FOIPとは
FOIPとは「Free and Open Indo-Pacific」の略で、日本語では「自由で開かれたインド太平洋」と訳す。読み方は「フォイップ」である。
日本政府はFOIPを、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を構築し、インド太平洋地域と世界の平和・安定・繁栄を確保するためのビジョンと位置づけている。中核にあるのは、自由、開放性、多様性、包摂性、法の支配の尊重だ。
「インド太平洋」は、東アジアと太平洋だけを指さない。インド洋を経て中東・アフリカまでを一続きの地域として捉える。世界の貿易を運ぶ海上交通路、エネルギー輸送、海底ケーブル、デジタル経済を考えると、太平洋とインド洋は切り離せないためだ。
FOIPは条約や国際機関の名前ではない。加盟国名簿、常設事務局、共通予算、相互防衛義務を持たず、理念を共有する国・地域と具体的な協力を進めるための大きな方針である。
日本が2016年に発表
FOIPの源流には、安倍晋三首相が2007年にインド国会で行った「二つの海の交わり」演説がある。太平洋とインド洋を一体として捉え、海洋国家どうしの連携を提起した。
構想として国際社会へ示されたのは2016年8月である。ケニアで開かれた第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)の基調演説で、安倍首相が「自由で開かれたインド太平洋」を発表した。成長するアジアと潜在力のあるアフリカという「二つの大陸」を、太平洋とインド洋という「二つの大洋」で結び、地域全体の繁栄を目指す考えだった。
初期のFOIPは、次の3要素で説明されることが多かった。
- 法の支配、航行の自由、自由貿易の普及と定着
- インフラ整備などを通じた経済的繁栄の追求
- 海上法執行能力の向上や防災を含む平和と安定の確保
その後、米国、オーストラリア、インド、欧州諸国なども「自由で開かれたインド太平洋」に関する戦略や方針を掲げた。ただし、各国が使うFOIPの範囲と優先順位は同じではない。日本のFOIPを理解するには、日本政府の更新内容を確認する必要がある。
2023年の4本柱
岸田文雄首相は2023年3月、インド・ニューデリーでFOIPの新たなプランを発表した。従来の法の支配や海洋安全保障を維持しながら、気候、保健、サイバー、食料、連結性などへ協力分野を広げた。
新プランの4本柱は次のとおりである。
| 柱 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| 平和の原則と繁栄のルール | 法の支配と自由で公正な経済秩序を支える | 平和構築、国際ルール、ビジネスと人権 |
| インド太平洋流の課題対処 | 地域の多様性に合う方法で共通課題へ対応する | 気候、エネルギー、保健、防災、食料、サイバー |
| 多層的な連結性 | 物流、通信、人、知識のつながりを強化する | 港湾、鉄道、海底ケーブル、デジタル、人材交流 |
| 海から空へ拡がる安全保障・安全利用 | 海洋に加えて空域を含む公共空間の安全を守る | 海上法執行、沿岸警備、海洋状況把握、航空安全 |
FOIPを軍艦や安全保障だけの構想と考えると、4本柱の大半を見落とす。港湾、道路、通信、脱炭素、災害対策、人材育成など、経済・社会協力も中心にある。
2026年に進化したFOIP
高市早苗首相は2026年5月2日、ベトナム・ハノイで「進化した自由で開かれたインド太平洋」を発表した。2016年からの中核理念は維持しつつ、AIの急速な普及、グローバル・サウスの成長、地政学的競争の激化に合わせて重点を更新した。
進化版FOIPは、インド太平洋の国々が複雑な相互依存のなかでも、自らの進路を自ら決められる「自律性」と、危機に耐える「強靱性」を高めることを重視する。日本とパートナー国のどちらか一方が利益を得るのではなく、「共に、強く豊かに」なることが掲げられた。
重点は3分野に整理されている。
AI・データ時代の経済基盤
第一の重点は、AIとデータを支えるハード・ソフト両面のインフラだ。海底ケーブル、5GのOpen RAN、データセンター、AI人材、サイバーセキュリティなどを含む。
AIはソフトウェアだけで動かない。大量の電力、半導体、レアアース、通信網が必要になる。このため、エネルギーと重要物資の供給網強靱化も同じ分野に置かれた。日本は豪州と連携したマレーシアのレアアース事業、ASEANでの廃家電・電池リサイクル、インドやブータンでのデータセンター案件などを挙げている。
成長機会とルールの共創
第二の重点は、グローバル・サウスの課題を日本の技術や知見と結び、官民で新しい市場をつくることだ。従来型の援助だけではなく、現地企業と日本企業がともに事業をつくり、雇用、投資、ルール整備へつなげる。
対象には、地熱発電、次世代船舶燃料、温室効果ガス観測、道路・鉄道の維持管理、スマートシティ、金融アクセス、自由貿易などが含まれる。港や道路を建てる「ハード」の連結性に加え、標準、制度、データ、人材という「ソフト」の連結性が重視される。
安全保障協力の拡充
第三の重点は、地域の平和と安定を支える安全保障協力である。政府開発援助(ODA)、政府安全保障能力強化支援(OSA)、防衛装備・技術協力などを連動させ、海上保安、監視、災害対応、サイバー、防衛能力を高める。
これはFOIPの軍事同盟化を意味しない。国ごとの要請と制度に応じ、複数の協力手段を組み合わせる方針である。沿岸警備隊の訓練や巡視船、レーダー、通信設備の整備も、安全保障分野に含まれる。
なぜ海が重要なのか
日本はエネルギーや食料、原材料の多くを海上輸送に頼る。南シナ海、マラッカ海峡、インド洋、中東へ続く航路が不安定になれば、国内の物価と製造業へ直接影響する。航行の自由は抽象的な外交原則ではなく、暮らしと企業活動を支える条件だ。
海底ケーブルも同様である。国際データ通信の大部分は衛星ではなく海底ケーブルを通る。ケーブルの切断、障害、支配的な事業者への依存は、通信とクラウドの事業継続に関わる。進化版FOIPが海底ケーブルや信頼できる通信網を重視するのは、貿易の道とデータの道を同じ経済安全保障の問題として捉えているためだ。
中国包囲網なのか
FOIPは中国を名指しした排除構想ではない。日本政府は多様性と包摂性を中核理念に置き、特定の国を制度上締め出す加盟方式も採っていない。ASEANが掲げる「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」とも、開放性、透明性、包摂性、国際法の尊重などの原則を共有すると確認している。
一方、FOIPが広がった背景には、南シナ海・東シナ海での一方的な現状変更、経済的威圧、不透明な融資、重要技術や供給網への依存に対する懸念がある。法の支配や航行の自由を強調することは、中国の行動を念頭に置く政策として機能する場面がある。
したがって、「中国と無関係」と説明するのも、「中国排除だけが目的」と説明するのも一面的だ。FOIPは中国を含む地域の行動原則を示すと同時に、各国が特定国へ過度に依存しないための選択肢を増やす構想である。
Quad・IPEF・AOIPとの違い
FOIPと関連して登場する略語は多い。それぞれの関係を整理すると理解しやすい。
| 用語 | 正式名称・意味 | FOIPとの関係 |
|---|---|---|
| Quad | 日米豪印4か国協力 | FOIPの実現に向けて海洋、技術、災害支援などを進める協力枠組み |
| IPEF | インド太平洋経済枠組み | サプライチェーン、クリーン経済などを扱う経済協力の枠組み |
| AOIP | インド太平洋に関するASEANアウトルック | ASEAN中心性と包摂性を重視する独自ビジョン。FOIPと原則を共有する |
| CPTPP | 環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定 | 市場アクセスと通商ルールを定める法的拘束力のある貿易協定 |
| AUKUS | 豪英米の安全保障協力 | 原子力潜水艦や先端防衛技術を扱う3か国の安全保障枠組み |
FOIPはこれらを束ねる上位組織ではない。理念として方向を示し、各制度が具体的な案件やルールを担う。
日本企業への影響
FOIPは外交文書だが、企業活動との距離は近い。港湾、鉄道、電力、通信、データセンター、脱炭素、防災、サイバー、重要鉱物など、多くの重点分野で官民案件が生まれるからだ。
日本企業には、インフラ輸出だけでなく、設備保守、デジタルサービス、金融、教育、リサイクル、標準づくりへの参画機会がある。現地企業と共同で事業をつくり、政府金融や開発協力を組み合わせる形も増える。
供給網の観点では、調達先を分散し、海上交通路や通信経路の障害に備える必要がある。FOIPを国別の外交スローガンとしてではなく、事業継続計画の地図として読むと、自社が依存する港、海峡、鉱物、データセンター、クラウドの弱点が見える。
一方、FOIP案件ならリスクが低いとは限らない。政権交代、債務、為替、現地規制、環境・人権、地域社会との合意を確認する必要がある。「質の高いインフラ」は設備の性能だけでなく、ライフサイクル費用、透明な調達、債務の持続可能性、現地雇用を含む考え方だ。
FOIPは、海洋秩序から始まり、経済、デジタル、AI、重要鉱物、安全保障をつなぐビジョンへ進化した。2026年以降は、理念への賛同国の数より、各国の自律性と強靱性を高める具体的な案件を実現できるかが評価の基準になる。
よくある質問
FOIPは何の略ですか
Free and Open Indo-Pacificの略で、日本語では「自由で開かれたインド太平洋」を意味する。一般に「フォイップ」と読む。
FOIPを提唱したのは誰ですか
安倍晋三首相が2016年8月、ケニアで開かれたTICAD VIの基調演説で構想として発表した。源流には2007年のインド国会での「二つの海の交わり」演説がある。
FOIPは軍事同盟ですか
軍事同盟ではない。相互防衛義務や加盟国制度を持たない外交ビジョンであり、経済、インフラ、気候、デジタル、人材、安全保障など幅広い協力を含む。
FOIPとQuadは同じですか
同じではない。FOIPは地域秩序のビジョンで、Quadは日本、米国、オーストラリア、インドが具体的な協力を進める4か国枠組みである。




