何が起きたのか
ペロブスカイトは、特定の結晶構造を持つ材料の総称である。光を電気に変える層をこの材料で作る太陽電池が、ここ数年で急速に効率を伸ばした。注目されているのは、ペロブスカイトの層を従来のシリコン電池の上に重ねる「タンデム型」だ。シリコンが主に赤い光を、ペロブスカイトが青い光を吸収する。役割を分けることで、太陽光をより無駄なく電気に変えられる。
なぜ二層にすると効率が上がるのか。太陽光にはさまざまな波長の光が混じっている。一種類の材料では、吸収できる光の範囲が決まっており、それを外れた光は熱になって捨てられる。これがシリコン単独の効率に天井を作っていた。波長の異なる光を、それぞれ得意な材料で受け止める。タンデム型は、捨てていた光を拾い直す発想である。理論上の上限が、二層にすることで大きく引き上がる。
数字がその進歩を物語る。標準的なシリコン単接合電池の理論的な効率限界は約33.7%とされてきた。ところが、中国のJinkoSolarやLONGiといった大手が、ペロブスカイトとシリコンのタンデム電池で34.85%という認証ラボ記録を出した。1枚のセルが取り込める光の量を、これまでの常識の上限を越えて引き上げた形である。同じ面積から取れる電気が増えれば、屋根や壁の限られた広さでも、より多くの発電ができる。
この数字の意味は、わずか1%の差に見えて大きい。市販のシリコンパネルの実効率は約24%にとどまる。34%台に届けば、同じ面積からおよそ4割多く発電できる計算になる。発電所の用地、屋根の広さ、運搬や設置の手間は、発電量が同じなら少なくて済む。効率の数ポイントの違いが、土地のコストや工事の量を通じて、最終的な電気の価格に効いてくる。研究者が小数点以下の効率を競うのは、その先に大きな実利があるからだ。
日本勢の研究も世界最先端にある。東京大学の研究チームは、ペロブスカイト同士を重ねる「オールペロブスカイト」タンデムで30.2%の効率を達成した。上層に広いバンドギャップの24.4%セル、下層に狭いバンドギャップの21.5%セルを組み合わせた構成である。東京都市大学のチームは、ペロブスカイトと銅・インジウム・ガリウム・セレンを使うCIGSを組み合わせたタンデムで、25.14%の認証効率という世界記録を出した。研究の最前線で、日本の大学が記録を更新している。
方式が複数あることには意味がある。シリコンと組み合わせる方式は、既存のシリコン製造の資産を生かせる利点がある。オールペロブスカイトは、軽さと柔軟さを最大限に引き出せる。CIGSとの組み合わせは、薄膜どうしで曲げやすい製品を狙える。どれか一つが正解というより、用途に応じて使い分ける時代に向かっている。日本の研究機関が複数の方式で同時に記録を出している事実は、選択肢を幅広く確保しているとも読める。
企業の動きも具体化している。積水化学工業はフィルム型の量産試作を進め、都市インフラへの組み込みを見据える。報道では、日本は世界に先駆けてギガワット級の量産を立ち上げる計画も伝えられている。研究室の記録を、工場の生産能力へとつなげる段階に入りつつある。技術の優位を、産業の優位に変えられるか。ここからの数年が、その分かれ目になる。
効率だけが論点ではない。ペロブスカイトは、薄く軽く、曲げられるという特徴を持つ。重くて硬いシリコンパネルが載せられなかった場所にも貼れる。耐荷重の小さい工場の屋根、ビルの壁面、曲面、窓。設置できる場所が一気に広がる。国土が狭く、平地の少ない日本にとって、この柔軟さは効率の数字以上に重い意味を持つ。
製造の手間も小さい。シリコンの太陽電池は、原料を高温で溶かし、純度の高い結晶を作る工程が要る。多くのエネルギーと大型の設備を必要とする。一方ペロブスカイトは、材料を溶かした液を塗って乾かす、印刷に近い工程で作れる。低い温度で、フィルムの上に連続して塗っていける。理屈の上では、新聞を刷るように太陽電池を量産できる。製造コストを下げる余地が大きく、ここも普及の鍵になる。
応用先も具体的に語られ始めた。建物の壁や窓ガラスに組み込む「建材一体型」、電気自動車のボディや屋根、無人機やセンサーの電源。重さや形の制約で太陽光をあきらめていた場所が、発電の対象になる。発電所を別に建てるのではなく、すでにある面を発電させる。都市の表面そのものを電源に変える発想である。狭い国土で多くの電力を生む必要がある日本にとって、この方向性は理にかなう。
ペロブスカイトをめぐる発表は、効率の記録だけにとどまらない。各国の研究機関と企業が、ほぼ毎月のように新しい数字を出している。シリコンとの組み合わせ、ペロブスカイト同士の積層、CIGSとの組み合わせ。複数の方式が同時に伸び、どれが量産で主流になるかはまだ定まっていない。技術の地図が描き換わっている途中の段階である。記録が次々と塗り替わるのは、それだけ多くの研究者と企業がこの分野に資源を投じている証拠でもある。競争の熱が、進歩の速度を押し上げている。
背景:これまでの経緯
ペロブスカイト太陽電池の出発点は日本にある。基本構造は2009年、桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授らが報告した。当初の効率は数%にすぎなかったが、その後の世界中の研究で急速に伸び、いまやシリコンに並ぶ水準まで来た。基礎を生んだ国が、量産でも主導権を取れるか。これがこの分野で長く問われてきた論点である。
シリコン系の太陽電池では、日本は主導権を失った経緯がある。2000年代前半まで日本メーカーが世界をリードしたが、中国勢が巨額の設備投資と価格競争で市場を席巻した。今では太陽光パネルの世界生産の大半を中国が占める。技術で先行しながら量産で抜かれる。この敗戦の記憶が、ペロブスカイトをめぐる日本の動きの背後にある。
なぜ抜かれたのか。中国は国家の支援のもとで巨大な工場を次々と建て、規模で単価を下げた。需要が読めない段階から大量に作り、価格を一気に引き下げる。この物量の戦い方に、日本の企業は付いていけなかった。技術の良し悪しよりも、どれだけ安く大量に作れるかで勝敗が決まった。同じ轍を踏まないために、日本は価格だけで競わない領域を選ぶ必要がある。軽くて曲がるという特徴は、その差別化の核になりうる。
そこで日本政府は、2025年に約1500億円(227億円規模の複数事業を含む大型支援)を投じ、フレキシブルなペロブスカイトの国内供給網を作る計画を打ち出した。窓や曲面に組み込める軽量セルの実用化が狙いである。積水化学工業は、都市インフラ向けにフィルム型ペロブスカイトの量産試作を始めた。研究で先行した技術を、今度こそ産業として根づかせる。国を挙げた取り組みが動き出している。
この支援には、経済安全保障の発想もある。エネルギーを生む装置を海外に全面的に頼る状態は、供給網が断たれたときに弱い。半導体や電池と同じく、太陽電池も戦略物資として国内に作る基盤を持っておく。そうした考えが、政府の関与の背後にある。気候変動への対応とエネルギーの自立、そして産業の再興。ペロブスカイトには、複数の政策目標が同時に重ねられている。期待が大きいぶん、成果を出せなければ失望も大きくなる。
中国も並行して動いている。主要メーカーがパイロット生産ラインを整え、業界の分析では2026年から2027年にかけて、意味のある量産能力が立ち上がると見られている。基礎研究では日本、量産規模では中国。シリコンで起きた構図が、ペロブスカイトでも繰り返されかねない。日本がどこで差をつけるかが問われている。
ペロブスカイトには、克服すべき弱点が一つある。水分や熱、紫外線に弱く、屋外に置くと性能が落ちやすい。シリコンの太陽電池が20年以上もつのに対し、初期のペロブスカイトは数カ月から数年で劣化した。この耐久性の低さが、長らく実用化の最大の壁とされてきた。近年は、材料の組成を調整したり、外気から守る封止技術を高めたりして、寿命を伸ばす研究が進む。効率の記録の裏で、地味だが決定的なこの課題への取り組みが続いている。
日本が量産で勝つには、用途の選び方も重要になる。中国勢が得意とするのは、広い土地に大量のパネルを並べる従来型の発電所向けだ。価格競争では分が悪い。一方、軽くて曲がるフィルム型は、ビルや乗り物、インフラに組み込む新しい用途を開く。中国がまだ本格参入していないこの領域で先行できれば、価格だけの勝負を避けられる。どの市場で戦うかという戦略が、技術の優劣と同じくらい重みを持つ。
世界トップメディアの見立て
専門メディアのpv magazine(5月18日付)は、東京都市大学のCIGSタンデムの25.14%という記録を「世界記録」と明記し、ペロブスカイトが既存の薄膜技術と組み合わさることで新たな効率の領域に入ったと報じた。同誌は4月24日付でも、東京大学のオールペロブスカイト30.2%を取り上げ、日本の研究機関が複数の方式で同時に記録を押し上げている状況を伝えた。一つの方式ではなく、複線で前進している点が日本勢の特徴である。
エネルギー分野の調査機関IEEFAは、日本には「より緻密なペロブスカイト戦略が必要だ」と論じている。技術の記録を持つだけでは産業競争に勝てず、量産コスト、耐久性、設置の担い手まで含めた全体設計が要る、という指摘である。効率の世界記録は出発点にすぎない。製品として安く長く使えるかが、市場での勝敗を決める。
同機関の論点は、日本が陥りやすい罠を突いている。研究で世界一を取ること自体が目的になり、その先の事業化が手薄になる。シリコンで起きたのは、この順序のつまずきだった。記録のための記録ではなく、市場で売れる製品から逆算した開発が要る。どの用途に、いくらで、どれだけの寿命の製品を届けるか。出口を定めた開発に切り替えられるかが、IEEFAの問いの核心である。
業界分析(PatSnap等)は、ペロブスカイト・シリコンタンデムが2026年に34%を超えたことを、太陽光発電の効率が「シリコンの限界」を越える転換点と位置づけた。一方で各社の指摘に共通するのは、ラボの記録効率と、量産品の実効率・耐久性の間にはなお距離があるという冷静な見方だ。ペロブスカイトは水分や熱に弱く、長期の耐久性が実用化の最大の課題とされてきた。記録の高さと製品の信頼性は別の問題である。
国際エネルギー機関や各種の集計によれば、クリーンエネルギーは世界の発電量の約4割に達した。太陽光はその伸びを牽引する主役である。発電量が増えるほど、限られた面積からどれだけ多く発電できるかが重みを増す。同じ屋根、同じ土地で発電量を3割増やせれば、必要な設置面積も送電網への負担も変わる。効率の向上は、単なる技術自慢ではなく、エネルギー転換の速度を直接左右する。ペロブスカイトへの注目が高いのは、この実利があるからだ。
報道を整理すると、論点は三つに分かれる。第一に効率で、ここは34%台に到達した。第二に耐久性で、屋外で20年使えるかがまだ実証の途上にある。第三に量産コストで、中国勢のシリコンと価格で戦えるかが問われる。三つすべてをそろえた者が市場を取る。効率の記録だけでは、まだ勝負は決まらない。
海外メディアの関心も高い。MIT Technology Reviewは2026年初頭、ペロブスカイトを今年「ブレークスルーする気候技術」の一つに挙げた。同誌は、技術が研究室から市場へ移る時期に入ったと位置づけつつ、量産での歩留まりと耐久性が普及の速度を決めると指摘した。期待と慎重さが同居する論調である。記録の高さに沸く一方で、製品として根づくまでの距離を冷静に見る視点が、各国の報道に共通している。
数字で見る
| 項目 | 数値 | 補足 |
|---|---|---|
| シリコン単接合の理論限界 | 約33.7% | 従来の常識的な上限 |
| ペロブスカイト・シリコンタンデムの認証ラボ記録 | 34.85% | JinkoSolar / LONGi(中国大手) |
| 東京大学のオールペロブスカイトタンデム | 30.2% | 上層24.4%+下層21.5% |
| 東京都市大学のペロブスカイト・CIGSタンデム | 25.14% | 同方式の世界記録 |
| 既存の量産シリコンパネルの実効率 | 約24% | 市販品の代表値 |
| 日本政府の供給網支援 | 約1500億円規模 | 2025年に表明 |
| 量産能力の本格立ち上がり | 2026〜2027年 | 業界分析の見立て |
| 基本構造の最初の報告 | 2009年 | 宮坂力氏ら(日本発) |
日本への影響・示唆
第一に、エネルギー安全保障の観点である。日本はエネルギー自給率が低く、電源の多くを輸入燃料に頼る。国土が狭く、大規模な太陽光発電所を平地に並べる余地も限られる。軽くて曲がるペロブスカイトは、ビルの壁、工場の屋根、住宅の窓といった、これまで使えなかった面を発電所に変える。国産技術で、国産の発電面を増やせる。輸入燃料への依存を減らす道具になりうる。
第二に、産業競争の観点だ。シリコンで主導権を失った日本にとって、ペロブスカイトは数少ない巻き返しの機会である。基礎研究は日本発で、大学の記録も世界最先端にある。原料のヨウ素も国内で確保できる。積水化学をはじめ量産に動く企業も出てきた。条件はそろいつつある。ただしIEEFAが指摘するように、記録効率を持つだけでは勝てない。量産コスト、耐久性、設置工事の担い手まで含めた産業全体を作れるかが分かれ目になる。技術で勝って事業で負ける愚を、二度繰り返さないことが課題である。
産業を作るとは、一社が頑張ることではない。原料、製造装置、セル、モジュール、施工、保守まで、長い連なりが要る。どこか一つが欠けても、製品は市場に届かない。政府の支援も、研究費だけでなく、この連なり全体を立ち上げる視点が要る。中国が強いのは、この連なりを国内に丸ごと抱えている点だ。日本が同じ規模で張り合うのは難しいが、得意な用途に絞って連なりを作ることはできる。選択と集中が、現実的な勝ち筋になる。一つの製品を売るのではなく、用途に合った供給網ごと育てる発想が求められる。
第三に、テック企業や事業者にとっての実務である。データセンターの電力需要はAIの普及で膨らみ続けている。自社施設の壁や屋根で発電できれば、電力コストと調達リスクの両方を抑えられる。ペロブスカイトが量産段階に入れば、これまで設置を諦めていた建物が選択肢になる。エネルギーを「買う」前提から、「敷地で作る」前提へ。発電面の自由度が上がることの意味は、製造業やインフラ事業に広く及ぶ。
第四に、原料調達の観点だ。ペロブスカイトの主要な原料の一つにヨウ素がある。日本はヨウ素の世界有数の産出国で、千葉県を中心に世界生産の約3割を担う。シリコンで原料・製造の両方を海外に頼った苦い経験に対し、ペロブスカイトでは原料の一部を国内で確保できる。資源の乏しい日本にとって、自国で押さえられる原料があることは、産業を育てるうえで小さくない強みになる。
今後の見通し
注目すべき点は三つある。
第一に、耐久性の実証だ。ペロブスカイトは水分や熱に弱く、屋外で何年もつかが最大の課題である。封止技術や材料の改良で、シリコン並みの20年級の寿命を示せるか。ここがクリアできなければ、効率の記録は市場に届かない。今後の発表で、実効率と耐久性のデータがどこまで開示されるかが試金石になる。ラボの小さなセルの記録と、実際の大きなパネルの性能の差をどう埋めるかも、あわせて問われる。
第二に、量産コストである。中国勢はシリコンで価格競争を制した実績を持つ。ペロブスカイトでもパイロットラインを整えつつある。日本が技術で先行しても、量産規模とコストで離されれば市場は取れない。政府支援と企業投資が、コストの壁をどこまで下げられるかが問われる。塗って作れるという製造の手軽さを、実際の歩留まりの高さに変えられるかが鍵になる。
第三に、設置の現場だ。軽く曲がる特性を生かすには、ビルや工場に貼る施工のノウハウと担い手が要る。技術と製品があっても、設置できなければ普及しない。建設・不動産・電気工事の各業界を巻き込めるかが、普及の速度を左右する。
加えて、標準化と認証の整備も見落とせない。新しい型の太陽電池が建物に組み込まれるには、防火や安全の基準、性能を保証する認証の仕組みが要る。制度が技術に追いつかなければ、量産できても市場に出せない。日本が先行を生かすには、技術開発と並んで、制度づくりを早く進める必要がある。官と民の足並みがそろうかどうかが、普及の現実的な分かれ目になる。
ペロブスカイトは、日本にとって珍しく好機の側にある技術だ。基礎を生んだのも、世界記録を出しているのも日本である。原料も国内にある。だが好機は、放っておけば逃げる。研究の優位を量産の優位に変える時間は、それほど長くない。次の数年で、技術を産業に変えられるか。問われているのは、研究の華やかさではなく、量産と現場を泥臭く積み上げる速さと覚悟である。
太陽電池の中身が10年ぶりに作り替わる。その出発点に立つ日本に問われているのは、効率の記録ではなく、量産と現場で勝ち切る覚悟である。
