何が起きたのか
太陽電池の変換効率とは、降り注ぐ太陽光のエネルギーを、どれだけ電気に変えられるかの割合である。この数字が高いほど、同じ面積でより多くの電気を生む。中国のロンジが2025年4月に記録した34.85%が、現時点で認証された最高値とされる。この記録を中国企業が握っている事実は、競争の構図を象徴する。技術の起源は日本にあっても、最高効率の記録は中国勢が更新を重ねてきた。研究の最前線は世界中に広がり、わずかな効率の差をめぐって各国がしのぎを削る。記録は一年ともたずに塗り替えられることもある。ペロブスカイトとシリコンを重ねた「タンデム型」の電池は、すでに34%近くに達した。タンデムとは、吸収できる光の波長が異なる材料を上下に重ね、太陽光をより無駄なく使う構造である。
一つの材料だけで太陽光を電気に変える場合、変換できる効率には理論上の限界がある。太陽光にはさまざまな波長の光が混ざっており、一種類の材料ではそのすべてをうまく吸収できない。短い波長を得意とする材料と、長い波長を得意とする材料を重ねれば、取りこぼしを減らせる。タンデム型が単独のシリコンを上回るのは、この役割分担があるからだ。効率の天井を一段引き上げる工夫が、ここにある。
なぜ効率の数字がこれほど重視されるのか。同じ電気を得るのに、効率が高ければ少ない面積で済む。設置の場所が限られる都市部や、屋根の小さな建物では、この差が決定的になる。効率が上がれば、これまで採算が合わなかった場所でも太陽光が成り立つ。1%の向上が、発電できる場所の広さと、投じた費用の回収しやすさを変える。研究者が小数点以下を競うのは、その先に普及の現実があるからだ。
ペロブスカイトは、特定の結晶構造を持つ材料の総称である。塗って乾かすように薄い膜を作れるため、製造の工程が簡素で、軽くて曲げられる電池を作れる。重く割れやすいシリコンのパネルとは、扱いやすさが違う。ビルの壁や曲面、耐荷重の小さい屋根など、これまで太陽光を載せられなかった場所にも設置できる。発電できる場所そのものが広がる点に、この材料の価値がある。
製造の面でも利点がある。シリコンのパネルは、高い温度で結晶を作る大がかりな設備が要る。ペロブスカイトは、原料を溶かした液を塗って乾かす工程で作れる。印刷に近い手軽さで膜を作れるため、設備投資を抑えやすい。大量生産に向けば、価格はさらに下がる余地がある。性能の高さと作りやすさが両立しうる点が、研究者と企業の関心を集めている。原料となる主な元素も、地球上に比較的豊富にある。供給の制約が小さければ、量産を妨げる要因も減る。資源の偏りが供給網のリスクになりやすいなか、入手しやすい材料で作れる点も見逃せない強みである。
用途の広がりも見込まれる。軽くて曲げられる電池は、ビルの外壁や窓、自動車の屋根、農業用ハウス、さらには携帯機器の表面にも貼れる。シリコンのパネルでは載せられなかった場所が、すべて発電の候補になる。発電所を一カ所に集めるのではなく、街じゅうの表面で少しずつ発電する。電気を作る場所の考え方そのものが変わる可能性がある。建物が電気を消費するだけの存在から、自ら作り出す存在に変わる。その入り口に、この材料が立っている。
効率の向上は、家庭や企業の電気の使い方にも響く。発電する面積あたりの量が増えれば、同じ屋根からより多くの電気を得られる。自前で作った電気を使う割合が増えるほど、電力会社から買う量は減る。電気料金が世界的に高止まりするなか、自家発電の経済性は年々高まっている。効率の数字は研究室の指標であると同時に、家計や経営の負担に直結する数字でもある。小数点以下の改善が、最終的には電気代の差として表れる。
直近でも記録の更新が続く。専門メディアのpvマガジン(5月18日付)は、東京都市大学の研究チームがペロブスカイトとCIGS(銅・インジウム・ガリウム・セレン)を重ねたタンデム電池で、認証効率25.14%という世界記録を達成したと報じた。同じくpvマガジン(4月24日付)は、東京大学のチームが特殊な微粒子を使う製法で、ペロブスカイトのみを重ねたタンデム電池を30.2%まで高めたと伝えている。学術誌ネイチャーには、柔軟なペロブスカイト・シリコン型で33.6%を達成した研究も載った。世界の研究室が、わずかな効率を競って毎月のように記録を塗り替えている。
注目すべきは、日本の研究機関がこの競争の最前線に並ぶ点である。東京都市大学のCIGS型、東京大学の全ペロブスカイト型は、いずれも世界に通用する水準だ。材料の組み合わせを変える試みも活発で、シリコン以外の下地と重ねる研究が広がっている。組み合わせの幅が増えれば、設置できる環境や用途も広がる。効率の数字を競うだけでなく、どの材料を重ねるかという設計の自由度が、次の差別化の焦点になりつつある。
太陽電池だけではない。脱炭素を支える技術は複数の方向で動く。カナダのオンタリオ州では、地下深くの古い岩盤が水素ガスを自然に生み出している現象が確認された。鉱山の掘削孔での測定では、ガスが何年も流れ続けるという。地中から湧く「自然水素」を取り出せれば、製造に大量の電気を要する従来の水素より安く、二酸化炭素も出さずに燃料を得られる可能性がある。太陽光でプラスチック廃棄物を水素などの燃料に変える研究も進む。
水素は、燃やしても二酸化炭素を出さない燃料として期待される。ただし、いま使われる水素の多くは、製造の過程で大量の電気や化石燃料を要する。せっかくの脱炭素燃料が、作る段階で二酸化炭素を出していては意味が薄い。地中から湧く自然水素や、廃棄物から作る水素は、この矛盾を解く糸口になりうる。太陽電池の効率と並んで、燃料をいかに脱炭素で作るかが、もう一つの研究の軸になっている。
電気をためる技術の進歩も見逃せない。太陽光や風力は天候で発電量が変わるため、ためて使う仕組みが欠かせない。蓄電池の心臓部にはリチウムが要るが、その採掘は環境負荷が大きいという難点があった。米コロンビア大の研究チームは、リチウムを速く取り出す新しい手法を開発した。採掘の負荷を下げられれば、蓄電池の普及はさらに進む。発電・蓄電・燃料の三方向で技術が同時に動いている点が、いまの脱炭素の特徴である。一つの技術が突出するのではなく、複数の技術が互いを支え合いながら前に進む。発電だけ、蓄電だけでは、脱炭素は完成しない。
背景:これまでの経緯
世界の発電に占める脱炭素電源の割合は、着実に上がってきた。再生可能エネルギーと原子力を合わせた発電は、世界の電力の約40%に達したとされる。十数年前まで太陽光や風力は割高で、補助金がなければ成り立たないと見られていた。だが量産が進み、技術が改良され、いまでは多くの地域で最も安い電源の一つになった。安いから使われ、使われるからさらに安くなる。この循環が脱炭素を後押ししてきた。
40%という数字は、十数年前には想像しにくい水準だった。当時は、再生可能エネルギーは天候に左右されて不安定で、主役にはなれないと見られていた。だが蓄電池の性能が上がり、送電網の運用が高度になると、不安定さを補える範囲が広がった。発電する技術だけでなく、ためる技術と配る技術が同時に進んだ結果が、この割合に表れている。脱炭素は一つの技術ではなく、複数の技術の総合戦である。
ただし、太陽電池の量産では中国が圧倒的な地位を築いた。世界で作られるパネルの多くは中国製で、価格競争でも他国を引き離す。安く大量に作る体制が、市場の支配につながっている。次世代のペロブスカイトでも、同じ展開になるのか。各国は、量産で中国に追随するのか、それとも技術や用途で別の土俵を作るのかを迫られている。エネルギーの供給を一国に頼る危うさは、太陽電池の世界でも意識されている。
太陽光の主役は長くシリコンだった。シリコン製パネルは信頼性が高く、寿命も長い。ただし効率は理論上の限界に近づき、伸びしろが小さくなっていた。重くて硬いため、設置できる場所も平らで丈夫な屋根や地面に限られる。性能と用途の両面で、シリコンは天井に突き当たりつつあった。次の一手として研究者が注目したのが、ペロブスカイトである。
ペロブスカイトを太陽電池に応用する道を最初に切り開いたのは、日本の研究者だった。桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授が2009年に発表した成果が、世界の研究の出発点になった。その後、各国がこの材料の研究に資金を投じ、効率を急速に高めた。出発点は日本にありながら、量産の規模では中国が先行し、研究の最前線では各国がしのぎを削る。技術の起源と産業化の主導権が、必ずしも一致しない構図がここにある。
この構図は、日本の産業がたびたび経験してきたものだ。優れた技術を生み出しながら、量産と価格競争で海外に追い抜かれる。太陽電池でも、シリコンの時代に同じことが起きた。かつて日本メーカーは世界の生産で先頭を走ったが、安い海外製に押されて市場の多くを失った。ペロブスカイトで同じ轍を踏むのか、起源を持つ強みを産業に変えられるのか。過去の教訓が、いまの選択に重くのしかかる。
シリコンの時代に何が起きたかを振り返ると、教訓は鮮明になる。技術で先行しても、量産の投資をためらううちに、国を挙げて支援する海外勢に規模で抜かれた。価格が下がるほど市場は拡大したが、その果実の多くは安く作る側が得た。技術の優位は、量産の決断の遅れで簡単に失われる。ペロブスカイトでは、同じ轍を踏まないために何をすべきか。起源を持つだけでは産業の優位にならないという事実を、過去がはっきりと示している。
日本の企業も動いている。積水化学工業は、フィルム型のペロブスカイト電池の量産に向けた取り組みを進める。建材や設備の各社も、壁や窓に組み込む用途を探る。政府は2040年に向けた導入の目標を掲げ、量産を後押しする。技術の起源を持ち、用途に合う国土を抱え、企業も動き始めた。条件はそろいつつある。問われるのは、その条件を実際の市場に結びつけるまでの速さである。決断が遅れれば、せっかくの先行は失われる。
課題も残る。ペロブスカイトは水分や熱、紫外線に弱く、屋外で長く使うと劣化しやすい。シリコンが数十年もつのに対し、寿命をどこまで延ばせるかが普及の鍵を握る。近年は、層と層の境目の処理を工夫したり、ルビジウムやセシウムといった元素を加えて組成を調整したりして、安定性を高める研究が進む。効率の記録と並んで、耐久性の改善が実用化の前提になっている。
実用化では、効率と耐久性に加えてもう一つの壁がある。研究室で作る小さな試作品と、屋根や壁を覆う大きなパネルとでは、製造の難しさが違う。面積が広がるほど、膜の均一さを保つのが難しくなり、効率は下がりやすい。小さく作って高い数字を出すことと、大きく作って同じ数字を保つことの間には、大きな開きがある。記録の更新が実際の製品に結びつくには、この大型化の壁を越える必要がある。
世界トップメディアの見立て
太陽光専門メディアのpvマガジン(5月18日付)は、東京都市大学のペロブスカイト・CIGS型の世界記録を、材料の組み合わせの幅を広げる成果と位置づけた。シリコン以外の材料との組み合わせが実用に近づけば、設置できる環境はさらに広がる、という見立てである。同メディアは日本の研究機関の貢献を継続的に追い、複数の記録更新を具体的な数字で伝えている。
技術情報サービスのパットスナップ(2026年の解説)は、ペロブスカイト・シリコン型が2026年に34%へ到達した点を、商用化の節目として扱った。境目の処理や組成の調整、安定性の向上といった改良が積み重なった結果だと整理し、効率の数字だけでなく、それを支える技術の中身に注目すべきだと指摘している。
研究データを集計するフラクシム(2026年の更新)は、認証された効率の最高値を時系列で追い、記録更新の速さを示した。数年前なら大きな話題になった効率の更新が、いまでは数カ月ごとに起きている。各メディアの分析は、太陽電池の性能向上が研究室の話にとどまらず、産業の前提を変える段階に入りつつある点で重なる。
専門誌や技術メディアが共通して注意を促すのは、効率の記録と実用の普及を混同しないことだ。研究室で出た高い数字は、あくまで小さな試作品の値である。屋外で何年も使え、大量に安く作れて初めて、社会を変える技術になる。記録の更新は前進の証だが、ゴールではない。報道がこぞって耐久性や量産の課題に触れるのは、過熱した期待を冷ます意味もある。技術の実力は、見出しの数字だけでは測れない。
数字で見る
| 項目 | 数値・内容 |
|---|---|
| ペロブスカイト・シリコン型の最高効率 | 34.85%(ロンジ、2025年4月認証) |
| 既存シリコンパネルの効率 | 約24% |
| 東京都市大のペロブスカイト・CIGS型 | 25.14%(世界記録、5月18日報道) |
| 東京大の全ペロブスカイト型 | 30.2%(4月報道) |
| 柔軟なペロブスカイト・シリコン型 | 33.6%(ネイチャー掲載) |
| 脱炭素電源が世界の発電に占める割合 | 約40% |
| ペロブスカイト研究の起点 | 2009年、宮坂力氏(日本) |
日本への影響・示唆
第一に、産業政策としての意味である。ペロブスカイトは日本発の技術であり、軽くて曲げられる特性は、平地が少なく建物が密集する日本の都市に向く。ビルの壁面や工場の屋根、これまで使えなかった場所が発電所になりうる。政府はペロブスカイトを重点技術に位置づけ、量産の支援に動いている。起源を持つ国として、産業化でも主導権を握れるかが問われている。日本は国土が狭く、平地に大規模な太陽光発電所を並べる余地が小さい。だからこそ、壁や曲面に貼れる軽い電池の価値は、ほかの国より大きい。制約の多さが、かえって新しい技術の出番を生む。
第二に、エネルギー安全保障との関係だ。日本はエネルギーの多くを輸入に頼る。国産の太陽電池を増やせれば、海外の燃料価格や地政学リスクへの耐性が高まる。自然水素のような新しい資源の動向も、資源を持たない日本にとって見逃せない。脱炭素は理念であると同時に、輸入依存を減らす現実的な手段でもある。原油や天然ガスの価格は、中東情勢などの外部要因で大きく動く。国産の電源を増やせるほど、その揺れに振り回されにくくなる。エネルギーの自給は、環境政策の枠を超えた安全保障の問題である。日本は電源構成に占める再生可能エネルギーの割合を高める目標を掲げる。だが平地の少なさが、太陽光の拡大を阻んできた。壁や窓で発電できるペロブスカイトは、その制約を解く鍵になりうる。国産技術で国産の電気を増やす。脱炭素の目標と、輸入依存の軽減と、産業の育成が、一つの技術の上で重なる。
第三に、競争の構図への向き合い方である。技術の起源が日本にあっても、量産の規模で先行するのは中国だ。研究の最前線では各国が記録を競う。日本が勝ち筋を見いだすには、効率の数字を追うだけでなく、耐久性や設置のしやすさ、量産のコストで実用の優位を作る必要がある。研究室の成果を産業に変える速さが、これからの差を決める。技術で先行しても、量産の決断が遅れれば追い抜かれる。逆に、用途を絞って早く市場に出せば、起源を持つ強みを生かせる。重要なのは、すべてで勝とうとせず、勝てる領域を見極めることだ。
軽くて曲げられるという特性は、量産で先行する中国勢が必ずしも得意としない領域でもある。重く硬いパネルを安く大量に作る競争と、薄くて柔らかい電池を多様な場所に組み込む競争は、別の勝負になる。日本が後者で先行すれば、量産規模の差を技術と用途の独自性で埋められる。価格だけの勝負を避け、設置の自由度や軽さで差をつける。その戦略が描けるかどうかが、産業としての成否を分ける。
加えて、人材と研究の継続性も問われる。ペロブスカイトの研究を支えるのは、長年この分野に取り組んできた研究者たちである。成果が出るまで時間のかかる基礎研究を、腰を据えて支え続けられるか。短期の成果ばかりを求めれば、起源を生んだ研究の土壌そのものが細る。技術の優位は、一度の発見で決まるのではなく、研究を続ける仕組みの厚みから生まれる。日本がこの厚みを保てるかも、長い目で見た勝ち筋を左右する。
今後の見通し
注目点の一つは、耐久性の改善である。効率の記録が伸びても、屋外で長く使えなければ普及しない。寿命をシリコンに近づけられるかが、実用化の最大の関門になる。境目の処理や組成の調整が、この関門をどこまで越えられるかが鍵を握る。
二つ目は、量産コストの低減だ。塗って作れる利点を生かし、どこまで安く大量に作れるか。大きく作っても効率を保てる技術が確立すれば、設置できる場所の広さと相まって、普及は一気に進む可能性がある。逆に大型化でつまずけば、研究室の記録は記録のままで終わる。
三つ目は、自然水素など新しい資源の評価である。オンタリオの発見が実用につながるかは未知数だが、製造に電気を要しない水素源が広がれば、脱炭素の選択肢そのものが増える。太陽電池一本に頼らず、複数の技術を組み合わせる発想が、これからの脱炭素を支える。発電と蓄電と燃料が互いを補い合う形が整って初めて、脱炭素は社会全体に行き渡る。一つの技術の効率だけを追う段階は、すでに過ぎつつある。脱炭素は、一つの発明の華々しさではなく、複数の技術の総合力で競い合う時代に入った。
四つ目に、産業政策の速さである。技術の起源を持つ日本が、量産と用途の開拓で先んじられるか。研究室の成果を、補助や規制の整備でいかに速く市場へ押し出すか。政府と企業の足並みがそろうかどうかが、起源の優位を産業の優位に変えられるかを決める。脱炭素の競争は、技術だけでなく、社会の仕組みを動かす速さの競争でもある。
脱炭素は遠い理想ではなく、効率1%の積み重ねと、それを誰が産業に変えるかの競争として、いま進んでいる。
