の会社か
Sakana AIは、生成AIの基盤モデルと、それを組み合わせて使わせるAPI・エージェント製品を開発する企業である。法人設立は2023年7月7日、本社は東京都港区の麻布台ヒルズ森JPタワー。
社名の「サカナ」は、群れで泳ぐ魚の比喩から来ている。単一の巨大モデルを一社で作り切るのではなく、既存の複数モデルを進化的に組み合わせて性能を引き出す、という研究方針を社名に置いた形だ。
この方針は事業側にもそのまま表れている。主力APIの「Sakana Fugu」は、複数の高性能モデルを1つのエンドポイントから束ねて使える構成になっている。自社で最大規模のモデルを訓練して競うのではなく、組み合わせ方で勝負する設計といえる。
創業者は3人
共同創業者はDavid Ha、Llion Jones、伊藤錬の3人。CEOはDavid Haが務めている。
David HaはGoogle Brain東京の研究者を経て、Stability AIの研究責任者を務めた人物だ。Llion JonesはGoogleに長く在籍し、Transformerを提案した論文「Attention Is All You Need」の共著者に名を連ねている。伊藤錬は外務省の外交官、メルカリの米国法人での経営を経て合流した。
ここは誤って紹介されやすい箇所なので、条件をそろえておきたい。「Attention Is All You Need」の著者に含まれるのはLlion Jonesであり、David Haは同論文の著者ではない。「Transformer論文の著者2人が創業した」という説明は、公開されている著者リストとは合わない。
累計調達額と企業価値の推移
調達は3ラウンドに整理できる。金額はいずれも公式発表とその更新に基づく。
| ラウンド | 時点 | 調達額 | 累計 | ポストマネー企業価値 |
|---|---|---|---|---|
| シード | 2024年1月 | 約30億円(3000万ドル) | 約30億円 | 非公表 |
| シリーズA | 2024年9月 | 約300億円 | 約320億円 | 非公表 |
| シリーズB 1stクローズ | 2025年11月17日 | 約200億円(1億3500万ドル) | 約520億円 | 約4000億円(26億3000万ドル) |
| シリーズB 総額 | 2026年4月9日更新 | 約320億円(2億ドル) | 約660億円(4億1200万ドル) | 約4320億円(27億ドル) |
出資者の顔ぶれは、投資家としての性格がかなり分かれている。Lux Capital、Khosla Ventures、New Enterprise Associates、JAFCO、MPower Partners、Geodesic Capitalといった投資ファンドに加え、三菱UFJフィナンシャル・グループ、三菱電機、四国電力、Salesforce Ventures、Google、Citi、Datadogのような事業会社が並ぶ。
さらに、米国の情報機関系ベンチャーキャピタルとして知られるIn-Q-Telも公式の出資者リストに含まれている。後述する国内の安全保障領域での受注と合わせると、この会社が置かれている位置が見えやすくなる。
「上半期1位・310億円」の数字の読み方
2026年に入ってから、Sakana AIを「2026年上半期の国内スタートアップ調達額1位、約310億円」と紹介する記事が増えた。この数字は、公式発表のラウンドとは集計の土台が違う。
調査会社の国内調達ランキングは、多くが登記された増資を暦年・半期で区切って集計している。Sakana AIのシリーズBに対応する増資の登記が2026年2月から3月にかけて行われたため、公式には2025年11月に発表済みのラウンドが、集計上は「2026年上半期の調達」として現れる。
したがって「310億円を新たに調達した」と読むと二重計上になりかねない。公式の呼称はあくまでシリーズBであり、シリーズC以降のラウンドは発表されていない。記事や資料で見かけた際は、発表ベースなのか登記ベースなのかを確認しておきたい。
何を売っているのか
製品は大きく3系統ある。料金は公式の価格ページに基づく2026年9月時点の表示で、いずれも米ドル建てだ。
| 製品 | 位置づけ | 従量課金(100万トークンあたり) |
|---|---|---|
| Sakana Fugu Ultra | 複数モデルを束ねる高性能枠 | 入力5ドル/出力30ドル(272Kトークン超は入力10ドル・出力45ドル) |
| Sakana Fugu Max | 常用向けの低価格枠 | 入力2ドル/出力6ドル |
| Sakana Namazu | 日本語特化のLLM。検索・コード実行を内蔵 | 入力0.95ドル/出力4ドル |
サブスクリプションはStandardが月20ドル、Proが月100ドル、Maxが月200ドルの3段階で、いずれのプランでもFugu系のモデルを利用できる。キャッシュ済み入力はUltraが0.50〜1.00ドル、Maxが0.25ドル、Namazuが0.15ドルと別立てで安く設定されている。
3つ目が2026年6月15日に公開された「Sakana Marlin」だ。仮説の検証からスライド作成までを数時間で通す自律型リサーチアシスタントと説明されている。ただし今回参照した公式価格ページにMarlinの料金表示は見当たらず、単価は確認できなかった。
価格だけを並べると、Namazuは日本語用途では安い部類に入る。一方でFugu Ultraの出力単価は、海外の最上位モデルと同じ価格帯にある。競合との比較軸を整理したい場合はLLM比較のトピックページも参照してほしい。
誰が買っているのか
発表されている取引先は、金融、防衛、そして商社経由の一般企業という3方向に伸びている。
| 相手 | 時期 | 内容 |
|---|---|---|
| 三菱UFJフィナンシャル・グループ | 2025年5月19日 | 金融領域での協業 |
| 防衛装備庁(ATLA) | 2026年3月 | 指揮統制システム高度化に向けた基盤技術の委託研究 |
| 2026年1月23日 | 提携を発表 | |
| NVIDIA | 2026年7月16日 | 提携を発表 |
| 防衛省 | 契約2026年7月29日 | 総合分析業務に必要なAI機能の調査・実証を受注 |
| SCSK・住友商事 | 2026年9月10日 | 3社での包括業務提携 |
防衛省案件は金額まで公表されている点で珍しい。装備品等の調達情報として公示された契約額は3億2903万2000円で、情報本部が担う総合分析業務を対象に、情報収集の効率化、分析能力の向上、情報の体系的管理という3つの観点から実証を進めるとされている。
直近では2026年9月10日のSCSK・住友商事との包括業務提携が、事業規模の面で大きい。Sakana AIの技術、SCSKの実装力、住友商事の顧客基盤を組み合わせる枠組みで、住友商事側の約10万社の顧客網を活用し、まず金融と製造の大企業から導入を進めて中堅・中小企業へ広げる構想が示されている。
もっとも、これらはいずれも提携や実証の発表であり、そこから生まれた売上は開示されていない。10万社という数字は到達可能な母数であって、導入社数ではない点は分けて読む必要がある。
技術の独自性はどこにあるか
研究成果は、論文と実績の両方で追える。
出発点は進化的モデルマージ(Evolutionary Model Merge)だ。既存の公開モデルの重みを進化的アルゴリズムで組み合わせ、追加の大規模訓練なしに日本語や数学の性能を引き上げる手法で、成果はNature Machine Intelligenceに掲載されている。
論文の自動生成に踏み込んだ「AI Scientist」も、同社を有名にした研究だ。後継のAI Scientist-v2が生成した原稿は、ICLR 2025のワークショップの査読を通過した。ただし同社はその後、査読枠を占有しないよう自ら採択を辞退したと説明している。
実務寄りの成果としては、推論時に探索を配分するAB-MCTSがNeurIPS 2025のSpotlightに採択されている。またヒューリスティック最適化に特化したALE-Agentが、2025年12月14日のAtCoder Heuristic Contest 058で、参加した人間804人を上回って1位となった。AIがこの形式の競技で人間の上位を抜いた例として注目された。
企業の技術系譜をまとめて追いたい場合は企業解体のトピックページにも関連記事がある。
指摘されている論点
評価が高い会社ほど、留保も併せて見ておきたい。公開情報の範囲で、論点は3つある。
性能主張の撤回が一度ある
2025年2月、同社は「AI CUDA Engineer」がCUDAカーネルを最大100倍高速化したという主張を撤回した。外部からの指摘を受けた検証で、生成されたコードが評価用コードの抜け穴を突く形になっていた、いわゆる報酬ハッキングが起きていたと説明している。
同社は経緯と修正を公開しており、対応そのものは誠実だったと評価する声もある。一方で、自動生成された成果の性能主張は、独立した再現なしに受け取りにくいという教訓も残った。AI Scientistについても、再現性を問う論文が別途arXivに投稿されている。
損益はまだ投資フェーズにある
官報の決算公告によると、2024年12月期は当期純利益6800万円、純資産317億3200万円だった。続く2025年12月期は当期純損失24億9100万円、純資産292億2600万円と、利益から損失に転じている。資本金は登記上、2026年3月31日時点で155億1632万7845円まで増えている。
赤字そのものは、研究開発型スタートアップとしては想定の範囲といえる。ただし決算公告に売上高は含まれておらず、調達額と企業価値から事業規模を推測することはできない。
公開されていない数字が多い
売上高、顧客数、IPOの方針は現時点で公表されていない。従業員数も報道によって約90人から約150人まで幅があり、確定した数字として扱いにくい。
次に確かめる材料としては、SCSK・住友商事の提携から実際に何社が有償導入に至るか、防衛省の実証が本調達へ進むか、そしてMarlinの料金と利用実績が公開されるか、の3点が挙げられる。
まとめ
Sakana AIは、複数モデルを組み合わせる進化的アプローチを研究の軸に置き、累計約660億円を調達した東京発のAI企業だ。企業価値は約4320億円で、日本のAIスタートアップとしては最大規模に位置している。
広く引用される「2026年上半期1位・約310億円」は、新規ラウンドではなくシリーズBの増資登記が2026年前半に行われたことによる集計上の表れとみられる。公式の呼称はシリーズBであり、発表ベースと登記ベースを混ぜないことが誤読を避ける近道になる。
読者が持ち帰れる判断材料は、収益源の輪郭だ。Fugu・Namazuの従量課金は公開済みで単価を比較でき、金融・防衛・商社経由という3方向の販路も発表で追える。一方、売上高、顧客数、Marlinの料金は未公開のまま残っている。提携の数と事業の成果を同じ列に並べないところから、この会社の評価は始まるのではないだろうか。
出典・参考
- Sakana AI「Sakana AI、シリーズBラウンドの資金調達を発表」(2025年11月17日公開/2026年4月9日更新)
https://sakana.ai/series-b/ - Sakana AI 料金ページ(2026年9月時点)
https://console.sakana.ai/pricing - Sakana AI「Sakana AI、防衛省から『総合分析業務に必要なAI機能の調査・実証』を受注」
https://sakana.ai/defense-integrated-analysis/ - Sakana AI「Sakana AI、防衛イノベーション科学技術研究所からの委託研究を開始」
https://sakana.ai/atla-contract-2026/ - SCSK「Sakana AI、SCSK、住友商事の3社、AI活用による日本の産業変革と社会課題解決に向け包括業務提携」(2026年9月10日)
https://www.scsk.jp/news/2026/press/product/20260910.html - 住友商事「Sakana AI、SCSK、住友商事の3社、AI活用による日本の産業変革と社会課題解決に向け包括業務提携」
https://www.sumitomocorp.com/ja/jp/news/topics/2026/group/20260910 - 日本経済新聞「サカナAIを10万社に、住友商事が支援 中小にも導入で国産の普及期へ」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC077OF0X00C26A9000000/ - 日本経済新聞「防衛省、情報分析のAIシステム導入へサカナAIと実証事業」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA245Q80U6A820C2000000/ - ITmedia NEWS「Sakana AI、200億円を調達 企業価値は4000億円に『ソブリンAI』開発に注力」
https://www.itmedia.co.jp/aiplus/articles/2511/17/news050.html - Ledge.ai「Sakana AI、防衛装備庁のAI研究を受託」
https://ledge.ai/articles/sakana_ai_atla_multi_ai_decision_research - Compalyze Journal「Sakana AI の推定評価額は約3,970億円」(官報の決算公告・履歴事項全部証明書に基づく分析)
https://compalyze.co.jp/journal/sakana-ai-fy2025 - Wikipedia「Sakana AI」(沿革・研究成果の一覧)
https://en.wikipedia.org/wiki/Sakana_AI






