「来月中」の消えた日付
最初の遅延は、想定内だった。
5月のI/OでCEOが「来月中」と言ったにもかかわらず、6月に入っても3.5 Proは出てこなかった。 Googleが出した説明は「コーディングのベンチマーク未達」。「仕上げに時間がかかっている」という文脈だった。
フロンティアモデルが予定通りに出ることの方が稀だ。 業界の受け取り方は、1〜2週間の調整でリリースされるという楽観的なものが多かった。
7月8日、次の目標が設定された。「7月17日リリース」と複数の業界メディアが報じた。 Vertex AIの企業顧客向けに先行展開するという観測も出て、業界はもう一度カウントダウンを始めた。
7月15日、リリース2日前。Googleは再度の延期を発表した。 今度の理由として上がったのはハルシネーション問題とコーディングベンチマークの未達。前回と同じ言葉が返ってきた。
9to5Googleのシャン・タン記者は「2025年10月から続く遅延パターンが繰り返された」と書いた。 Alphabetの株価は延期報道当日に約4%下落した。
3回目の延期は、Googleにとって単なる「また遅れた」ではなかった。
「仕上げ」ではなく「作り直し」
3回目の延期報道が出た直後から、技術的な内部情報が出始めた。
「structural problem(構造的欠陥)」という言葉を使う報道が複数現れた。 仕上げに時間がかかっているのではなく、設計段階に問題があるという指摘だ。
具体的な問題として挙げられたのは2点だ。
一つは、複雑なSVGシーングラフを生成するときの構造一貫性の崩壊だ。 生成の途中でノードの関係性が壊れ、完成したSVGが意図した構造を保てない。
もう一つは、多段階ツールコールの信頼性の崩壊だ。 再帰的に呼び出すエージェントが、深い呼び出しになるほど出力の整合性を失っていく。
どちらも、Googleがエージェントコーディングの市場でOpenAIやAnthropicに勝ちに行くと言ってきた機能の核心にある。 「コードを書くだけでなく、複数のステップをまたいで動き続けるAI」——その部分が設計段階から壊れていた。
Enterprise DNAのCaitlin Davis氏が分析を書いた。 「能力の上限が最初からズレていた。仕上げの問題ではなく、構造問題だったことをGoogleが認めた」。
DeepMindは、ファインチューニングで直す道を捨てた。 事前学習(pre-training)からのフルリビルドを決定したと伝えられている。
Pre-trainingの再実施は、数千枚のGPUを数週間から数ヶ月間フル稼働させる作業だ。 コストも時間も、ファインチューニングとは桁が違う。DeepMindがこの判断をしたとすれば、問題が「直せる」レベルにはなかったことを意味する。
この選択が、次のリリース日程が出てこない理由の説明になる。
3モデル出て、旗艦だけない
7月21日、Googleは3つのモデルをリリースした。
Gemini 3.6 Flash、3.5 Flash-Lite、3.5 Flash Cyber。 どれも3.5 Proではない。TechCrunchの見出しは率直だった。「Google releases three new Gemini models — but no 3.5 Pro」。
業界内で「補完的措置」という表現が定着した。 3.5 Proの空白を軽量モデルで埋め、Vertex AIの企業顧客をつなぎとめるための時間稼ぎだという見方だ。
Googleは7月28日、Gemini APIのManaged AgentsのデフォルトモデルをGemini 3.6 Flashに設定した。 旗艦が出るまでは3.6 Flashを使ってもらうという運用だ。企業向けのエージェントワークフローで、代替が動き始めた。
8月13日、今度はGemini 3.7 Flashが出た。 旗艦の番号より上のモデルが、旗艦より先に出ている。Startup Fortuneはこの逆転を指摘して、「Gemini 3.5 Proが待ち続けている間にGoogleはバージョンを飛び越えた」と書いた。
Forbesが同日8月13日に付けた見出しが「Gemini 3.5 Pro Delay Continues」だ。 Googleの公式コメントはない。次のリリース日程も発表されていない。
「7月9日」は別の会社だった
比較として出さざるを得ない事実がある。
OpenAIはGPT-5.6を2026年7月9日に公開リリースした。 6月26日に米政府向けの限定プレビューを実施し、安全審査を経て3バリアント(Sol・Terra・Luna)を一般提供した。
SolはサイバーセキュリティのベンチマークでAI能力が高く評価されており、米政府の要請で当初はアクセスに制限が設けられていた。 7月9日の一般公開時にその制限が解除されている。
AnthropicはClaude Fable 5を出荷し、続けてSonnet 5も続けた。
主要なフロンティアラボの中で、自社CEOが2026年に約束したフラッグシップモデルを一般提供できていないのはGoogleだけになった。 この状況が明確に言語化され始めたのは、Gemini 3.7 Flashが出た8月13日以降だ。
Alphabetの株価は、年初来のパフォーマンスでMicrosoftおよびNvidiaに後れをとっている。 AI関連の期待値の差が、株価にも出始めている。
Gemini 4はすでに走っている
内部状況を伝える報道が複数ある。
Gemini 4の事前学習はすでに進行中だ。 9月には、GeminiをネイティブAIとして搭載したアシスタント「Siria」のベータ版マイルストーンが予定されているとも言われる。
Siriaはスマートフォンを経由せず、イヤフォン型ハードウェアと直接連携する設計とされている。 AI搭載ハードウェアという競合戦略上の意味が、Gemini 3.5 Proの遅延と並走している形だ。
ここで出てくる問いがある。 フルリビルドを経て完成したモデルが「Gemini 3.5 Pro」として出るのか、それとも「Gemini 4」として出るのか。
版番号の問題ではない。 5月19日にサンダー・ピチャイが壇上で言った「来月中」という約束の着地点が、3ヶ月後にまだ決まっていないという話だ。
Gemini 3.5 Proという名前が、いつの間にか「あのまだ出ていないやつ」になっている。 Forbesが「Gemini 3.5 Pro Delay Continues」と書いたのは8月13日だ。 次の日程は、8月18日現在でも発表されていない。
ソース:
- Gemini 3.5 Pro Delay Continues — Forbes(2026年8月13日)
- Google releases three new Gemini models — but no 3.5 Pro — TechCrunch(2026年7月21日)
- Rebuilt Gemini 3.5 Pro Misses Third Deadline — TechTimes(2026年7月16日)
- Gemini 3.5 Pro delays due to coding performance — 9to5Google(2026年7月16日)
- OpenAI to publicly release GPT-5.6 — CNBC(2026年7月8日)

