何が起きたのか
46キロが175キロになった
ロイターは8月19日、欧州のデータセンター立地についての記事を配信した。
執筆はサイモン・ジェソップ記者とイアン・ウィザーズ記者である。不動産サービス大手JLLの集計をもとにしている。
数字は次のとおりだ。
- 2022〜2025年に完成した施設: 主要都市から平均46キロ
- 2026〜2028年に計画中の施設: 主要都市から平均175キロ
- 更地からの新規開発: 完成済み案件では8%。計画中の案件では39%
- 都心立地の比率: 13%から5%へ低下する見通し
- ギガワット級の計画9件: 大都市の近くはパリの1件のみ
残る8件は、スペインの農村部から北スウェーデンまで散らばっている。
距離が3.8倍になったという事実は、地図の話にとどまらない。
利用者の近くに建てるという前提が外れたということだ。
更地開発が8%から39%へ増えた点も見逃せない。
既存の工業用地や倉庫を転用する余地が、都市周辺では尽きかけている。
農地や森林を切り開くしかないところまで来た、という読み方ができる。
更地は初期費用が安い代わりに、時間がかかる。
道路も、上下水も、変電設備もゼロから引く必要がある。
地元自治体との協議も、既存工業地帯なら省ける手続きが省けない。
それでも更地が選ばれているのは、都市周辺にもう選択肢が残っていないからだ。
都心立地が13%から5%へ落ちる見通しも、同じことを別の角度から示している。
比率が下がるのは、都心の案件が減るからではない。
郊外と遠隔地の案件が増えて、分母が膨らむからである。
「電力のある場所へ運ばれている」
JLLでEMEAのデータセンター部門を率いるアサド・ヌーリ氏は、ロイターにこう語っている。
「データセンターは電力のある場所へ運ばれている。その逆ではない」
短い一文だが、立地判断の順番が入れ替わったことを示す。
かつては利用者の近さが最優先だった。いまは電気が最優先になる。
この入れ替わりは、産業立地の歴史では珍しくない。
製鉄所が炭鉱の近くに建ち、アルミ精錬所が水力発電所の脇に並んだのと同じ理屈である。
違うのは速度だ。製鉄所の立地が固まるまでには数十年かかった。
データセンターは4年で46キロから175キロへ動いた。
もうひとつ違う点がある。製鉄所は原料を運べば済んだ。
データセンターが運ぶのは計算の結果であり、光の速さで届く。
だからこそ、遠くへ行く判断がしやすい。
北スウェーデンが候補に挙がるのも、この性質があるからだ。
寒冷地は冷却の電力を減らせる。水力発電が豊富で、価格も安定している。
人口が少ないぶん、系統の空きも残っている。
利用者の近くという条件を外した瞬間、こうした土地が一気に有力になる。
ただし、遠隔地には遠隔地の難しさがある。
数千人規模の建設作業員をどう集め、どこに泊めるか。
稼働後の保守要員を、人口の少ない地域で確保できるか。
光ファイバーを新たに敷く費用も、都市部の何倍にもなる。
三次エリアの1メガワット51万ユーロという数字は、これらを織り込んだうえでの安さである。
それでも中核市場の5分の1で収まる。差はそれほど開いている。
費用は場所によって5倍違う
ITロード1メガワットあたりの開発コストも、ロイターは並べている。
- 中核市場(アムステルダム、ロンドン、フランクフルト): 236万〜270万ユーロ
- 二次都市(コペンハーゲン、ワルシャワ、ミラノ): 97万8,000ユーロ
- 三次エリア(ボルドーなど): 51万2,000ユーロ。安い案件では20万ユーロ
中核市場と三次エリアの差は5倍を超える。
安い土地を探しているわけではない。安く、早く電気を引ける場所を探している。
事業者にとって、この差は利益率そのものだ。
1ギガワットの施設を建てるなら、中核市場では24億ユーロを超える。
三次エリアなら5億ユーロで済む計算になる。
同じ計算能力を、5分の1の初期投資で手に入れられるということだ。
175キロ離れれば通信の遅延は増える。それでも遠くへ行くほうが得だと判断されている。
ここには用途の切り分けもある。
AIの学習は、数週間から数か月かけて大量の計算を回す作業だ。数十ミリ秒の遅延は結果に響かない。
一方、生成された回答を利用者に返す推論は、体感速度に直結する。
学習は遠くへ、推論は近くへ。同じ「データセンター」でも置き場所が分かれ始めている。
この分岐は、投資の性格も変える。
学習用の巨大施設は、電力価格の安さで採算が決まる。
推論用の小規模施設は、都市に近いことへの上乗せ料金で採算を取る。
同じ事業者が、性格の違う2種類の不動産を持つことになる。
1メガワットあたり20万ユーロの案件と270万ユーロの案件が、同じ帳簿に並ぶ。
背景:これまでの経緯
FLAP-Dが詰まった
欧州のデータセンター容量は、長く5つの都市に集中してきた。
フランクフルト、ロンドン、アムステルダム、パリ、ダブリン。頭文字をとってFLAP-Dと呼ばれる。
金融機関の拠点があり、海底ケーブルが陸揚げされ、通信事業者の交換点が置かれている。
利用者が多く、回線が太く、技術者も採用しやすい。集まるだけの理由が揃っていた。
ところが、この5都市では系統への接続待ちが平均7〜10年に達している。
一方、データセンターの建設期間は18〜24か月だ。
建物は2年で建つ。電気は10年来ない。
この差が計画を成り立たなくさせた。開発は空いている系統を探して外へ出る。
送電網は数十年単位で計画され、認可され、建設される設備である。
需要が数年で倍増する事態を想定して設計されてはいなかった。
順番待ちの列には、データセンターだけが並んでいるわけではない。
洋上風力も、蓄電池も、工場の電化も、同じ列に加わっている。
脱炭素の政策が電化を進めた結果、接続を待つ案件が同時に膨らんだ。
そこへAIの需要が乗ったのが、この2〜3年の状況である。
系統運用者の側にも事情がある。
接続を認めれば、その分の送電容量を確保し続ける義務が生じる。
計画倒れになる案件に容量を押さえられると、後続がさらに待つことになる。
だから審査は慎重になり、列はいっそう長くなる。
アイルランドとオランダが先に限界を迎えた
ダブリンは欧州で最も早くデータセンターが集まった都市のひとつだ。
法人税率の低さと英語圏という条件が、米国企業の欧州拠点を呼び込んだ。
その結果が数字に出ている。
- 電力消費に占める比率: 2025年にアイルランド国内の22%をデータセンターが使った
- 家庭の負担: 電気代は累計で平均360ユーロ(約415ドル)押し上げられたと集計されている
- 新設の凍結: ダブリン周辺は2028年まで事実上の新設停止が続く
- 司法の場へ: 2026年4月、環境団体が規制当局を高等法院に訴えた
訴えの主旨は、ダブリン近郊のデータセンターに化石ガスによる自家発電を認める規則が、国内法とEU法に反するというものだ。
電力政策の争点が、行政から裁判所へ移った。
オランダでも同じ流れが起きている。
2022年、メタがゼーウォルデに計画していた大規模施設は、住民の反発を受けて中止になった。
2026年4月には裁判所が判断を示した。
送電会社TenneTが開発業者Goodmanを接続の順番待ちに置くことは適法だとした。
判決は、開発業者の経済的利益より公共の利益が重いと述べている。
全面的な新設凍結に踏み切ったのは、オランダとアイルランドの2か国だけだ。
どちらもその後、条件付きで緩和に転じている。
雇用と税収を手放す判断は、政治的に長く維持しにくい。
アイルランドの22%という比率は、他国から見れば警告灯に近い。
国内で使う電気の5分の1以上を、ひとつの業種が消費している。
しかもその業種は、雇用を大量に生むわけではない。
建設期間は人手が要るが、稼働後の運用人員は施設の規模に比べて少ない。
住民の側に「電気代だけ上がった」という感覚が残りやすい理由がここにある。
累計360ユーロという数字は、その感覚に根拠を与えた。
裁判所が判断の場になったのは、その延長線上だ。
化石ガスによる自家発電を認める規則が争点になった点も示唆的である。
系統から電気を引けないなら、敷地内で燃やして自前で作る。
事業者にとっては合理的な回避策だが、排出量は増える。
脱炭素の目標と、AIの計算需要が正面からぶつかっている。
欧州はこの矛盾を、法廷で処理しようとしている段階にある。
投資額は1年で77%増える
需要側の勢いは落ちていない。
- ハイパースケーラー上位4社の設備投資: 2026年は7,250億ドルの見込み
- 前年比: 2025年の4,100億ドルから77%増
- 2030年の見通し: AI用途が世界のデータセンター容量の約半分を占める
カネは増え続けている。送電網は同じ速さで増えない。
その差が、175キロという距離になって表面化した。
投資家の目線でも、この距離は無視できない。
土地を押さえた時点では資産に見えても、電気が来なければ稼働しない。
系統接続の順番待ちが、そのまま資本の凍結期間になる。
7,250億ドルという投資額の意味も、ここで変わってくる。
半導体を買う金額としては巨額でも、送電線を引く原資にはならない。
送電網の増強費用は、多くの国で公的な規制のもとに置かれている。
事業者が自腹で払って早めることが、制度上できない場合が多い。
金額の大きさが速度に変換されない、という詰まり方である。
AIが2030年に世界のデータセンター容量の約半分を占めるという見通しも、前提つきで読みたい。
必要な電力が確保できた場合の数字だからだ。
半導体の生産能力より先に、電力の制約が上限を決める可能性がある。
世界トップメディアの見立て
- ロイター(8月19日): JLLの集計をもとに、電力を確保できる場所へデータセンターが移動していると報じた。土地でも需要でもなく電力が立地を決めるという整理である
- データセンター・レビュー(8月12日): ジョーダン・オブライエン記者が同じJLLの数字を扱った。系統制約、計画規制、適地不足の3点が従来ハブでの開発を難しくしていると指摘している
- CNBC(5月18日): 「なぜ欧州の電気料金がAIの野心を脅かすのか」と題した記事を公開した。米国や中国との電力コスト差を論点に置いている
- CNBC(5月4日): デンマークが需要急増で系統を圧迫され、データセンター政策の見直しに直面していると報じた
- ユーロニュース(5月5日): 「欧州はAIデータセンターを欲しているが、送電網はそれを支えられない」と題した記事を配信した
- IEA(国際エネルギー機関): 「エネルギー制約の克服が欧州のデータセンター目標を達成する鍵になる」と題した分析を公開している
論調は割れていない。
争点は「AIを推進すべきか」ではなくなった。「電気をどこから、いつまでに、いくらで引くか」に移っている。
そして電力のコストは、最終的に誰かの請求書に乗る。
欧州の議論が示すのは、その配分を決める場が業界から政治と司法へ移りつつあることだ。
各社の報じ方に温度差があるとすれば、そこに払う紙幅の量である。
ロイターは立地の移動という事実を淡々と並べた。
CNBCとユーロニュースは、欧州の競争力が落ちる懸念に寄せている。
IEAは制約を克服する手段の側から書いている。
どの角度から書いても、電力が首を絞めているという前提は共有されている。
数字で見る
| 指標 | 数値 | 出典・時点 |
|---|---|---|
| 完成施設の都市からの距離 | 平均46km | JLL(2022〜2025年) |
| 計画中施設の都市からの距離 | 平均175km | JLL(2026〜2028年) |
| 更地開発の比率 | 8% → 39% | JLL(完成済み→計画中) |
| 都心立地の比率 | 13% → 5% | JLL(同上) |
| ギガワット級計画のうち大都市近郊 | 9件中1件(パリ) | ロイター(8月19日) |
| 1MWあたり開発コスト(中核市場) | 236万〜270万ユーロ | ロイター(8月19日) |
| 1MWあたり開発コスト(三次エリア) | 51万2,000ユーロ | ロイター(8月19日) |
| FLAP-Dの系統接続待ち | 平均7〜10年 | 欧州の業界集計 |
| データセンターの建設期間 | 18〜24か月 | 同上 |
| アイルランドの電力消費に占める比率 | 22% | 2025年 |
| アイルランド家庭の電気代押し上げ | 累計平均360ユーロ | 2025年までの累計 |
| ハイパースケーラー上位4社の設備投資 | 7,250億ドル | 2026年見込み |
| 同前年比 | 77%増 | 2025年は4,100億ドル |
| 日本のDC最大需要電力 | 47万kW → 616万kW | 2025年度→2034年度見通し |
| 送配電8社の収入見通し増額申請 | 5年で計8,845億円 | 2026年7月申請 |
| 北海道・本州間の連系容量 | 約90万kW → 120万kW | 2028年度目標 |
日本への影響・示唆
- 電気代への転嫁: 送配電8社は2026年7月、託送料金の原価となる収入見通しの増額を申請した。5年間の合計は8,845億円と集計されている。新しい託送料金の適用は2026年11月1日が予定されている。日本経済新聞は8月10日に「AI電力網は国民負担?」と題して報じた
- 需要の伸び: 国内データセンターの最大需要電力は、2025年度の47万kWから2034年度に616万kWへ拡大する見通しだ。13倍である。伸びが大きいのは北海道、東京、中国の各エリアとされる
- 北海道の集中: 石狩や千歳では誘致が進み、1件あたり最大25億円規模の補助が用意されてきた。ソフトバンクとIDCフロンティアの合弁による300MW超の施設は2026年度の稼働が見込まれている
- 送電網の整備: 北海道と本州をつなぐ連系容量は、約90万kWから2028年度に120万kWへ引き上げが進む。海底直流送電の概算工事費は1.5兆〜1.8兆円と見積もられている
- 接続待ちの現実: 国内でも系統接続に5〜10年かかる事例が報告されている。欧州のFLAP-Dと同じ詰まり方だ。用地が押さえられても稼働できるとは限らない
- SaaS事業者の原価: クラウド料金は電力コストと無関係ではない。自社サービスの原価計画に、電力単価の上昇シナリオを入れておく必要がある
- 負担の配分: 増設費用を受益者であるデータセンター事業者が負うのか、託送料金を通じて全需要家に広く乗せるのか。この配分は今後の政策論点になる
欧州との違いも押さえておきたい。
欧州は175キロ先へ逃げられるだけの陸地がある。日本の候補地は限られる。
北海道と九州に集中すれば、そこから需要地へ運ぶ送電線が新しい詰まりを生む。
しかも国境をまたいだ電力融通ができない。
欧州なら、フランスの原子力もノルウェーの水力も同じ市場から買える。
島国である日本には、その逃げ道がない。
もうひとつ、地震と台風の存在も効いてくる。
長距離の送電線が1本止まったときの影響は、大陸の網の目とは比べものにならない。
冗長化の費用がそのまま託送料金に乗る、と考えておくのが現実的だ。
47万kWから616万kWという13倍の伸びも、額面どおりには受け取れない。
これは計画が実現した場合の見通しであって、確定した需要ではない。
欧州で起きたように、系統接続が間に合わず計画が後ろ倒しになる案件も出る。
逆に言えば、この数字が実現するかどうかは送電網の整備速度が決める。
事業計画を立てる側は、両方のシナリオを持っておいたほうがいい。
北海道の300MW級施設が予定どおり2026年度に動くかは、ひとつの試金石になる。
そこで詰まるなら、国内の他の計画も同じ場所で詰まる。
今後の見通し
- ① 2026年11月1日の託送料金改定: 申請が認可されれば、家庭と企業の電気料金に反映される。金額と適用範囲を確認したい
- ② 欧州の再緩和: アイルランドとオランダの条件付き緩和がどこまで進むか。凍結の解除は他国の政策にも波及する
- ③ ギガワット級9件の着工: スペイン農村部と北スウェーデンの案件が予定どおり動くか。地元の同意と系統接続が関門になる
- ④ 遅延の許容度: 175キロ離れた立地で、応答速度を要する用途をどこまで扱えるか。学習用と推論用で立地が分かれる可能性がある
- ⑤ 電源の内訳: 原子力、地熱、風力のどれで賄うのか。電源の選択がそのまま企業の排出量報告に跳ね返る
- ⑥ 日本の系統整備計画: 地域間連系線の増強目標は、今後10年で過去10年の8倍以上とされる。計画どおりに進むかを見る必要がある
見るべきは着工件数ではない。
系統接続の順番待ちが、実際に何年短くなったかである。
そこが動かない限り、距離はさらに伸びる。
日本で確認しておきたい点も、あわせて挙げておく。
ひとつは、託送料金の上げ幅が家庭と大口需要家でどう配分されるかだ。
もうひとつは、データセンター事業者への個別負担の枠組みが作られるかどうかである。
欧州では、この2つが政治の争点になった。
日本でも、11月の改定が入口になる可能性が高い。
自社が電力を大量に使う側なのか、料金を払う側なのか。
立場によって、見るべき数字が変わってくる。
データセンターが電気を追いかけ始めた以上、AIの競争力を決めるのは半導体の調達力ではなく、送電線を引く速さになる。



