「段階的な再開という言葉で市場は動いた」
マスカット協議の内容を知る外交筋によると、イラン側は核開発に関する一定の透明性確保と引き換えに、ホルムズを通じた特定の原油輸出フローを段階的に再開する用意があることを示した。トランプ政権は制裁の一部を凍結する見返りとして検討していると複数の関係者が語った。
オマーンは従来から米国とイランの仲介役を担ってきた実績がある。今回もオマーン外相が会議の段取りを整え、協議は非公開で行われた。いずれの政府も公式声明を出しておらず、内容の確認はひとまずできない状態だ。
原油先物市場は「段階的な再開」という言葉が出た直後に動いた。前日比で約1.8%の上昇となり、エネルギーアナリストのアリ・バカシュ氏は「市場は合意への期待よりも、合意が遅れた場合のリスクを先取りしている」と述べた。
「ホルムズは世界の石油タンカーが通る最も狭い水路だ」
ホルムズ海峡の最も狭い部分は40海里(約74キロメートル)ほどで、タンカーが通れる航路は片側2レーン・各幅3海里程度に限られる。サウジアラビア・UAE・クウェート・イラクなどの主要産油国は、原油輸出のほぼすべてをこの海峡に頼っている。
サウジアラビアは東西パイプライン(IPSA)でインド洋側への迂回ルートを持つが、処理能力は日量500万バレルに限られ、輸出量の大半をカバーするには足りない。代替ルートの限界から、ホルムズを封鎖されると湾岸産油国の輸出が事実上止まる。
日本は中東依存度が約95%と世界でも高く、ホルムズ情勢が動くたびに石油元売りが調達計画の見直しに追われる。韓国・台湾・インドも中東産原油への依存度が高く、ホルムズ情勢は東アジア全体のエネルギー安全保障に直結する問題だ。アジアの主要消費国は共同備蓄や代替調達の強化を模索しているが、中東依存の構造そのものは短期間では変えられない。9月のホルムズをめぐるイランの条件については、こちらの記事を参照してほしい。
「制裁の枠組みはどう変わるのか」
現在の米国の対イラン制裁体系は、2018年のJCPOA離脱後にトランプ前政権が課した「最大圧力」政策に基づく。石油輸出の禁止が核心にあり、違反した第三国企業にも二次制裁が適用される。今回の協議で俎上に乗っているのは、この制裁の部分的な凍結だとされる。
イランの国内政治も複雑だ。ペゼシュキアン大統領は対話路線を支持しているが、最高指導者ハメネイ師の承認なく重要な譲歩はできない。交渉が実を結ぶには、ハメネイ師が「協議は屈服ではない」と国内に説明できる形式が必要だとされる。
エネルギー・アナリストのムハンマド・バルカット氏は「核問題を先に解決しないと石油制裁を外せないというのが従来の米国の立場だった。今回の協議は、その順序を逆転させる可能性がある」と指摘した。
「原油価格が上がるほど日本のガソリンへの影響は大きくなる」
国内ガソリン価格は9月第3週時点で全国平均175円台と高止まりしている。政府の補助金措置の縮小が続いており、ホルムズ情勢が追い打ちをかける形だ。経済産業省は石油の備蓄状況を週次で把握しており、国家備蓄は4週分程度を確保しているとされる。
日本国内では、石油元売り各社がスポット市場での調達を増やしており、アジア向けLNGの価格動向とも連動し始めている。家計への影響は電気料金の上昇とも重なっており、実質購買力の低下が懸念される。
交渉には時間がかかる。今回のマスカット協議が最終合意に至るまでには複数ラウンドが必要とみられ、OPEC+の減産継続方針とも絡み合いながら、市場の不確実性はしばらく続きそうだ。
「イランは核交渉の文脈でホルムズを使い続けてきた」
ホルムズ海峡の封鎖をちらつかせるのは、イランが長年使ってきた外交カードだ。2012年の制裁強化の際も、2020年のスレイマニ司令官暗殺後も、同様の脅しが繰り返されてきた。市場は毎回反応するが、実際に封鎖が実行されたことはない。イランにとっても、ホルムズを止めれば自国の石油輸出も詰まるという制約がある。
今回の「段階的な再開」という言葉は、封鎖の脅しとは逆の方向の動きだ。ただし「段階的」という言葉には、条件が満たされなければいつでも制限を戻せるという含意がある。交渉テーブルをイランが常に主導してきた構図は変わっていない。
米国側は慎重な姿勢を見せている。ホワイトハウスの国家安全保障顧問は記者団に「イランとの協議は進行中だが、最終合意と呼べる段階ではない」と述べた。議会の一部では「核開発に進展がないまま石油制裁を緩和することは危険だ」と批判する声もある。
オマーンの仲介役としての立ち位置は、今回の協議で改めて確認された。ペルシャ湾の小国でありながら米国とイランの双方と外交関係を持つオマーンは、かつてのJCPOA交渉でも秘密チャンネルを提供してきた実績がある。今後のラウンドでも中立的な場としての役割が期待されている。
まとめ
トランプ特使とイランのアラグチ外相がオマーンで秘密協議を行い、ホルムズ海峡の「段階的な再開」が議題に上がったと複数の外交筋が確認した。西テキサス産原油は月間最高値圏の94ドル台に達し、合意への期待と遅延リスクの両方を市場が先読みしている。中東依存度が高い日本も補助金縮小が重なるなかで対応を迫られており、交渉の行方が家計直結の問題として注目されている。合意が実現するかは今後数回のラウンドを経なければ見えてこない。イランの内政と核交渉の文脈が複雑に絡み合う中、「段階的な再開」の合意がどこまで実現するかは不確かなままだ。エネルギー市場は現在も不確実性の中で動いており、一つの発言や出来事で価格が急変しやすい状態が続いている。OPEC+加盟国の減産継続方針とホルムズ情勢が重なる中で、世界の石油需給の見通しを立てることは難しい状況が当面続くとみられる。世界経済の成長見通しが下方修正されれば需要側の圧力も変わるが、地政学的なリスクプレミアムが消えるまで価格の高止まりは続くというのが市場関係者の大勢だ。
出典・参考
- ロイター「米・イラン特使がマスカットで協議」(2026年9月24日)
- エネルギー情報局(EIA)週次石油統計(2026年9月)
- 経済産業省 石油備蓄週報(2026年9月)
- 全国石油商業組合連合会 レギュラーガソリン小売価格調査(2026年9月)
- Financial Times, AP 報道(2026年9月24日付)
- 米エネルギー情報局(EIA)石油統計






