最初に崩れたのは「連鎖」だった
6月末、DeepMindの内部で何かが起きた。
Gemini 3.5 Proの原型には、2種類の構造的な欠陥があることが分かった。
1つは複雑なSVG生成だ。多層構造を持つSVGを生成させると、あるレイヤーのオブジェクト位置が別のレイヤーの操作で崩れた。生成されたSVGは「出来ているように見える」が、内部の構造的な整合性がどこかで壊れていた。
もう1つは再帰的なツール呼び出しだ。AIエージェントがあるツールを呼び出し、その結果をもとに次のツールを呼び出し、さらにその結果を次へ——という連鎖を数十ステップ続けると、モデルがある時点で崩れた。以降の判断が信用できなくなる。
後者は致命的だった。GoogleがGemini 3.5 Proで取りに行っていたのは「エージェント型コーディングモデル」の市場だ。自分でコードを書き、テストを走らせ、エラーを読んで修正する——そういう自律的な動作の中核が再帰的なツール呼び出しだ。それが壊れるモデルをエージェントとして売れない。
エンジニアたちは判断した。これはベースモデルの構造に由来する問題で、後から貼り合わせて修正できるものではないと。
Gemini 3の基盤から、再訓練が始まった。大型言語モデルのプレトレーニングにかかるコストは規模によって億ドル単位だ。ベースモデルを捨てて最初からやり直すのは、そういう決断だった。
なぜこれが「普通のバグ修正」ではないのか、エージェント開発の観点で補足する。
一般的なソフトウェアのバグなら、どのレイヤーで問題が起きているかを特定して修正すれば済む。だがLLMの場合、「再帰的ツール呼び出しで崩れる」という挙動は、個別のコードの問題ではなく、モデルが訓練データから学んだ振る舞いのパターンが原因になる。修正しようとすると、その挙動全体を再訓練で「上書き」するしかない。それが今回起きたことだ。
Gemini 3.5 Flashが先に出ていて、再帰的なツール呼び出しでそれなりに動いている事実は「この問題を解ける可能性がある」という証拠だ。だからこそDeepMindは見切りをつけず、作り直しを選んだ。
「3本は出た。あの1本だけ出ない」
7月21日、Googleは3つのGeminiモデルを同時に発表した。
Gemini 3.6 Flash、3.5 Flash-Lite、Flash Cyber——3つとも即日リリースだった。
TechCrunchはその日の記事に、こう書いた。「Google releases three new Gemini models — but no 3.5 Pro」
同じ日、Googleの広報担当者のコメントはこれだけだった。「3.5 Proは現在、パートナーと検証中です」——日程には一切触れなかった。
Gemini 3.5 Flashは先に出ていて、ベンチマーク上の実績もある。エージェント型タスクのTerminal-Bench 2.1では76.2%、MCP Atlasでは83.6%で、前世代のGemini 3.1 Proをそれぞれ5〜6ポイント上回る。
これはFlashが悪くないという話だ。Proが出ない理由の説明ではない。
「August 7に73%」の予測が外れた
社外からも、奇妙な景色が観測されていた。
Googleのモデルリリースを題材にした予測市場が存在する。「Gemini 3.5 Proが何日までにリリースされるか」に参加者が賭けるものだ。
7月中旬の時点で、「August 7」に73%の確率が集まっていた。
8月7日が来た。発表はなかった。8月8日の今日も出ていない。
予測市場の精度は元々高くない。外れたこと自体に大きな意味はない。だが73%が一つの日付に集中していたということには、何らかの背景がある。Googleの関係者からシグナルが漏れていたか、独自の推測根拠があったかだ。
分かるのは、そのシグナルが今また外れたということだ。
DeepMindが諦めなかった理由
Gemini 3.5 Proの作り直しは、スキップする選択でもあった。
Gemini 3.6 FlashはGemini 3.5 Flashの後継として既に出ている。3.5 Proの作業を止めてGemini 4.0に集中することもできた。
DeepMindはその道を選ばなかった。
理由は訓練資産だと言われている。エージェント型コーディングに特化したモデルを基盤から作るには、汎用LLMとは別のデータセット設計と訓練戦略が要る。6月末に捨てたベースモデルには、その作業の多くが積み上げられていた。それを全て捨てると、Gemini 4.0でPro相当モデルを作るときにゼロから積み上げ直すことになる。
今の問題を解いてから次へ進む方が長期的には安い——そういう計算だ。
作り直し後のモデルの噂スペックには、2Mトークンのコンテキストウィンドウと「Deep Think」と呼ばれる多段階推論レイヤーの名前が出ている。コンテキストウィンドウはGemini 3.5 Flashの倍の計算だ。ただしいずれも未確認で、Googleはこの点についても公式に何も言っていない。
ピチャイの「一か月」は何回使えるか
競合は待ってくれなかった。
OpenAIはGPT-5.6をリリースした。AnthropicのClaude Fable 5も公開された。この四半期、GoogleはFlashシリーズで戦っている状態が続いている。
開発者のコミュニティでは「Claudeに乗り換えた」「GPT-5.6の方が使えるから移行した」という声が出ている。Googleが劣っているという評価ではなく、単純に「出ているものを使う」という判断だ。
Pro相当の能力が必要なエージェント開発案件は、この四半期をClaude Fable 5かGPT-5.6で回している可能性が高い。一度移行したプロジェクトが、Proリリース後に戻ってくるかどうかは分からない。
5月19日のI/Oから、今日で81日目だ。「来月届ける」と言ったピチャイの言葉から2.5ヶ月が経った。
次のGoogle I/Oは来年5月だ。それまでに3.5 Proが出なければ「1年間Proが出なかった」という事実になる。DeepMindが3度の延期を経ても諦めていないのは、その事実を避けたいからでもある。
今日どう使うか——開発者への実務的な話
「Gemini 3.5 Proがいつ出るか分からない」という状況は、今この瞬間も続いている。
開発者として現実的な選択肢は2つだ。1つはGemini 3.5 FlashかGemini 3.6 Flashで動かせる範囲を最大化すること。もう1つはClaude Fable 5かGPT-5.6を主軸に据えて、Googleのモデルはリリース後に評価するというスタンスをとること。
どちらが正解かはプロジェクトの性質による。マルチモーダルの処理やGoogleのエコシステムとの連携が必要なら前者を粘る意味がある。エージェント型のコーディングタスクが主軸ならば、今現在使えるモデルで前に進む方が合理的だ。
3.5 Proの仕様が確認できた段階で、移行コストを試算して判断すれば十分だ。
ソース:
- Rebuilt Gemini 3.5 Pro Misses Third Deadline: Google Eyes Stopgap Release — TechTimes(2026年7月16日)
- Google releases three new Gemini models — but no 3.5 Pro — TechCrunch(2026年7月21日)
- Why Gemini 3.5 Pro Is Delayed and When It Actually Ships — Memeburn(2026年8月)
- Gemini 3.5 Pro: is it out yet? What we know (2026) — eesel AI(2026年8月)
- Gemini 3.5 Pro Targets July 17 After Full Rebuild — TechTimes(2026年7月13日)


