619倍という開き
中央値は月11.95ドル
米国の法人カード・支出管理を手がけるRampは、実際の決済データをもとにAIの企業利用を毎月集計している。2026年8月版のレポートを公開した。
2026年7月の数字で最も目を引くのは、支出額の分布だ。
従業員1人あたりの月間AI支出を企業ごとに並べると、中央値は11.95ドルだった。日本円にすればおよそ1,800円である。
生成AIの主要サービスは、個人向けプランでも月20ドル前後する。中央値の企業は、社員1人分の有料プランにも届いていない計算になる。
多くの企業は、AIを「試している」段階から動いていない。
もっとも、支出が少ないことをそのまま遅れと呼ぶのは早い。業務にAIを組み込む必要が薄い業種はある。
飲食、建設、物流のように、価値の大半が物理的な作業で生まれる事業では、支出が伸びないのが自然な結果でもある。
それでも、同じ業種のなかで上位と中央値が619倍離れているとすれば、話は変わってくる。
Rampはこの分布を業種別には公表していない。全体の分布からわかるのは、差が付いているという事実までである。
上位1%が突出している
分布の上のほうを見ると、景色が変わる。
- 上位1%: 従業員1人あたり月7,400ドル(中央値)。開発・運用にAIを組み込んでいる層
- 上位10%: 同650ドル。上位1%とは11倍の差がある
- 中央値: 同11.95ドル。上位1%との開きは約619倍
- 上位1%の推移: 2024年初頭は1,000ドル未満。2年半で3倍以上に増えた
上位1%の7,400ドルという水準は、社員1人につき月100万円超をAIに投じている計算になる。
この規模は、AIを補助ツールとして使う企業からは出てこない。プロダクトの中核にモデルを置いている企業の数字だ。
上位10%の650ドルでさえ、中央値の54倍ある。
つまり「企業のAI支出が伸びている」という話の実体は、ごく一部の企業の支出が伸びているという話に近い。
平均値だけを見ていると、この分布は見えなくなる。
使い方の違いが額に出る
この差は、AIをどう使っているかの違いから生まれる。
月12ドルの企業は、社員が対話型のサービスを個別に使っている段階にあたる。文章を整える、下調べをする、要約する。人が手を動かす場面の補助である。
対して月7,400ドルの企業は、APIを通じてモデルを自社のプロダクトや業務システムに組み込んでいる。人が介在しない処理が、常時走っている状態だ。
前者の支出はユーザー数に比例する。後者は処理量に比例して伸びる。
同じ「AIを使っている」でも、支出が増える仕組みそのものが違う。
利用率の統計では、この二つが同じ1社として数えられる。43.5%という数字が実態より明るく見える理由もそこにある。
導入の有無を問う調査では、この差は捕まえられない。決済データが有用なのは、金額という形で使い方の深さが表れるからだ。
7月に初めて減った
もう一つ、Rampが強調した変化がある。
上位1%の支出が、7月にわずかながら前月を下回った。増加が続いてきた指標としては初めての種類の動きだ。
Rampはこれを「支出の疲労感」の兆しとして扱っている。レポートのタイトルにも「AIテーゼの亀裂」という言葉を置いた。
減少幅そのものは小さい。1か月の変動を趨勢と呼ぶには早い。
それでも、投資の伸びが前提になっている業界にとって、頭打ちの兆候は無視しにくい材料になる。
上位1%の支出は、モデルを提供するラボ側の収益の相当部分を支えている。中央値の企業が月12ドルしか使わない以上、収益は上の層に依存する。
その層が支出を絞り始めれば、影響は売上に直接届く。顧客数の減少より先に、単価の頭打ちとして表れる。
減った理由が効率化なのか、投資判断の見直しなのかは、このデータからはわからない。
推論の精度を上げるには、モデルの単価が下がっているかどうかを併せて見る必要がある。同じ処理量でも、単価が下がれば支出額は減るからだ。
いずれにせよ、1か月分の微減を根拠に結論を出すのは早い。8月以降の数字で確かめる話になる。
背景:ここまでの2年半
支出の集中は、いきなり生まれたものではない。
- 2024年初頭: 上位1%の企業でも、従業員1人あたりのAI支出は月1,000ドル未満だった
- 2024〜2025年: モデルの性能向上に合わせ、AIをプロダクトに組み込む企業が支出を増やす
- 2025年7月: xAIの法人利用が伸び始める。以降1年間で最大の伸び幅を2026年7月に記録
- 2026年7月: Anthropicが「Fable 5」を投入。100万トークンあたり約10ドルという価格帯を設定
- 2026年7月: 上位1%の支出が前月比で微減。増勢が初めて途切れる
- 2026年8月: RampがAI指数の8月版を公開。支出の集中と頭打ちを同時に指摘
この2年半、業界の関心はモデルの性能に集まってきた。誰がベンチマークで上に立つか、という話である。
支出データが示すのは、その競争の外側にいる企業が大多数を占めるという事実だ。
性能が上がっても、月12ドルしか使っていない企業の使い方は変わらない。
ベンチマークで数ポイント差が付いたことが業務に届くのは、モデルを処理に組み込んでいる企業に限られる。
対話型で使う範囲では、上位モデル同士の差は体感しにくい。価格差のほうが先に意識される。
この2年半で起きたのは、AIを使う企業が増えたことと、深く使う企業の支出が伸びたことだ。二つは別々に進んでいる。
ベンダーの勢力図
どのベンダーが使われているかも、Rampは集計している。
- Anthropic: 米企業の43.5%が利用。前月比1.1ポイント増で首位を維持
- OpenAI: 39.7%。前月比0.23ポイント増と伸びは緩やか
- xAI: 4%。前月比0.94ポイント増で、2025年7月以降で最大の伸び
- オープンソース・中国系モデルの提供基盤: AI利用企業の6.1%。前月比0.2ポイント増
AnthropicとOpenAIの差は3.8ポイントある。1年前は拮抗していた領域なので、法人向けでの差が開いた形になる。
xAIの4%は水準として小さい。ただし伸び率では最も速く、前月比で0.94ポイント動いた。
オープンソース系の6.1%も注目に値する。価格を理由にした選択が、法人領域でも一定の割合を占め始めている。
この6.1%には、中国系モデルを提供する基盤も含まれる。性能の差が縮まるほど、価格が選定理由に上がりやすくなる。
商用ラボにとっては、価格の下限を押さえる存在になる。上位モデルの価格を引き上げる一方で、下の層は無料に近い選択肢と競うことになる。
同じ市場のなかで、価格帯が上下に広がっている。
新モデルの取り込み方にも差が出た。
Anthropicの「Fable 5」は、投入から1か月時点で同社の消費トークンの6%を占めた。支出額で見ると11.4%になる。
トークン量に対して、金額の比率が高い。
これは単価の差による。Fable 5は100万トークンあたり約10ドルで、OpenAIの「GPT-5.6 Sol」の約5ドルの倍にあたる。
一方のGPT-5.6 Solは、OpenAIのトークンの25%、支出の23%を占めた。トークンと金額の比率がほぼ揃っている。
投入から1か月のFable 5は、GPT-5.6 Solの約75%にあたる支出額を生んでいる。高価格でも一定の需要が付いた形だ。
Rampのリードエコノミスト、アラ・ハラジアン氏はこの結果を、企業がAIに払える金額の上限が引き上がったと解釈している。
倍の価格でも使う用途があるなら、価格は性能で正当化できる。ラボ側にとっては収益の余地が広がる話になる。
同氏は同時に、ラボ側が現行を超える性能を示し続ける必要があるとも述べた。上限が上がったぶん、期待も上がっている。
価格を上げる余地と、価格に見合う性能を示す義務。この二つは同じ現象の裏表にある。
世界トップメディアの見立て
主要メディアの論点は、支出額の伸びよりも分布の歪みに集まっている。
- Ramp(8月レポート): 上位1%と中央値の差を619倍と算出。7月の微減を「支出の疲労感」の兆しと位置づけた
- PYMNTS(8月20日付): 上位1%の7,400ドルと中央値の11.95ドルを並べ、AI導入が一部企業に偏っていると報じる
- Rampリードエコノミスト・アラ・ハラジアン氏: Fable 5の価格は「企業がAIにいくらまで払うかの新しい上限」を示したと指摘。ラボ側は現行を超える性能を示す必要があると述べた
- ガートナー: エージェント型AIのプロジェクトの4割超が、2027年末までに本番投入前に中止されると予測
- マッキンゼー: AIで高い成果を出している組織は全体の6%にとどまると報告。AI予算の前年比増加率の中央値は22%
- 業界調査: 企業の86%が2026年にAI予算を増やす計画と回答。計画と実支出の差が論点になっている
見立てを並べると、二つの流れが同時に走っていることがわかる。
予算を増やす計画は広く共有されている。86%という数字がそれを示す。
同時に、実際の支出は一部に集中し、成果を出せている組織は6%にとどまる。
計画と実績のあいだに開きがあること自体は珍しくない。AIの場合、その開きが縮まる兆しがまだ見えにくい。
ガートナーの「4割超が中止」という予測も、ここに置くと理解しやすい。着手する企業は多く、本番まで運べる企業は少ない。
中止の理由として挙がるのは、費用対効果の不足、要件の不明確さ、リスク管理の負荷などだ。技術の性能不足だけが原因ではない。
マッキンゼーが示した「高い成果を出す組織は6%」という数字も、同じ方向を向いている。導入と成果のあいだに、運用という工程が挟まっている。
予算の中央値が前年比22%増という数字は、企業がまだ手を引いていないことを示す。増やしながら、うまく使えていない状態が続いている。
Rampのデータには限界もある。同社の顧客はテック志向の企業に偏るため、母集団は米国企業の平均より進んでいる可能性が高い。
Ramp自身もその点を認めている。実際の普及率は、この集計よりさらに低い可能性がある。
この但し書きは、数字の読み方を変える。中央値11.95ドルは、テック志向の企業を多く含んだうえでの中央値だからだ。
伝統的な産業を含めた米国企業全体で測れば、数字はもっと下がると考えるほうが自然になる。
同じ理由で、43.5%という利用率も上振れしている可能性がある。
決済データの強みは、回答者の意識が入らないことにある。調査では「導入済み」と答えても、カードの明細には金額しか残らない。
弱みは母集団が選べないことだ。Rampの顧客でない企業は、この集計に一切現れない。
強みと弱みを踏まえたうえで、分布の形そのものは信頼に足る。上位と中央の距離は、母集団を変えても縮まりにくい。
数字で見る
| 指標 | 2026年7月 | 補足 |
|---|---|---|
| AI支出の中央値(従業員1人あたり月額) | 11.95ドル | 個人向け有料プラン1人分に届かない水準 |
| 上位10%の支出 | 650ドル | 中央値の約54倍 |
| 上位1%の支出 | 7,400ドル | 中央値の約619倍。上位10%の11倍 |
| 上位1%の2024年初頭比 | 3倍超 | 当時は1,000ドル未満 |
| Anthropicの法人利用率 | 43.5% | 前月比1.1ポイント増 |
| OpenAIの法人利用率 | 39.7% | 前月比0.23ポイント増 |
| xAIの法人利用率 | 4.0% | 前月比0.94ポイント増 |
| Fable 5の位置づけ | トークンの6%・支出の11.4% | 投入1か月時点。単価は約10ドル/100万トークン |
表を通して見ると、利用率と支出額が別の話であることがわかる。
利用率の43.5%は「使っている企業の割合」だ。中央値の11.95ドルは「いくら使っているか」を示す。
多くの企業が使っている。ただし、ほとんど使っていない。この二つが同時に成り立っている。
普及率の統計だけを見れば、AIはすでに定着したように見える。支出額を見ると、定着したのは入口までだとわかる。
ベンダー各社の利用率が伸び続けているのも、この入口の部分での競争が続いているためだ。
深い層の奪い合いは、利用率ではなく支出額のシェアに表れる。Fable 5が支出の11.4%を占めたという数字が、その競争の位置を示している。
日本への影響・示唆
日本企業のAI支出を同じ精度で集計したデータは、公開されていない。それでも読み取れる論点はある。
- 予算規模の目安: 従業員1人あたり月12ドルは、AIを本格的に業務へ組み込む水準ではない。自社の支出をこの物差しに置いてみると、位置がわかる
- 上位1%との距離: 7,400ドルはプロダクトにモデルを組み込んでいる企業の数字だ。この層と比べる必要がある企業は限られる
- ベンダー選定: Anthropicが法人利用で先行し、OpenAIが続く。日本でも同じ順位になるとは限らないが、法人向けの使い勝手が差になっている点は参考になる
- オープンソースの選択肢: 6.1%という数字は、価格を理由にした選択が一定の割合を占めることを示す。機密性の高い用途では自社運用の検討余地もある
- 高価格モデルの扱い: Fable 5のように単価の高いモデルは、使う場面を絞る運用と相性がよい。全社一律で最上位モデルを配ると、支出だけが伸びる
- 本番投入までの歩留まり: 4割超が中止という予測は、試行段階での撤退が織り込まれていることを意味する。撤退の基準を先に決めておく価値がある
- 成果の測り方: 高い成果を出す組織が6%という数字は、導入すれば成果が出るわけではないことを示す。何をもって成果とするかの定義が先に要る
支出を増やすかどうかより、どこに寄せるかの判断が効く局面といえる。
上位1%の水準を目指す必要がある企業は多くない。一方で、月12ドルのままでは業務の形はほとんど変わらないままになる。
そのあいだのどこに置くかを、用途から逆算して決めることになる。
社内の文書作成や調査の補助が中心なら、月数十ドルの水準で十分に足りる。顧客に出す機能へ組み込むなら、桁が二つ変わる。
日本では、生成AIの全社導入を発表した企業が2024年以降に相次いだ。発表の数と実際の利用の深さが一致しているかは、社内のデータでしか確かめられない。
Rampの集計が示すのは、米国でもその一致が起きていないという事実である。
自社の位置を確かめるなら、確認できる項目は多くない。
- 1人あたりの月額: AI関連の支出合計を従業員数で割る。11.95ドル、650ドル、7,400ドルのどこに近いかを見る
- 支出の内訳: 個人向けプランの積み上げか、API利用か。前者が中心なら、使い方は補助にとどまっている
- アカウントの稼働率: 契約数ではなく、実際にログインしている人数を数える。差が大きいほど支出は無駄になる
- 用途の集中度: 支出の大半がどの業務に紐づいているか。特定できないなら、まだ試行の段階にある
- 撤退の基準: 進行中のAIプロジェクトについて、何が起きたらやめるかを文書にしているか
いずれも社内のデータだけで確認できる。外部の統計と比べる前に、自社の分布を把握しておきたい。
とくに稼働率は見落とされやすい。全社導入を決めた企業ほど、契約数が実利用と乖離する場面が出てくる。
契約数を成果指標に置くと、この乖離は表に出てこない。支出額を稼働アカウント数で割り直すと、実態に近い数字が見える。
今後の見通し
数字の先にある論点を絞る。
- ①7月の微減が続くか: 1か月の変動か、頭打ちの始まりか。8月・9月のデータで判別できる
- ②高価格モデルの定着: Fable 5クラスの価格帯が受け入れられるかどうかが、ラボ側の収益設計を左右する
- ③中央値の動き: 11.95ドルが動かないままなら、AI市場の成長は上位層に依存し続けることになる
- ④オープンソース系の比率: 6.1%が伸びれば、価格競争がラボの収益を圧迫する
- ⑤エージェント型の歩留まり: 2027年末に4割超が中止というガートナー予測が当たるかどうか
- ⑥調査と実支出の乖離: 予算を増やすと答えた86%のうち、実際に増やす企業がどれだけあるか
この6項目のうち、企業側が自分で答えを出せるのは③と⑤である。
自社が中央値の側にいるのか、上位層の側にいるのか。エージェント型に着手するなら、どこで撤退するのか。
外部の予測を待つ前に決められる論点は、そこにある。
残る4項目は、ラボ側とベンダー側の動きで決まる。使う側にできるのは、動いたときに切り替えられる状態を保っておくことだ。
特定のモデルに深く依存した設計は、価格改定への耐性が低くなる。オープンソース系が6.1%まで来ているのは、その耐性を求める需要の表れでもある。
一方で、切り替えやすさを優先しすぎると、モデル固有の性能を引き出しにくくなる。どちらを取るかは用途で変わる。
619倍という数字を、追いかけるべき目標として読む必要はない。自社がどの層にいるべきかを決める材料として使うほうが実用的だ。
AIの企業利用は広がっている。ただし、深く使っている企業は一部にとどまる。この差の縮まり方が、今後の市場の形を左右する。
