「和平案」は何を求めているか
交渉の「枠組み」の骨子は、おおむね次のようなものとされている。
ハマスが拘束している人質のうち、生存確認できる全員を段階的に返還する。 イスラエルはガザから段階的に軍を撤退させる。 国際管理下に置かれたパレスチナの暫定統治機構が発足する。
ハマス側は7月末、この提案に「原則的な合意を示した」と仲介役のカタールとエジプトが発表した。 しかし8月に入ってから、実際の交渉テーブルは再び止まった。
イスラエル政府の高官がカイロの交渉から引き揚げ、現地には実務担当者だけが残された。 「合意が近い」という言葉と、動かない交渉の現実の間に、大きなギャップがある。
ネタニヤフが動けない事情
ネタニヤフには、国内の連立パートナーがいる。
財務相のベザレル・スモトリッチ、国家安全保障相のイタマル・ベン・グビールの2人は、ともに強硬右派だ。 ガザへの恒久的な入植を求め、ハマスの完全壊滅を停戦の前提条件にしている。
「一時停戦はハマスに息をつかせる。認められない」。 2人はこう主張し、合意に応じれば連立を離脱すると公言している。
ネタニヤフの政権は現在、この2人の支持がなければ議会で少数与党になる。 「同意していない」という言葉の裏に、連立維持の算数がある。
ガザの現実は止まっていない
交渉が止まっている間も、ガザでは死者が増えている。
パレスチナ保健省の発表では、10月7日からの戦闘による死者は累計で4万3千人を超えた。 このうちガザ南部のラファの死者だけでも、2万人に迫る。
国連人道問題調整事務所(OCHA)は、ガザ北部の住民の6割以上が「飢餓の危機的水準(IPC5)」にあると分類した。 病院の半数以上が機能を停止し、電力も水も断続的にしか供給されていない。
人道支援物資の搬入は、イスラエル軍の検問所の判断で随時遮断される。 戦闘が続く間も、ガザにいる人々は毎日生きなければならない。
なぜトランプは「近い」と言うのか
トランプが中東問題にここまで積極的なのには、理由がある。
第1期政権でまとめた「アブラハム合意」(2020年)は、イスラエルとアラブ首長国連邦、バーレーンなどとの国交正常化だ。 これをトランプは「世界を変えた外交成果」として誇示してきた。
第2期政権でも、サウジアラビアとイスラエルの国交正常化を目指している。 しかしサウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は「ガザ問題に目処がつかない限りイスラエルとの関係正常化はない」と明言している。
つまりトランプにとって、ガザの停戦は「歴史的な外交成果のための前提条件」だ。 だから「近い」と言い続ける必要がある。
それでもネタニヤフは動かない
問題は、トランプにはネタニヤフを動かす強い手段がないことだ。
イスラエルへの軍事支援を止めるカードは、議会の超党派的な親イスラエル票が妨げる。 外交圧力を公式に強めれば、共和党内の支持が割れる。
ホワイトハウスの高官は匿名で「我々はネタニヤフに何度もそのことを伝えている。しかし彼には国内の政治が先にある」と語った。 「最も近い同盟国」であることと、「動かせない相手」であることは、両立する。
人質家族が続ける抗議
イスラエル国内では、人質の家族が毎週テルアビブで集会を開いている。
先週の集会には2万人超が集まり、「ネタニヤフは合意ではなく自分の政治生命を選んでいる」というプラカードが並んだ。 人質の家族団体の代表、ルビー・チェン氏は「私たちの家族は今この瞬間も地下にいる。交渉が動かない一日一日が、生死を分ける」と語った。
ガザの交渉は、軍事でも外交でも、そしてイスラエルの内政でもある。 「とても近い」と「まだ同意していない」が同じ日に流れる限り、その矛盾は当面続く。
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