ユニットエコノミクスとは
ユニットエコノミクスとは、事業を顧客1社、契約1件、注文1回などの単位に分け、その単位が経済的に成り立っているかを確かめる方法です。売上全体が伸びていても、新規顧客を増やすたびに損失が広がるなら、成長は資金消費を速めます。反対に、獲得費用を回収し、その後も粗利が残るなら、追加投資を検討できます。
SaaSでは「LTV ÷ CAC」がよく使われます。LTVは顧客との取引期間に得られる粗利の推計、CACは顧客を1件獲得するために使った費用です。たとえばLTVが60万円、CACが20万円なら比率は3倍です。ただし、この3倍という結果だけを他社と比べてはいけません。LTVを売上で計算したのか粗利で計算したのか、CACに営業人件費を含めたのかで意味が変わります。
先に単位を決める
最初に決めるのは式ではなくユニットです。BtoB SaaSなら契約企業、店舗向けサービスなら店舗、マーケットプレイスなら買い手と売り手を分けて見ることがあります。1社が複数アカウントを持つ事業で「ユーザー」を単位にすると、獲得費用と売上の対応が崩れます。
次にコホートを分けます。大企業と小規模事業者、広告経由と紹介経由、月払いと年払いでは、単価も解約率も異なります。全顧客の平均だけでは、採算の良い成長経路と悪い経路が打ち消し合います。
LTVの計算方法
継続課金型の事業では、簡易的に次の式が使われます。
LTV = 月次平均売上 × 粗利率 ÷ 月次顧客解約率
月次平均売上が10万円、粗利率が80%、月次顧客解約率が2%なら、LTVは400万円です。計算は簡単ですが、解約率が将来も一定であると仮定しています。顧客が長く残るほど解約率が変わる事業や、契約数が少ない初期企業では、わずかな解約でLTVが大きく動きます。
ChartMogulも、ARPA(1アカウントあたり平均売上)、粗利率、解約率からLTVを計算する方法を示す一方、一定の解約率を前提にする単純式はLTVを過大評価しうると説明しています。実務では、獲得月ごとに顧客をまとめ、6カ月、12カ月、24カ月で実際に残った粗利を追うコホート分析を併用します。
売上ではなく粗利を見る
LTVへ売上をそのまま入れると、顧客へ提供するための変動原価を無視します。決済手数料、クラウド、外部API、配送、導入作業など、利用量とともに増える費用を引いて粗利に直します。AI SaaSでは推論APIの原価が顧客ごとに大きく異なるため、平均だけでなく利用量別に分ける必要があります。
SaaSの事業モデルを設計するときも、契約額ではなく粗利で回収可能性を見ると、価格と利用上限の関係が明確になります。
CACの計算方法
CACの基本式は次の通りです。
CAC = 一定期間の顧客獲得費用 ÷ 同期間に獲得した新規顧客数
広告費100万円、営業とマーケティングの人件費150万円、制作やツール費50万円を使い、同じ期間に50社を獲得したなら、完全配賦に近いCACは6万円です。広告費だけで割ると2万円になり、同じ事業でも3倍の差が出ます。
含める費用には、広告、営業・マーケティング人件費、販売手数料、制作費、イベント費、営業ツールなどがあります。一方、既存顧客の継続支援やブランド投資をどこまで入れるかは会社ごとに異なります。経営判断では広い範囲の完全配賦CACを使い、広告運用では媒体費だけのCACを見るなど、目的別に名前と定義を分けると混乱を防げます。
対象期間をそろえる
費用を使った月と契約が成立した月がずれる事業では、単月のCACが不安定になります。商談に3カ月かかるなら、今月の営業費を今月の契約数で割っても因果が対応しません。四半期や半年でならすか、リードを獲得した時点から契約までを追跡します。
紹介やオーガニック検索で獲得した顧客を、広告費とまとめて平均化することにも注意が必要です。チャネル別CACを出すと、安く見えていた広告が、実は紹介顧客に支えられていたとわかる場合があります。
企業開示で定義の差を見る
公開企業の資料を見ると、同じLTVやCACでも計算範囲が違うことがわかります。ここでは、米国SECへ提出された2社の資料を比べます。数値の優劣ではなく、定義を読む例として扱います。
Karoooooは複数の単位を開示
車両管理サービスを提供するKaroooooは、2026会計年度の資料で顧客LTV、加入者LTV、CACなどを定義しています。顧客LTVはサブスクリプション粗利、年間経常収益の増減、解約による減少を使います。一方、加入者LTVは1加入者あたり売上、予想契約期間、粗利率を使う別の指標です。
同社はLTV対CACが9倍超と説明していますが、同時に、これらはIFRSに基づく指標ではなく、他社の似た名称の指標と直接比較できない可能性があると明記しています。投資家向け資料の大きな倍率だけを抜き出さず、何を顧客と数え、どの費用をCACへ入れたかを読む必要があります。
Mytheresaはコホート粗利でLTVを算出
高級品ECを運営するMytheresaは、2024会計年度の資料で、CACをオンラインマーケティング費用からソフトウェア費用を除き、初回購入者数で割ると定義しています。広報、制作、既存顧客維持の費用は含まれません。LTVは、獲得年ごとの顧客コホートが生んだ累積貢献利益を使っています。
同社は2016年獲得コホートについて、累積LTVが当時のCACの4倍になったと開示しました。この「4倍」は、将来解約率を一定と仮定した式ではなく、特定コホートの実績です。ただしCACの費用範囲は限定されています。Karoooooの9倍超と並べて、片方が優れているとは判断できません。
| 企業 | LTVの主な考え方 | CACの主な範囲 | 読むときの注意 |
|---|---|---|---|
| Karooooo | 粗利、ARR増減、解約など | 販売・マーケティングや導入関連 | 顧客と加入者で式が異なる |
| Mytheresa | 獲得年別の累積貢献利益 | 一部を除くオンラインマーケティング費 | 特定コホートの実績値 |
回収期間も一緒に見る
LTV対CACが高くても、回収まで3年かかるなら、その間の資金が必要です。CAC回収期間は、顧客獲得費用を月次粗利で割って求めます。
CAC回収期間 = CAC ÷ 1顧客あたり月次粗利
CACが60万円、月次売上10万円、粗利率80%なら月次粗利は8万円で、回収期間は7.5カ月です。入金が年払いか月払いか、導入費が先に発生するかでも資金繰りは変わります。LTV対CACは最終的な採算、回収期間は成長に必要な現金の速さを示すと分けると理解しやすくなります。
資金調達の基礎を考えるときも、顧客獲得へ投じた資金が何カ月後に戻るかを示せると、必要資金の根拠が具体的になります。
実務で使う手順
初期のスタートアップはデータが少なく、精密なLTVを出せません。その場合も、数字を作らず観測範囲を明記すれば使えます。
- 顧客、契約、注文などのユニットを定義する
- 売上から変動原価を引き、粗利を出す
- CACに含める費用と対象期間を固定する
- 獲得月とチャネルでコホートを分ける
- LTV対CAC、回収期間、解約率を並べる
- 定義を変えたら過去値も計算し直す
「3対1なら合格」といった目安は、判断の入口にすぎません。高すぎるLTV対CACは、成長投資が不足している可能性も、CACの費用を狭く計上している可能性もあります。低い場合も、立ち上げ期の先行投資なのか、顧客単位で赤字なのかを分けます。
経営会議では、ひとつの比率を示すより「SMBの広告経由は回収14カ月、紹介経由は5カ月」のように、次の行動へつながる粒度で共有します。どのチャネルを増やし、どの顧客層の価格やオンボーディングを見直すかが見えてこそ、ユニットエコノミクスは役立ちます。
よくある質問
LTVと顧客生涯価値は同じですか
一般には同じ意味です。ただし売上、粗利、貢献利益のどれを使うかが異なるため、資料では式まで確認してください。
CACに営業担当者の給与を含めますか
事業全体の採算を見る完全配賦CACでは含めるのが一般的です。広告施策だけを評価する指標では除くこともあります。名称と範囲を明記します。
解約率がわからない初期はどうしますか
将来LTVを断定せず、3カ月や6カ月の累積粗利と継続率をコホートで示します。仮定を置く場合は、感度分析として複数の解約率を並べます。
LTV対CACは何倍なら良いですか
事業段階、粗利率、回収期間、資金余力で異なります。一般的な目安だけで合否を決めず、同じ定義の自社推移と回収期間を優先します。
ECやマーケットプレイスでも使えますか
使えます。ただし注文、購入者、出店者など複数のユニットがあります。粗利や獲得費用と対応する単位を選び、必要なら別々に計算します。
まとめ
- ユニットエコノミクスは、LTV対CACというひとつの比率ではなく、顧客単位で成長の採算を確かめる方法です。先にユニット、費用範囲、期間を固定する必要があります。
- 同じ名称の指標でも企業ごとに定義は異なります。公開値を比較するときは、倍率より計算式と除外費用を読み、直接比較できない数字をランキングにしないことが重要です。
- LTV対CACに回収期間とコホート実績を加えると、最終採算だけでなく資金が戻る速さも見えます。数字は合否判定ではなく、次の投資先を選ぶために使います。



