グローバル・サウスとは
グローバル・サウス(Global South)とは、一般にアジア、アフリカ、中東、中南米などの新興国・途上国を広く指す言葉である。植民地支配の経験、国際的な意思決定での弱い立場、開発や所得の格差といった共通の歴史的・構造的条件に注目する概念だ。
日本政府は「明確な政府としての定義はない」としたうえで、一般には新興国・途上国を指すことが多いと説明している。国連機関の文書でも、世界共通の厳密な定義や加盟国名簿は置かれていない。
したがって、「どの国がグローバル・サウスに入るか」という問いに唯一の正解はない。文脈によって、所得水準を重視する場合、植民地支配の歴史を重視する場合、G7など先進国中心の秩序との距離を重視する場合がある。
南半球の国という意味ではない
「サウス」という名称は、先進工業国の多くが北半球に、旧植民地の途上国の多くが南側に位置してきたことに由来する。ただし、地理上の南北をそのまま分けた言葉ではない。
たとえば、インドは国土の大半が北半球にあるが、グローバル・サウスの中心的な国として扱われる。エジプトやメキシコも北半球にある。一方、オーストラリアとニュージーランドは南半球に位置するが、高所得の先進国であり、通常はグローバル・ノースに分類される。
| 国・地域 | 地理上の位置 | 一般的な扱い |
|---|---|---|
| インド | 北半球 | グローバル・サウスの主要国 |
| ブラジル | 国土の大部分が南半球 | グローバル・サウスの主要国 |
| 南アフリカ | 南半球 | グローバル・サウスの主要国 |
| メキシコ | 北半球 | 文脈によりグローバル・サウスに含む |
| オーストラリア | 南半球 | 通常はグローバル・ノース |
| 日本 | 北半球 | 通常はグローバル・ノース |
グローバル・サウスは地図上の方角ではなく、世界経済と国際政治のなかで置かれてきた位置を表す言葉だ。
どの国が含まれるのか
一般的には、次の地域にある新興国・途上国の多くがグローバル・サウスとして語られる。
- アジア:インド、インドネシア、フィリピン、ベトナム、パキスタンなど
- アフリカ:南アフリカ、ナイジェリア、ケニア、エチオピアなど
- 中東:サウジアラビア、UAE、エジプトなど
- 中南米:ブラジル、メキシコ、アルゼンチン、チリなど
- 太平洋島しょ国:フィジー、パプアニューギニアなど
ただし、これらは固定された加盟国ではない。同じ地域にも高所得国、低所得国、資源国、製造業国、島しょ国があり、利害は大きく異なる。シンガポールのような高所得国を含めるか、旧社会主義圏の国々をどう扱うかも文脈で変わる。
中国の位置づけは特に複雑だ。中国政府は自国を「グローバル・サウスの一員」と位置づけ、国連では「G77と中国」の枠組みで途上国と歩調を合わせる。一方、中国を米国と競う大国として捉え、グローバル・サウスから分ける議論もある。「グローバル・サウスは中国を含む」と一律に断定することも、「含まない」と断定することも適切ではない。
言葉の成り立ち
グローバル・サウスの背景には、第二次世界大戦後の脱植民地化と「南北問題」がある。独立したアジア・アフリカ諸国は、欧米やソ連の陣営に単純に従わず、自らの開発と外交の選択肢を確保しようとした。
1955年のアジア・アフリカ会議、1961年に始まった非同盟運動、1964年の国連貿易開発会議(UNCTAD)とG77の発足は、その流れを象徴する。G77は77か国で始まったが、現在は134か国に増え、国連で途上国の経済的利益と交渉力を高める最大の政府間組織になっている。
UNCTADによると、「グローバル・サウス」という表現は、米国の活動家・作家カール・オグレスビーが1969年に用いた例が初期の使用として広く知られる。当初から厳密な政治グループ名ではなく、先進資本主義国の外側に置かれた国々を示す包括的な言葉だった。
その後、「第三世界」という表現に代わる言葉として学術分野で使われ、2000年代後半から研究で増えた。2022年以降、ロシアによるウクライナ侵攻、米中対立、エネルギー・食料危機が重なり、外交用語として一気に広がった。2023年以降はG20、G7、BRICSの首脳文書にも登場している。
なぜ注目されているのか
人口と成長の中心だから
国連はグローバル・サウスに含まれる国々が世界人口の約8割を占めるとの目安を示している。UNCTADは2025年、グローバル・サウスが世界の経済生産のおよそ4割を占めると説明した。
人口増加と都市化が続く国では、通信、金融、教育、医療、エネルギー、交通などの需要が拡大する。世界企業にとって、グローバル・サウスは支援の対象だけでなく、顧客、供給者、技術者、起業家が集まる成長市場になった。
資源と供給網を握るから
電池や半導体、再生可能エネルギー、防衛装備に必要な重要鉱物の多くは、アフリカ、中南米、東南アジアなどに分布する。AIデータセンターに必要な電力や土地、海底ケーブルの経路も、これらの国々との協力なしには確保できない。
先進国が脱炭素やAI投資を進めるほど、資源国と新興市場の交渉力は高まる。鉱石だけを安く輸出するのではなく、国内で精錬・加工し、雇用と技術を得ようとする国も増えている。
国際政治の多数派だから
国連総会では一国一票が原則である。G7が世界経済で大きな力を持っていても、国数では少数だ。気候変動、債務、貿易、AIガバナンス、ウクライナや中東をめぐる決議では、グローバル・サウスの支持を得られるかが結果を左右する。
ただし、グローバル・サウスが一つの陣営として同じ投票行動を取るわけではない。各国は安全保障、貿易、資源、国内政治に応じて判断する。共通するのは、米欧、中国、ロシアのどれか一方へ恒久的に従うより、複数の相手と関係を持って自国の選択肢を増やそうとする姿勢だ。
「中立国」とは限らない
グローバル・サウスを「米欧にも中露にもつかない中立国」と説明することがある。しかし、すべての国が中立政策を採っているわけではない。米国と安全保障条約を結ぶ国も、中国の一帯一路へ参加する国も、ロシアと軍事協力を持つ国も含まれる。
多くの国に共通するのは、案件ごとに相手を選ぶ「戦略的自律性」や「マルチアラインメント」である。安全保障は米国、インフラは中国、エネルギーは中東、デジタル投資は日欧といったように、分野ごとに関係を組み合わせる。
この行動を優柔不断と見ると、外交の実態を見誤る。植民地支配や大国間競争の影響を受けてきた国にとって、選択肢を一つに固定しないこと自体が主権を守る手段になる。
似た言葉との違い
| 用語 | 主な意味 | グローバル・サウスとの違い |
|---|---|---|
| 発展途上国 | 所得や開発段階を基準にした呼称 | 経済指標を重視し、政治的・歴史的関係を必ずしも含まない |
| 新興国 | 高い成長や市場拡大が期待される国 | 低所得国や小島しょ国を含まない場合が多い |
| BRICS | ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカを起点とする政府間枠組み | 加盟制度を持つ特定グループで、グローバル・サウス全体ではない |
| G77 | 国連内で途上国の交渉力を高める政府間組織 | 134か国の正式な加盟国名簿を持つ |
| 非同盟運動 | 冷戦期の大国陣営からの自立を掲げた運動 | 安全保障・外交上の組織で、概念としてのグローバル・サウスとは異なる |
| グローバル・ノース | 先進工業国を中心とする概念 | 所得だけでなく国際秩序での優位な位置を示す |
この区別は、統計を読むときに重要になる。「グローバル・サウスのGDP」や「人口」を示す数字は、どの国を集計したかで変わる。出典が定義を示していない場合、数字だけを比較すべきではない。
日本との関係
日本にとってグローバル・サウスとの関係は、政府開発援助だけの話ではない。資源・エネルギーの安定調達、製造拠点、市場、海上交通路、国際ルール形成に関わる経済安全保障の課題である。
日本政府はODAに加え、同志国の安全保障能力を支えるOSA、質の高いインフラ、重要鉱物協力、官民投資を組み合わせて関係を強めている。2026年に更新された「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」でも、グローバル・サウスの課題解決を日本企業の技術と結び、新しい市場を共につくる方針が示された。
企業が進出する際は、「グローバル・サウス市場」を一括りにしないことが出発点になる。同じ人口規模でも、規制、通貨、所得、物流、言語、デジタル決済の普及度は異なる。先進国向け製品を低価格にするだけでは、現地の課題に合わない。
重要なのは、現地企業や政府と一緒に製品・制度をつくる姿勢である。たとえば、通信が不安定な地域ではオフラインでも動くサービスが必要になる。医療人材が不足する地域では、高機能な機器だけでなく保守と教育が要る。資源開発では採掘量だけでなく、現地加工、雇用、環境、水利用まで問われる。
一つの声として扱わない
グローバル・サウスという言葉は、世界の多数を見落とさないために役立つ。一方、非常に異なる国々を一つにまとめる危うさもある。インドと太平洋島しょ国、産油国と最貧国、民主主義国と権威主義国では、課題も利益も同じではない。
この言葉を使うときは、何を共通項としているのかを明示したい。所得なのか、植民地支配の歴史なのか、国連での交渉行動なのか、成長市場なのか。それを示さずに「グローバル・サウスはこう考える」と語ると、多様な国の意思を消してしまう。
グローバル・サウスとは固定された国名リストではなく、世界の富、技術、発言力がどのように配分されてきたかを問い直す概念である。その台頭は、援助する側とされる側という古い関係から、資源、技術、市場、ルールを交渉する関係への変化を示している。
よくある質問
グローバル・サウスはどこの国ですか
公式の加盟国一覧はない。一般にはアジア、アフリカ、中東、中南米などの新興国・途上国を指すが、含まれる国は文脈によって変わる。
中国はグローバル・サウスですか
中国は自国をグローバル・サウスの一員と位置づけ、G77と連携している。一方、大国として別枠で扱う議論もあり、定義は一致していない。
グローバル・サウスと第三世界は同じですか
重なる部分は多いが同じではない。「第三世界」は冷戦期の陣営構造を強く反映する。グローバル・サウスは、植民地支配の歴史、経済格差、国際秩序での力関係をより広く捉える表現として使われる。
日本はグローバル・サウスに入りますか
通常、日本は先進工業国としてグローバル・ノースに分類される。地理的な北半球・南半球ではなく、経済発展と国際秩序での位置づけによる。




