何が起きたのか
陪審員選定は8月12日に始まった
2026年8月12日、カリフォルニア州オークランドの連邦地方裁判所。
Metaを被告とする裁判の陪審員選定が始まった。
冒頭陳述は8月18日に予定されている。
審理は約7週間続き、判断が示されるのは10月の見通しだ。
法廷を仕切るのはイヴォンヌ・ゴンザレス・ロジャース判事である。
マスク対OpenAIの訴訟を担当した判事でもある。
陪審員候補への質問は、自分のSNS利用時間、子どもの端末をどう管理しているか、Metaへの好悪に及んだ。
日常の習慣が、そのまま適格性の判断材料になっている。
原告席の4州と、背後の29州
訴えているのはカリフォルニア、コロラド、ケンタッキー、ニュージャージーの4州だ。
児童データの違法な収集をめぐる請求には、計29州が名を連ねている。
共和党の州も民主党の州も同じ側に立つ。超党派の連合である。
争点はひとつだ。MetaはFacebookとInstagramを、子どもが依存するように設計したのか。
州側が名指しする機能は、抽象論ではなく具体的な実装である。
- 無限スクロール: 終わりが来ないため、離脱を決める区切りが生まれない
- プッシュ通知: アプリの外にいる時間を短くするための呼び戻し
- 「いいね」カウント: 承認を数値にして、再訪の動機を作る
- 13歳未満の放置: 保護者の同意を確かめないままアカウントを維持したとする児童オンラインプライバシー保護法(COPPA)違反の主張
Meta側は主張を全面的に否定している。
広報担当は「保護者の声を聞き、専門家や法執行機関と協力し、重要な問題を理解するための詳しい研究を重ねてきた」と述べた。
製品が10代に害を与えるという前提そのものを認めていない。
ニュージャージー州司法長官のジェニファー・ダヴェンポートは、別の言い方をする。
「私たちの子どもは、収益化されるデータポイントではない」
「助言的陪審」という異例の設計
この裁判には、通常の陪審裁判と違う点がある。
ロジャース判事は「助言的陪審」を選んだ。
陪審は個別の争点ごとに評決を出すが、判事はその評決に拘束されない。
採用しないという判断もできる。
最終的な結論を書くのは判事であり、その時期が10月になる。
州側にとっては、市民の判断を可視化しつつ、判事の法解釈で着地させる設計だ。
Meta側にとっては、感情に流れやすい評決を最後に是正できる余地が残る。
どちらにも理屈がある置き方である。
7週間で何が起きるかは、おおよそ見えている。
州側は内部文書を時系列に並べ、その横に10代の証言を置く。
Meta側は研究の限界と、外部要因の多さを突く。
証人には社内の元従業員、心理学者、疫学者が並ぶ。
裁判の見どころは、専門家の対決ではない。文書が読み上げられる瞬間である。
そのうち何本が公開の記録に残るかで、影響の範囲は変わる。
背景:これまでの経緯
3,000件を1カ所に集めた広域訴訟
オークランドの連邦地裁には、SNS依存をめぐる訴訟が3,000件以上係属している。
MDL 3047と呼ばれる広域係属訴訟だ。
原告は10代の当事者と保護者、それに全米の学区である。
学区側の主張は、生徒の精神状態が悪化し、学校がその対応コストを負わされているというものだ。
カウンセラーの増員、いじめ対応、欠席への対処。費用は自治体の予算から出ている。
タバコ訴訟で州が医療費の回収を求めた形に近い。
今回の裁判は、その先陣を切るベルウェザー(先行)裁判にあたる。
ここでの結論が、残り数千件の相場を決める。
出発点は2023年10月にさかのぼる。
州司法長官の連合が、Metaを相手取って共同で提訴した。
その2年前、2021年にフランシス・ホーゲンが内部文書を持ち出している。
Instagramが10代の少女の身体イメージを悪化させるという社内調査が、そこで表に出た。
2023年5月には米公衆衛生局長官が、SNSと若者の精神衛生について勧告を出している。
議会も動いた。子どもオンライン安全法(KOSA)は2024年に上院を通過したものの、下院で成立に至らなかった。
立法が止まった場所を、訴訟が引き受けた形になる。
8月11日、230条の逃げ道が塞がれた
裁判の前日にあたる8月11日、第9巡回区控訴裁判所が判断を示した。
通信品位法230条は「訴訟からの免責」ではなく「責任に対する抗弁」にすぎないという内容である。
投稿内容ではなく製品の設計を問う請求までは遮断しない、とも述べた。
230条は1996年から、SNS企業を守ってきた盾だ。
利用者が書き込んだ内容について、事業者は責任を負わないという規定である。
その盾が、設計の話には効かないと確認された。
3,000件が公判へ進む道が開いたことになる。
州側の訴え方は、この判断を先取りしていた。
「どんな投稿が流れたか」ではなく「どう表示させたか」を争点に据えている。
他社は全員、陪審の前で降りた
同じ広域訴訟のなかで、Meta以外の被告はすべて途中で退場している。
- Snap・TikTok(2026年1月): K.G.M.事件の陪審員選定前夜に和解
- YouTube(2026年6月): R.K.C.事件で条件非公開の和解
- TikTok(2026年6月末から7月): 同じ事件で追随
- Snap(2026年7月20日): 同じ事件で暫定合意
陪審の評決まで進んだのはMetaだけだ。
そして進んだ2件とも、Metaは責任を認定されている。
ニューメキシコ州では5億6,700万ドルの支払いと製品の改修を命じられた。
2026年2月には、マーク・ザッカーバーグ本人がK.G.M.事件の法廷で証言した。
大手SNSの現職CEOが依存訴訟で陪審の前に立ったのは、これが初めてである。
他社が和解を選んだ理由は、金額だけではない。
公判に進めば、社内の資料が公開の記録として残る。
和解には、それを避けるという実利がある。
Metaが同じ判断をしなかった点は、この裁判の性格を示している。
封印された社内研究「プロジェクト・マーキュリー」
州側の切り札は、規制でも統計でもない。Meta自身が書いた文書だ。
2020年、Metaは調査会社ニールセンと組んで実験を行った。
利用者にFacebookとInstagramを1カ月止めてもらい、心の状態がどう変わるかを測る計画である。
社内での呼び名がプロジェクト・マーキュリーだった。
結果は会社にとって都合の悪いものになった。
利用と、不安・抑うつ・身体への不満の増加が結びついていた。
この文書は2025年11月、訴訟の開示手続きを通じて封を解かれた。
同じ資料には、Instagram上の自殺への言及が社内データで数十万件にのぼることも記されている。
有害な種類の投稿ほど10代の視聴が偏って多い、という認識も残っていた。
元エンジニアリング担当ディレクターのアルトゥーロ・ベハーは、テネシー州の法廷でこう証言した。
会社は調査結果の閲覧範囲を社内で絞り、外部には公表しなかった。
実験そのものは、途中で打ち切られたとされる。
争点は「害があったか」から「知っていたか」へ移りつつある。
前者は専門家どうしの対立になり、決着がつきにくい。後者は文書が残っていれば足りる。
Meta側は、社内研究の位置づけを別の角度から崩そうとしている。
探索的な調査であり、因果関係を示したものではない、という反論だ。
10代の精神状態が悪化した要因は他にも多い。SNSだけを原因と特定できるのか。
この応酬が7週間の中心になる。
なぜ1.4兆ドルという数字が出るのか
1.4兆ドルという額は、州側が請求したものではない。
Meta自身が、負けた場合の上限として示した見積もりである。
州側は請求額を公表していない。
それでもこの規模になるのは、罰則の数え方が「1件いくら」だからだ。
COPPAも州の消費者保護法も、違反ごとに制裁金を積む形をとる。
保護者の同意なしに維持されたアカウントが数百万あれば、掛け算の答えは兆に届く。
被告が自ら最悪の数字を出すのは、投資家への開示義務があるからでもある。
同時に、額の非現実さを示して減額を促す狙いもある。
ニューメキシコ州の5億6,700万ドルという実績は、その一つの目安になる。
ここで効いてくるのが、金銭以外の命令だ。
同州はMetaに製品の改修も命じている。
賠償額より、機能を変えろという命令のほうが事業には重い。
賠償は一度払えば終わるが、仕様の変更は毎日の収益に効き続ける。
10代の滞在時間が減れば、広告の在庫もそのぶん減る。
しかも命令の対象は米国内のアプリだけではない。
コードは世界で共通しているため、変更は日本の利用者の画面にも届く。
世界トップメディアの見立て
- AP(8月13日付): 若者のSNS訴訟にとって最大の試金石と位置づけ、7週間の審理と10月の判断を軸に整理している
- NPR(8月12日付): 州側の狙いは投稿内容ではなく製品設計を突く点にあり、230条の防壁を迂回する試みだと法律家の見方を紹介した
- Courthouse News(8月12日付): COPPA違反、安全性についての虚偽表示、依存を狙った設計という3本立ての請求構成を詳報している
- MLex(8月付): ベハー証言を軸に、社内研究の扱いが「知っていたか」の立証で中心になると指摘した
- Reuters/Ipsos世論調査: 米国人の85%が「SNSは子どもを依存させる」と答え、61%が企業への監督強化を求めた
見立ては大きく割れていない。
争点が内容から設計へ動いたこと、そこが230条の外側にあること。この2点で各紙の分析は一致している。
法学者のエリック・ゴールドマンは、より直接的に言う。
巨額の賠償と、機能そのものに司法が口を出す事態は、どちらもSNS企業にとって存亡の脅威になりうる。
世論の数字は、この裁判の背景を説明している。
85%が「依存させる」と考える社会では、陪審の心証は最初から傾いている。
Meta側が争っているのは、その傾きを法律の言葉で押し返せるかどうかだ。
数字で見る
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 陪審員選定の開始 | 2026年8月12日 |
| 冒頭陳述 | 2026年8月18日 |
| 審理期間 | 約7週間(判断は10月) |
| 主導する州 | 4州(カリフォルニア、コロラド、ケンタッキー、ニュージャージー) |
| 請求に加わる州 | 計29州 |
| Meta試算の最大賠償額 | 1.4兆ドル |
| Metaの時価総額 | 約1.5兆ドル |
| 広域係属訴訟の件数 | 3,000件超(MDL 3047) |
| ニューメキシコ州の命令額 | 5億6,700万ドル |
| 「SNSは子どもを依存させる」 | 米国人の85% |
| 「企業への監督強化が必要」 | 米国人の61% |
日本への影響・示唆
日本はいま、同じ問題に別のやり方で向き合っている。
海外が年齢で線を引くのに対し、日本は事業者の義務で対応しようとしている。
- 規制の設計思想: こども家庭庁は2026年6月26日、事業者にリスク評価と年齢確認を義務づける骨子案をまとめた。違反時の罰則も検討対象に入る一方、一律の年齢制限は見送っている
- 法改正のスケジュール: 同庁は2027年の通常国会に青少年インターネット環境整備法の改正案を出す方針だ。米国の判断が10月に出れば、条文を詰める段階に間に合う
- 年齢確認の実務: オーストラリアは2025年12月10日に16歳未満の利用禁止を施行し、対象10サービスで470万アカウントを削除した。ただし施行3カ月後も16歳未満の約86%が使い続けていたとする調査がある
- 欧州の動き: フランスは2026年1月に15歳未満の禁止法を可決し、9月の施行を目指す。ギリシャは2027年からの導入を予定している
- 国内企業のリスク: 「設計が依存を生んだ」という請求の型は、ゲーム、動画、マンガアプリにも移せる。ガチャ、連続ログイン特典、自動再生は同じ議論の対象になりうる
- 先例は国内にもある: 香川県は2020年4月、ネット・ゲーム依存症対策条例を施行した。利用時間の目安を条例に書いた例で、当時から表現の自由との緊張が指摘されてきた
- 記録の残し方: Metaを追い込んだのは規制ではなく社内文書だ。ユーザー調査をどう残し、誰に見せるかが、そのまま訴訟リスクに変わる
- 収益設計への圧力: 未成年の滞在時間を前提にした広告売上は、賠償と規制の両方から押される。国内のメディア事業にも波及する話だ
今後の見通し
10月までに追うべき点を整理する。
判決そのものより、途中で何が公開されるかのほうが影響は大きい。
- ①8月18日の冒頭陳述で、州側がプロジェクト・マーキュリーをどう示すか。証拠として通る範囲が勝敗を左右する
- ②ザッカーバーグが再び証人席に立つかどうか。K.G.M.事件では立っている
- ③助言的陪審の評決と、ロジャース判事の10月の判断がずれるか。ずれれば控訴審の焦点になる
- ④賠償額がどこで着地するか。1.4兆ドルはMeta自身の試算であり、州側は請求額を公表していない
- ⑤Metaがここでも和解に転じるか。他社はすべて陪審の前で降りた
- ⑥こども家庭庁が年末までに一律の年齢制限をどう扱うか。2026年7月には議論を続ける方針が追加された
議会がKOSAを成立させられなかった国で、司法が代わりに製品仕様を書こうとしている。
その是非とは別に、結果は日本のアプリにも降りてくる。
無限スクロールと自動再生を実装していない国内サービスは、ほとんどない。
子どもの画面時間の上限を決めるのが、親でも議会でもなく、10月のカリフォルニアの判事になろうとしている。
ソース:
- Meta, 29 states head to court in biggest test yet of youth social media litigation — AP / West Hawaii Today(2026年8月13日)
- Jury selection underway in trial alleging Meta made products addictive for children — NPR(2026年8月12日)
- Jury selection begins in states' trial against Meta over youth social media harms — Courthouse News Service(2026年8月12日)
- Meta, 29 States Head to Court in Biggest Test Yet of Youth Social Media Litigation — Claims Journal(2026年8月12日)
- Section 230 Escape Hatch Closes: 9th Circuit Sends 3,000 Social Media Addiction Suits to Trial — TechTimes(2026年8月11日)
- Meta restricted internal study showing harms to young Instagram users, US jury hears — MLex
- SNS規制、豪・欧の一律年齢制限とは一線 こども家庭庁が骨子案 — 日本経済新聞
- SNS禁止法が施行されて3カ月が経過するも16歳未満の約86%がSNSを使い続けていることが判明 — GIGAZINE(2026年7月1日)




