何が起きたのか
ペロブスカイトとシリコンを重ねたタンデム型の太陽電池が、変換効率で新しい記録を出した。PatSnap(2026年)によれば、中国のロンジ・グリーンエナジーが34.85%のセル効率を達成した。これは、単接合のシリコン電池が理論上越えられないとされる「ショックレー・クワイサー限界」の33.7%を上回る数字である。1枚のセルでは超えられない壁を、2種類の素材を重ねることで突破した。量産を想定した大面積のセルでも、33%の効率を記録したとされる。
タンデム型は、光を二段構えで受け止める仕組みである。上層のペロブスカイトが波長の短い光を吸収し、下層のシリコンが波長の長い光を受け持つ。1種類の素材では取りこぼしていた光を、二層で余さず電気に変える。だから単接合の限界を越えられる。ペロブスカイトは、特定の結晶構造を持つ材料の総称で、塗って乾かすだけで膜を作れる手軽さが特徴である。製造の自由度が高く、軽くて曲げられる電池も作れる。
なぜ単接合に限界があるのか。太陽光にはさまざまな波長の光が混ざっている。1種類の材料は、特定の範囲の波長しか効率よく電気に変えられない。範囲から外れた光は、熱になって逃げるか、そもそも吸収されない。シリコン1枚では、この取りこぼしが避けられない。これが理論上の効率の天井、ショックレー・クワイサー限界の正体である。二つの材料を重ねれば、互いの苦手な波長を補い合える。タンデム型が天井を越えられるのは、この補完の効果による。
製造の手軽さも、ペロブスカイトの強みである。シリコンの太陽電池は、高温で結晶を作る大がかりな工程を要する。ペロブスカイトは、材料を溶かした液を基板に塗って乾かすだけで膜になる。低い温度で作れ、設備も簡素ですむ。印刷のように連続して作れる可能性もある。製造コストを下げ、生産の自由度を高める。この作りやすさが、量産でシリコンに対抗する武器になると期待されている。
日本でも、独自の成果が出ている。pv magazine(2026年4月24日付)は、東京大学の研究チームが全ペロブスカイト型のタンデム電池で30.2%の効率を達成したと報じた。シリコンを使わず、ペロブスカイトだけを二層に重ねた構成である。上層に24.4%の広いバンドギャップのセル、下層に21.5%の狭いバンドギャップのセルを組み合わせた。シリコンに頼らない構成は、軽量化と製造の簡素化に道を開く。
国際機関は、可能性と課題を同時に見ている。国際エネルギー機関(IEA)は、実験段階のペロブスカイトが種類に応じて25%から34%の変換効率を達成していると整理する。ただし、その多くは小さなセル面積に限られる。研究室の小さな試料で出た数字を、屋根や発電所で使う大きなパネルでそのまま再現するのは難しい。記録更新の華やかさの裏で、量産という関門が残っている。
効率が上がると、何が変わるのか。発電所や屋根に太陽電池を置くとき、費用の多くはパネルそのものではなく、架台や配線、工事に消える。これらの費用は、設置する面積でほぼ決まる。同じ面積でより多く発電できれば、1キロワット時あたりの費用は下がる。効率34%は、24%のパネルより同じ場所で1.4倍多く発電する。設置費用が変わらないなら、その分だけ電気は割安になる。効率の数ポイントの差が、発電コストの差に直結する。だから各国の研究機関が、効率の記録更新を競っている。
最大の壁は耐久性である。ペロブスカイトは水分や熱に弱く、長期間の使用で性能が落ちやすい。シリコンパネルが20年以上もつのに対し、ペロブスカイトの寿命をどこまで延ばせるかが商用化の鍵を握る。IEAも、限られた耐久性が普及の主要な障壁だと指摘する。効率の記録と、寿命の確保は別の課題である。実用化の評価は、効率だけでなく、何年もつかで決まる。
耐久性が重要なのは、太陽電池が長く使う設備だからである。屋根や壁に設置し、20年、30年と発電してこそ、投資が回収できる。数年で性能が落ちれば、いくら効率が高くても採算が合わない。発電コストは、生涯の発電量で投資額を割って計算される。寿命が短ければ、その分母が小さくなり、コストは跳ね上がる。だから耐久性は、単なる技術の問題ではなく、経済性の根幹に関わる。効率の数字が話題を呼んでも、寿命が伴わなければ市場には出られない。
材料の改良や封止の技術で、耐久性は年々改善している。水分を遮る保護層を工夫し、結晶を安定させる添加物を加える。研究の現場では、寿命を延ばす取り組みが続く。だが、研究室での短期の試験と、屋外で何十年も風雨にさらされる実環境は違う。実際の屋根の上で、どれだけ性能を保てるか。その長期のデータが、まだ十分には積み上がっていない。普及の判断には、時間をかけた実証が要る。
タンデム型にも、種類がある。今回記録を出したのは、ペロブスカイトとシリコンを重ねた型である。一方、東京大学が30.2%を出したのは、シリコンを使わずペロブスカイトだけを二層に重ねた全ペロブスカイト型である。前者は既存のシリコン技術を生かせる利点があり、後者は軽量化と製造の簡素化で勝る。どちらが主流になるかは、まだ定まっていない。用途によって使い分けが進む可能性もある。記録更新の競争は、複数の方式が並走しながら進んでいる。
効率34%という数字の意味は、太陽電池の歴史に照らすと見えてくる。長くシリコンが王座を占め、その効率は理論の天井に近づきつつあった。改良の余地が狭まり、伸びしろは年に小幅にとどまっていた。そこへタンデム型が、単接合では届かない領域を開いた。天井とされた33.7%を越えたことは、太陽光発電の上限が一段引き上がったことを意味する。同じ面積からより多くの電気を取り出せるなら、限られた土地でも発電量を増やせる。効率の上限が動くことは、再生可能エネルギーの可能性そのものを広げる。
背景:これまでの経緯
ペロブスカイト太陽電池は、日本で生まれた技術である。2009年、桐蔭横浜大学の宮坂力教授らが、この材料で太陽電池を作れることを世界で初めて示した。当初の効率はわずか数%にすぎなかった。だが、その後の十数年で世界中の研究が加速し、効率は急速に高まった。基礎の発見は日本発でありながら、実用化の競争は世界規模で進んだ。発明と量産が、別の国で進む構図が生まれつつある。種をまいた国が果実を得られるとは限らない。
効率の伸びは、太陽電池の歴史のなかでも速い。数%から始まった変換効率が、十数年で30%を超える水準まで来た。シリコンが同じ効率に達するまでには、はるかに長い年月がかかった。世界中の研究機関と企業が競って改良を重ねた結果である。中国のロンジが34.85%の記録を出したのも、この国際的な開発競争の産物である。日本が種をまいた技術を、世界が育て、いま量産の入り口に立っている。発見の先に、産業化という次の競争が待っている。
実用化に最も近い日本企業の一つが、積水化学工業である。同社は、曲げられるフィルム型のペロブスカイト電池を開発している。硬いパネルを置けない壁面や曲面にも貼れる点が強みである。pv magazine India(2026年4月28日付)などの報道によれば、積水化学はフィルム型の発電コスト(LCOE)を2030年に1キロワット時あたり20円程度と見込む。政府が掲げる同年の目標は14円である。コスト低減が、普及のもう一つの条件になる。
日本がこの技術に力を入れる背景には、資源の事情がある。ペロブスカイトの主要な材料の一つはヨウ素である。日本はヨウ素の生産で世界有数の地位を占め、国内に供給源を持つ。シリコンパネルの生産が海外勢に押されたのに対し、ペロブスカイトは原料から国内で賄える可能性がある。エネルギーの自給と、産業の国産化を同時に狙える。経済産業省も、普及に向けた支援に動いている。
シリコンパネルでの苦い経験が、この戦略の背景にある。かつて日本企業は太陽電池の生産で世界をリードしていた。だが価格競争で海外勢に抜かれ、量産の主導権を失った。技術で先んじても、コストと量産で負ければ市場は取れない。その教訓が、ペロブスカイトへの期待と警戒の両方を生んでいる。原料を国内で持つこの技術なら、同じ轍を踏まずにすむかもしれない。発明国としての地位を、今度こそ産業の競争力につなげたい。その思いが、政策の後押しにつながっている。
国を挙げた目標も掲げられている。経済産業省は、ペロブスカイト太陽電池の導入を再生可能エネルギー拡大の柱の一つに位置づける。発電コストの目標を定め、国内生産の体制づくりを支援する。狙いは、エネルギーの安定供給と、新しい産業の育成の両立である。化石燃料の輸入に頼る構造を変え、同時に国内に雇用と技術を残す。ペロブスカイトは、その二つの政策目標を同時に担う技術として期待されている。
国際的な競争相手は、すでに動いている。今回34.85%の記録を出したロンジは、中国の大手太陽光メーカーである。中国はシリコンパネルで世界の生産の大半を握り、その量産力をペロブスカイトにも振り向けようとしている。技術の発見では日本が先んじても、量産の規模では中国が大きく先行する。記録更新の競争と並んで、誰が安く大量に作れるかという競争が、すでに始まっている。日本が向き合うのは、研究の速さだけでなく、生産の厚みでもある。
ただし、戦略には注意も向けられている。IEEFAは、日本のペロブスカイト戦略にはより緻密な設計が必要だと指摘する。技術への期待が先行し、コストや耐久性、量産体制の現実が追いついていないという懸念である。国産の希望を背負う技術ほど、冷静な見極めが要る。発明国であることは、量産で勝てることを保証しない。
実用化の時計は、着実に進んでいる。研究室の小さなセルで記録を競う段階から、屋根や壁に貼る製品を世に出す段階へ、各社の重心が移りつつある。積水化学はフィルム型の量産を計画し、設置の実証を積み重ねている。効率の数字を競う研究と、製品を安く大量に作る事業は、いま並走している。どちらか一方では足りない。研究の成果を製品に橋渡しできるかが、これからの数年で問われる。日本がこの橋を渡れるかどうかに、発明国の真価がかかっている。
世界トップメディアの見立て
専門メディアと国際機関の評価は、期待と現実の両面で分かれている。
pv magazine(2026年4月24日付)は、東京大学の30.2%という数字を、全ペロブスカイト型の可能性を示す成果として報じた。シリコンを使わない構成は、軽量で柔軟な太陽電池への道を開く。ビルの壁面や車体、これまで設置が難しかった場所への展開が視野に入る。設置場所の制約を外せば、太陽光の使い道は大きく広がる。技術の進歩を、応用の広がりと結びつけて評価した。
IEAは、効率の記録を歓迎しつつ、量産と耐久性の壁を繰り返し強調する。25%から34%という高い効率は、あくまで小面積の実験室での数字である。大面積での再現と、長期の安定動作が伴わなければ、発電所では使えない。華やかな記録と、実用の現実のあいだには距離がある。その距離を冷静に測る姿勢を示した。なぜ小面積で出た効率が大面積で落ちるのか。塗布した膜にわずかな欠陥やムラがあると、面積が広がるほど不具合の影響が積み重なる。均一な膜を大きく作る難しさが、量産の壁の一つになっている。
IEEFAは、日本の政策に踏み込んだ。発明国としての優位を生かすには、効率競争だけでなく、コスト、耐久性、量産、そして需要の確保まで含めた一貫した戦略が要る。技術で先んじても、量産と価格で海外勢に抜かれれば、市場は取れない。シリコンパネルで起きた逆転を繰り返さないために、より緻密な設計を求めた。発見の栄誉と、産業の果実は、自動的にはつながらない。三者に共通するのは、効率の数字を出発点とし、量産・耐久・コストという地味な課題こそが勝負どころだという認識である。
数字で見る
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| タンデム型セルの効率記録(ロンジ) | 34.85% |
| 単接合シリコンの理論限界 | 33.7%(ショックレー・クワイサー限界) |
| 量産想定の大面積セル | 33% |
| 全ペロブスカイト型(東京大学) | 30.2% |
| シリコン量産品の効率 | 約24% |
| 実験段階の効率幅(IEA) | 25〜34%(小面積) |
| 積水化学のLCOE見込み(2030年) | 約20円/kWh |
| 政府目標のLCOE(2030年) | 14円/kWh |
| 技術の起源 | 2009年、宮坂力教授ら(日本) |
日本への影響・示唆
この技術は、日本のエネルギー安全保障に直結する。発電に使うヨウ素を国内で賄えるなら、太陽電池を原料から国産化できる。化石燃料の大半を輸入に頼る日本にとって、自前で作れる発電技術の意味は大きい。6月23日にロンドンで国連事務総長が訴えたように、化石燃料への依存はエネルギーの不安定さと表裏一体である。国産の再生可能エネルギーは、その依存を減らす一手になる。冒頭で触れた米イランの情勢のように、中東の緊張は原油の価格と供給を揺さぶる。輸入に頼る構造は、海の向こうの政治に電気代を左右される構造でもある。国内で作れる発電技術は、その脆さを和らげる。
設置の自由度も、国土の狭い日本に向いている。平地が限られ、大規模なメガソーラーの用地確保が難しい日本では、軽くて曲げられるフィルム型の電池が生きる。ビルの壁面、工場の屋根、これまで使えなかった場所が発電源に変わる。土地ではなく既存の構造物を活用できれば、立地の制約を越えられる。都市の表面そのものを発電装置に変える発想である。
メガソーラーが抱える摩擦も、この技術なら避けやすい。山を切り開く大規模な発電所は、景観や土砂災害をめぐる地域の反発を招いてきた。フィルム型を既存の建物に貼る方式なら、新たに土地を造成する必要がない。発電を生活の場に溶け込ませ、自然を壊さずに電気を生む。立地をめぐる対立を減らせることは、量産の効率とは別の意味で、普及を後押しする。技術の良さが、社会に受け入れられやすさにもつながる。
ものづくりの裾野にも、影響が広がりうる。フィルム型の電池が普及すれば、塗布や封止、検査といった工程に新しい需要が生まれる。化学、印刷、電子部品といった日本が強みを持つ分野の技術が生きる場面がある。ヨウ素を産する国内の資源企業から、フィルムを加工する中小の工場まで、供給網の各段階に出番がある。一つの太陽電池が、関連する産業の連なりを動かす。技術の実用化は、単独の製品ではなく、産業の層の厚みで決まる。
一方で、過度な期待は禁物である。効率の世界記録と、量産品の実力は別である。耐久性とコストの課題が解けなければ、普及は進まない。発明国であることに安住すれば、シリコンパネルと同じ轍を踏みかねない。日本がこの技術で主導権を握れるかは、研究室の記録ではなく、工場の歩留まりと製品の寿命で決まる。希望を語ると同時に、地に足のついた量産戦略を組み立てられるかが問われる。技術の優位を、産業の優位へ着実に変える設計が要る。
今後の見通し
注目すべき点は三つある。
第一に、耐久性の改善である。水分や熱への弱さを克服し、寿命を実用水準まで延ばせるか。ここが商用化の最大の関門になる。効率の記録更新よりも、安定動作の証明が問われる段階に入る。屋外で何年もつかの実証データが積み上がるほど、投資家や事業者の判断材料は増える。
第二に、量産技術の確立である。小面積の高効率を、大面積のパネルで再現できるか。歩留まりとコストの両立が、価格競争力を左右する。積水化学などの量産の進み具合が、普及のペースを決める。均一な膜を大きく安く作る工程を固められるかが、事業の成否を分ける。
第三に、政策と需要の設計である。発電コストの目標達成に向けた支援や、設置を促すための制度が整うか。技術と市場をつなぐ仕組みが、国産技術の行方を大きく左右する。作る側への支援だけでなく、使う側の需要をどう起こすかも問われる。公共施設の屋根や壁への率先導入など、初期の市場を国が用意できるかが、量産の立ち上がりを支える。
そして、国際競争の構図も見ておきたい。中国が量産で先行し、効率の記録でも肩を並べるなか、日本に残された時間は長くない。発見から十数年が過ぎ、技術は実用の入り口に立っている。ここで量産と耐久の壁を越えられなければ、発明国の優位は記録のなかにだけ残る。逆に、原料から製品までを国内で結べれば、エネルギーの自給と産業の競争力を同時に手にできる。ペロブスカイトの数年は、日本の産業政策の試金石になる。
ペロブスカイトの勝負どころは、効率の世界記録ではなく、量産と耐久という地味な壁を本当に越えられるかにある。
