2026年の生産枠は、すでに売り切れている
事態の異常さは、メーカー自身の言葉に表れている。Western Digitalの経営陣は、2026暦年分のHDDについて「ほぼ完売」だと説明したと米Tom's Hardwareは伝えている。
同社は上位7顧客と2026年通期の確定発注を結び、上位5社のうち3社とはさらに長期の商業契約を交わしているという。うち2社は2027年まで、1社は2028年まで枠が押さえられているとされる。
Seagateも同様に、ニアライン(データセンターの大容量保管用)HDDの2026暦年分の生産能力はすでに全量が割り当て済みで、2027年上期分の受注をこれから開始する段階だと説明している。
つまり、いま新規に大量発注をかけても、届くのは再来年という状態が起きている。
価格も連動して動いた。2025年9月から2026年1月にかけて、HDD価格は平均で約46%上昇したとされる。ドイツの小売市場では2025年半ば比で20〜50%高という報道もある。
日本の店頭でも、Western Digitalの6TBモデルが2025年9月の1万5500円前後から2026年1月には2万6300円前後へと、7割近く値上がりした例が伝えられている。
なぜAIは「遅いHDD」を欲しがるのか
不思議に思う人もいるかもしれない。AIの学習は高速なSSDやGPUまわりの高速メモリの世界の話で、HDDは時代遅れではないのか、と。
しかしデータセンターの中で、全部のデータが高速に読まれ続けるわけではない。学習に使った元データ、モデルのチェックポイント、推論のログ、生成された画像や動画の成果物は、いつか使うかもしれない状態で置いておく必要がある。
この「置いておく」コストが、容量単価で数分の一のHDDでなければ割に合わない規模になってきた。エクサバイト級で保管するとき、購入価格だけでなく電力や設置スペースまで含めた総コストが判断材料になる。
米調査会社の分析では、2026年に出荷されるHDDの総容量は約2,017エクサバイト(EB)で、そのうち363EB、全体の18%程度がAI起因の需要だと見積もられている。
国内でも大規模なAIデータセンターの建設計画が相次いでおり、保管側の需要は当面積み上がる方向にあると見られる。
| ニアラインHDD | エンタープライズSSD | |
|---|---|---|
| 主な役割 | 大容量の保管・アーカイブ | 学習・推論の高速アクセス |
| 容量単価 | 安い | 高い |
| 得意なデータ | 一度書いて滅多に読まないもの | 頻繁に読み書きするもの |
| 現在の需給 | 2026年分は配分済み | NAND高騰で価格上昇中 |
| 代表容量 | 30〜44TB | 数TB〜数十TB |
やっかいなのは、SSD側も同時に高騰していることだ。NAND型フラッシュメモリの値上がりでSSDが高くなると、コスト重視の事業者がHDDに回帰し、HDDの需給がさらに締まるという玉突きが起きている。
調査会社IDCの集計では、2026年第1四半期の世界HDD出荷は約3,240万台で前年同期比9.1%増、うちニアライン向けの受注は16%増えたとされる。台数が細っていくと言われ続けた市場が、容量と台数の両方で伸びに転じている。
増やせない構造 ── 3社寡占と、裏切られた記憶
需要があるなら作ればいい、とはならない事情がある。
第一に、プレーヤーが3社しかいない。2010年代にPC市場の縮小とSSDの普及が進むなかで業界再編が繰り返され、いま3.5インチHDDを量産できるのはSeagate、Western Digital、そして東芝だけになった。
第二に、そのHDDメーカー自身が増産に慎重だ。Western Digitalは大幅な生産能力の増強を予定していないと説明しており、工場をフル稼働させても供給量そのものは大きく動かない構図になっている。
背景には、需要が蒸発して在庫と設備を抱えた過去の記憶があるとみられる。だからこそメーカー側は、顧客に複数年の確定発注を求める形で先にリスクを分け合おうとしている。
第三に、増産の実行速度は装置と部材のリードタイムに縛られる。ディスクを1枚増やすには媒体も基板もヘッドもサスペンションもモーターも、すべてが同じ比率で揃わなければならない。
ここが、今回の争奪戦で日本企業が前面に出てくる理由になる。
容量競争の現在地 ── HAMR、MAMR、UltraSMR
供給量が増えないなら、1台あたりの容量を増やすしかない。いま3社が競っているのは、そのための記録技術である。
| メーカー | 技術 | 現在の到達点 | 次のステップ |
|---|---|---|---|
| Seagate | HAMR(熱アシスト) | Mozaic 4+で44TBを出荷開始、10枚プラッタ構成 | Mozaic 5で50TB級、2027年後半に認定出荷を計画 |
| Western Digital | ePMR+UltraSMR | 40TBが2社のハイパースケーラーで検証中 | 2026年後半に量産、HAMRは2027年立ち上げ |
| 東芝 | MAMR(マイクロ波アシスト) | 11枚プラッタで30〜34TBのサンプル出荷 | 2027年に40TB級を投入、2028年度に本格量産 |
HAMRはレーザーで記録面を瞬間的に加熱してから書き込む方式で、磁性体を細かくしても情報が消えにくくなる。Seagateが先行し、すでに量産段階に入っている。
MAMRはマイクロ波を使う東芝の方式で、加熱を伴わないぶん部材への負荷が小さいとされる。UltraSMRはデータの記録トラックを瓦のように重ねて詰め込む手法で、書き換え性能を犠牲にする代わりに容量を稼ぐ。
どの経路を通るにせよ、共通して要求されるのは「より薄く、より平坦で、より熱に強いディスク」と「より精密に位置決めできるヘッド機構」だ。
分解するとほぼ日本製 ── HDDサプライチェーン地図
HDDは完成品としてはアメリカ企業の製品として売られている。ただ、筐体を開けて中を並べていくと、主要部材の供給者名は日本企業で埋まる。
ディスクを回すモーター、ヘッドを支えるサスペンション、その上を走る回路、記録面をつくる材料。どれか一つが欠けても、HDDは1台も出荷できない。
完成品メーカーが増産に慎重でも、部材メーカーは容量増加に伴うプラッタの多層化という別の追い風を受ける。1台あたりのディスク枚数が10枚、11枚、12枚と増えれば、必要な媒体もヘッドもサスペンションもその分だけ増えるからだ。
個別に見る、争奪戦の受益者10社
具体的に、各社がこの局面でどう動いているのかを見ていきたい。
| 企業 | 担う部材 | 直近の動き |
|---|---|---|
| HOYA | HDD用ガラス基板 | 2026年4月にベトナムで4拠点目となる新工場に約500億円の投資を発表 |
| レゾナック | ハードディスクメディア | 2026年5月に約80億円で生産能力31%増、7月に約150億円を追加投入し44%増を計画 |
| 日東電工 | 回路付サスペンション基板 | 2028年度までに280億円を投じ、2025年度比で生産能力を約4割引き上げ |
| TDK | 磁気ヘッド・サスペンション | 2026年度中にサスペンション能力を20%増強。2028年にHAMR向け量産を計画 |
| ニッパツ | HDDサスペンション | データセンター向けTSAサスペンションの能力を段階的に増強 |
| ニデック | スピンドルモーター | ニアライン向けの需要回復が精密小型モーター事業の収益を押し上げ |
| ミネベアミツミ | ピボット・ベアリング | タイ拠点を軸にHDD向け精密部品を供給 |
| JX金属 | 磁性材スパッタリングターゲット | 2026年度下期から磯原工場の生産能力を増強 |
| フジクラ | HDD向け機構部品 | 2030年度までにタイ拠点で金属切削設備を数十台増設 |
| 東芝 | HDD本体 | 2027年に40TB級を投入。2030年に台数ベースで世界シェア20%超を目標 |
レゾナック ── 半年で2度の増産決定
わかりやすく数字が動いたのがレゾナックだ。2026年5月、同社はハードディスクメディアの生産能力を年間1億6,000万枚規模から約2億1,000万枚規模へ、31%引き上げると発表した。投資額は約80億円である。
注目したいのは、その増強の仕方だ。シンガポール拠点の既存フロアと遊休スペースを使い、閉鎖した台湾拠点の設備を移設することで投資効率を高めるという設計になっている。
そして7月28日、同社はさらに約150億円の追加投資を決めた。生産能力は44%増を見込むとされ、需要見通しがわずか2カ月半で上方修正された形になる。
日東電工 ── 9割超のシェアを持つ「見えない部材」
日東電工が手がけるのは、磁気ヘッドを支えるサスペンションに組み込まれ、読み書きの信号を伝える回路付サスペンション基板だ。表に出にくい部材だが、同社はここで9割超のシェアを持つとされる。
同社は2028年度までに280億円を投じ、生産能力を2025年度比で約4割引き上げる計画を示した。うち150億円はベトナム工場のライン増設、残る130億円は各拠点の自動化とデジタル化に充てるという。
生産は三重県亀山市、ベトナム、中国の3拠点で行い、タイに出荷前検査の拠点を置く体制になっている。
この部材が何であり、なぜ亀山という街がここまでの位置を占めているのかは、日東電工と亀山事業所を掘り下げた記事で詳しく整理している。
HOYA ── 500億円をベトナムへ
HOYAのHDD用ガラス基板は、市場調査各社の推計で世界シェアがほぼ100%とされる。競合が実質的にいない領域で、同社の情報通信部門は営業利益率50%超という水準を出している。
その同社が2026年4月、ベトナムに4拠点目となるHDD基板の新工場を建設すると発表した。投資額は約500億円で、既存のベトナム2拠点とラオス1拠点に続く増強となる。
TDK ── ヘッドとサスペンションの両方を持つ
TDKはグループのSAE Magneticsを通じて磁気ヘッドを供給し、買収したHutchinson Technologyを通じてサスペンションも手がけている。2026年度のニアラインHDD向けヘッド販売数量は前年度比で約50%増、サスペンションは約22%増を見込むとされる。
生産能力についても、2026年度中にHDD用サスペンションを従来比20%増に引き上げる方針が示された。2028年にはHAMR対応品の量産を目指し、設備投資額を積み増している。
東芝 ── 国内唯一のHDDメーカー
日本で3.5インチHDDを自社生産している企業は東芝だけになった。同社は磁気ディスクを11枚実装した30〜34TBのサンプル出荷を始め、2027年に12枚実装の40TB級を市場投入する計画を示している。
シェアでは3社中の最下位に位置してきたが、2030年に台数ベースで世界20%以上を目指すという目標を掲げている。供給が絞られた市場では、3番手であることがむしろ機会になる場面もある。
アルミからガラスへ ── 次の主戦場
もう一つ、この争奪戦の底で起きている技術的な移行がある。ディスクの基板が、アルミからガラスへ置き換わりつつあることだ。
容量を増やす最短の手段は、1台に入れるディスクの枚数を増やすことだ。ただし筐体の厚みは変えられないから、枚数を増やすには1枚あたりを薄くするしかない。
薄いアルミ板は反りや振動の問題が出やすい。ガラスは剛性と平坦性の面で有利とされ、11枚、12枚といった多層構成では選ばれやすくなる。
さらにHAMRは記録面を瞬間的に加熱するため、熱による変形が起きにくい基板が求められる。この2つの要請が重なった結果、3.5インチのハイエンド帯でガラス基板の採用が広がるという見方が強まっている。
ただし、市場全体としては別の予測もある。調査会社QYResearchの推計では、HDD用ガラス基板市場は2024年の8億8,700万ドルから2031年に5億5,300万ドル規模へ縮小する(年平均マイナス5.7%)とされる。長期の需要をどう見るかで、絵は大きく変わる。
この特需はいつまで続くのか
強気一色に見える一方で、崩れる筋道もいくつか想定できる。
一つはQLC SSDの台頭だ。TrendForceは、ニアラインHDDの供給不足が続く状況を受けて、2026年にQLC SSDの出荷が大きく伸びる可能性を指摘している。QLC SSDはニアラインHDDに比べて消費電力が約30%低いとされ、電力が制約になっているデータセンターでは無視できない選択肢になる。
もう一つは、需要の反動である。ハイパースケーラーが数年分の枠を先に押さえたということは、その先の発注が薄くなる期間が来る可能性もあるということだ。
HDDメーカー自身が大幅な設備増強に踏み切らないのは、この読みを共有しているからだと考えられる。レゾナックが閉鎖拠点の遊休設備を移設して増産する形を選んだことも、同じ慎重さの表れとして読める。
部材メーカーの投資が2027年以降の立ち上げ、2029年以降の完全稼働といった長いスパンで組まれているのも、需要のピークがどこに来るか読み切れていないことの裏返しかもしれない。
個人と中小企業に回ってくるツケ
この争奪戦は、データセンターの外にも波及している。メーカーが限られた生産枠をデータセンター向けに優先配分すれば、家庭用やNAS向けの一般流通品は後回しになるからだ。
実際、日本の店頭でも6TBクラスの内蔵HDDが半年足らずで7割近く値上がりした例が報じられている。監視カメラの録画用途、バックアップ、写真や動画のアーカイブを自前で持っている個人や中小企業には、そのまま調達コストの上昇として届く。
当面の選択肢としては、必要な容量を前倒しで確保しておく、クラウドストレージとの併用比率を見直す、容量あたり単価が逆転している帯ではSSDも検討する、といったあたりが現実的だろう。少なくとも2026年内は、価格が大きく戻る材料は見えにくい。
よくある質問
HDDの品薄はいつまで続きますか
SeagateとWestern Digitalは2026暦年分の生産枠をすでに配分済みで、一部顧客とは2027年、2028年分の契約も結んでいるとされます。少なくとも2026年中の需給緩和は見込みにくく、2027年以降は部材各社の増産ラインが立ち上がるタイミングと需要の推移次第という状況です。
なぜSSDではなくHDDが足りなくなっているのですか
AIが生む大量のデータのうち、頻繁には読まれない保管用データが急増しているためです。容量単価でHDDが優位なため大量保管はHDDに寄りますが、SSD側もNAND高騰で値上がりしており、コスト重視の需要がHDDへ流れる玉突きも起きています。
HDD業界の日本企業はどこですか
完成品では東芝が国内唯一のメーカーです。部材ではHOYA(ガラス基板)、レゾナック(メディア)、TDK(磁気ヘッド・サスペンション)、日東電工(回路付サスペンション基板)、ニッパツ(サスペンション)、ニデック(モーター)、ミネベアミツミ(ピボット・ベアリング)、JX金属(スパッタリングターゲット)、フジクラ(機構部品)などが供給しています。
HAMRとMAMRの違いは何ですか
HAMRはレーザーで記録面を瞬間的に加熱してから書き込む方式でSeagateが先行しています。MAMRはマイクロ波を利用する方式で東芝が採用しており、加熱を伴わないぶん部材への熱負荷が小さいとされます。
いま個人はHDDを買うべきですか
用途によります。すぐに必要な容量があるなら、値下がりを待つより早めに確保するほうが読みやすい局面です。一方で予備の買い増しは、価格が高止まりしている間は急がなくてもよいという見方もあります。
まとめ
AIの話題はGPUとモデルに集中しがちだが、生成されたデータをどこに置くのかという問いは、それと同じくらい物理的な制約に縛られている。そしてその制約を解くための部材は、ガラス基板からモーター、回路基板に至るまで日本企業が握っている。
面白いのは、この勝ち筋が新技術への賭けではなく、市場が縮むと言われ続けた20年間を撤退せずに残った結果として立ち現れていることだ。HOYAもレゾナックも日東電工もニデックも、HDDという斜陽扱いされた領域を持ち続けた企業である。
需要はいつか反転するかもしれない。それでも、誰も残らなかった場所に残った企業だけが受け取れるものがある、という事実は残る。次にAIの物理的なボトルネックが移るとしたら、それはどこだろうか。
出典・参考
- Western Digital is already sold out of hard drives for all of 2026 — Tom's Hardware
- Soaring Inference AI Demand Triggers Severe Nearline HDD Shortages — TrendForce
- Seagate Q3 Guidance Tops Estimates, Nearline HDD Capacity Fully Booked Through 2026 — TrendForce
- How Has AI Changed Hard Disk Drive Storage Demand? — Forbes
- Seagate begins shipping 44TB hard drives with HAMR tech — Tom's Hardware
- ストレージ需要に応じ、ハードディスクメディアの生産能力を拡大 — レゾナック
- レゾナック、ハードディスク増産に150億円追加投資 — EE Times Japan
- 日東電工、HDD部材増産に280億円投資 — 日本経済新聞
- HOYA、ベトナムにHDD基板の新工場 500億円投資 — 日本経済新聞
- 東芝・TDK…設備増強相次ぐ、HDD需要拡大見据え — ニュースイッチ
- ハードディスクメディア向け磁性材スパッタリングターゲットの生産能力増強について — JX金属
- HDD関連製品 — ニッパツ 日本発条
- HOYA、花開いたニッチトップ戦略で驚異の利益率 — 東洋経済オンライン
- フジクラ/HDD部品タイ拠点で生産増強 — 日刊鉄鋼新聞



