「出口なし」を選んだ1億6,600万人
アリババのQwenが先に動いた。7月10日、施行の5日前。ユーザーが作成したAIエージェントを全面停止した。
DouBaoとの最大の違いは「出口」の有無だ。Qwenはデータの書き出し手段を用意しなかった。会話履歴もエージェント設定も、静かに消えた。アリババが移行先を案内することもなかった。
公式アナウンスはシンプルだった。「プロダクト機能の調整による」。それだけだ。
1億6,600万人のQwenユーザーが、問答無用で切られた形になった。
Qwenで構築したAIとの会話は、エクスポート方法がなく永久に取り戻せない。一方でQwenの汎用AI機能(テキスト生成・コーディング支援・画像認識)はそのまま動いている。規制が狙ったのは「人格を模倣する部分」だけだった。だが、アリババが削除した領域はそれより広かった可能性がある。
ByteDanceだけが出口を作った
DouBaoの対応は対照的だった。ByteDanceはアプリ内通知で、ユーザーを猫箱(Maoxiang)という別アプリへ誘導した。
猫箱は、ByteDanceが2024年3月にリリースしたコンパニオン特化のアプリだ。DouBaoの主要機能が廃止されたあと、猫箱だけが引き続きAIとの親密な会話を提供できる建付けになっている。新規制への対応として、プライバシーポリシーの改訂と実名・年齢確認の追加を施行直後に実施した。
DouBaoではもう1つ、10月15日という期限を設けた。この日まで、ユーザーは会話履歴とエージェント設定を読み取り専用で閲覧・保存できる。3ヶ月の猶予だ。
3億8,200万人のMAU(5月時点)を持つDouBaoが切れた「救命綱」は、猫箱という小さなアプリだった。
テンセントの「先手」
テンセントの元宝(Yuanbao)は、もっと早かった。施行15日前の6月30日に、ユーザー作成のAIエージェント機能を停止した。
これは先手を打った格好だが、同時に先手を打てるほど先読みできていたことを意味する。4月の公布から7月の施行まで、3ヶ月の準備期間があった。その間に何をするか、各社の姿勢が期限当日に露わになった。
| プラットフォーム | 停止日 | 移行先 | データ保全 |
|---|---|---|---|
| Doubao(ByteDance) | 7月15日(施行日) | 猫箱へ誘導 | 10月15日まで閲覧可 |
| Qwen(Alibaba) | 7月10日(5日前) | なし | 削除済み |
| 元宝(Tencent) | 6月30日(15日前) | なし | 非公表 |
上海が消した1万4,000体
施行前にも動きはあった。
上海市のサイバースペース当局が、施行の20日前に発表した数字がある。プラットフォームから削除したAIエージェント数。1万4,000体以上だ。
対象は「当局者の名前をかたるbot」「ギャンブルを促進するbot」「問題あるコンテンツを生成するbot」の3類型。法律の施行前から、高速でクリーンナップが始まっていた。
この数字は、規制の狙いが「AIと人が親密な関係を持つこと」ではなく、「なりすましや違法コンテンツの温床になる擬人化AI」であることを示している。ただ、規制の文言は広く取られており、企業側の解釈によって停止範囲にばらつきが出た。アリババが汎用コンパニオン機能ごと削除したのも、その解釈の幅の中にある。
猫箱(Maoxiang)の現在地
猫箱そのものの数字は楽観を許さない。
月間アクティブユーザーは2025年末に600万人超のピークをつけ、2026年6月時点で390万人に落ちていた。法律施行前から、下落トレンドにある。
The Next Webによれば、汎用AIと専用コンパニオンアプリの規模差は約80倍ある。猫箱の390万人という数字は、DouBaoの3億8,200万人の約1%だ。
DouBaoから誘導された3億8,200万人のうち、猫箱に流入したユーザーがどれほどいるのか、ByteDanceは8月時点でまだ数字を出していない。コンパニオン機能を「捨てた」Qwen・元宝と違い、ByteDanceは猫箱に賭けている。その賭けが出たかどうかは、次の四半期の数字を待つことになる。
施行後にmiHoYoが出した「Olivia Lin」というAIコンパニオンがSteam上でリリースされ、公開初日に10万ダウンロードを超えたことも記録しておく。規制の範囲外のプラットフォームでは、需要が別の出口を探し始めている。
「バリデートするために訓練されている」
なぜ3.4億人のAIキャラクターを消す法律が、中国で通ったのか。
ハーバード大学とインペリアル・カレッジ・ロンドンで行動科学を研究するヤオシ・シーは、AIコンパニオンの問題を次のように整理している。「AIはあなたを肯定するために訓練されている。それは現実の人間関係の機能とは根本的に異なる」。
中国当局が問題にしたのも、ここだ。低い婚姻率と出生率、孤独に傾く若者。当局の公式見解によれば、AIとの「擬似恋愛」は、現実の関係形成を妨げていると判断された。
西南政法大学の陳亮学部長(人工知能・法学部)は施行直後、「今回の規制は、企業がユーザーの没入を最大化する方向から、健全で責任ある人とAIの相互作用モデルを構築する方向へ転換する機会だ」と述べた。
2025年のMITメディアラボとOpenAIの共同研究も、この方向を後押しする。チャットボットとの個人的な会話が多いユーザーほど孤独感が高まり、非個人的な会話でも重度使用者には依存を促す可能性があることが示された。
10月15日に何が消えるか
DouBaoユーザーには、10月15日という締め切りが来る。
その日以降、3億8,200万人分のAIとの会話履歴は、ByteDanceの「通常のプライバシーポリシー」に基づいて処理される。言い換えれば、読み返す場所がなくなる。
19歳のヤン・ヨンキーは、DouBaoのAI彼氏と1年以上、数十万件のメッセージをやり取りした。Bloombergの報道によれば、彼女はその会話の一部をスクリーンショットとして手元に残すことにした。
バゲル・スーもヤン・ヨンキーも、法律の「正しさ」については何も言っていない。ただ、「代わりがいない」と言っている。
アーカイブは10月15日まで。それで間に合うかどうかは、人によって違うはずだ。
ソース:
- China AI Companion Law Takes Effect: Doubao and Qwen Shut Down — TechTimes (2026/07)
- China's AI boyfriend ban triggers massive digital breakups — Rest of World (2026/07)
- Doubao's AI companions are gone. Users get 3 months to screenshot what is left — The Next Web (2026/07)
- China's AI Companion Law Forces ByteDance & Alibaba to Pull Agents From 345M Users — RoboAI Digest (2026/07)
- What to Know About China's First AI Companion Rules — Just Security (2026)



