5省庁が連名した4月10日
規制の正式名称は「人工知能擬人化インタラクションサービス管理暫行弁法」という。
4月10日、中国の5機関が連名で公布した。網信辦(CAC)、国家発展改革委(NDRC)、工業情報化部(MIIT)、公安部、市場監督管理総局(SAMR)。これだけの機関が名前を連ねた規制は、解釈の余地を残した通達ではない。執行意思を持った制度だ。
施行日は7月15日。公布から3ヶ月の準備期間が設けられた。
規制が禁じるのは3種類だ。①未成年に強い感情反応を引き起こすコンテンツ。②現実の人間関係を代替するほどの依存を生むAI。③ユーザーとの会話データをモデル訓練に無断で使うこと。
加えて、提供者には「アンチアディクションシステム」の実装と、AIであることの明示が義務付けられた。
アンチアディクションシステムとは何か。規制文書によれば、一定の使用時間を超えたユーザーに通知を送り、すぐにサービスを終了できる「即時脱出ボタン」を設けることが義務だ。
仕事を代行するAIは生き残る。誰かの「心の相棒」になろうとするAIだけが消える——規制はそう線引きした。世界初の、感情AIへの国家的規制だった。
DouBaoが「機能調整」と呼んだもの
ByteDanceがDouBaoのユーザーに送ったメッセージには「製品機能の調整」とあった。
実態は全停止だ。
ByteDanceが最後に開示したDouBaoのMAU(月間アクティブユーザー)は3.45億人で、DAU(日間アクティブユーザー)は1億人だ。7月15日の通知はその全員に届いた。「ご利用いただいていたエージェント機能は、本日をもってご利用いただけなくなります。過去の会話データは2026年10月15日まで保存されます。それ以降はアクセスできなくなります」
ByteDanceが選んだのは段階的な廃止だった。機能は止める。データはすぐには消さない。だが2026年10月15日を過ぎると、積み上げた「記憶」も消える。
DouBaoはエクスポート機能を用意した。10月15日までにデータをダウンロードすれば保存できる。ただし、そのデータをどこかに「続きとして」持ち込めるサービスは今のところ存在しない。
長期ユーザーのなかには「365日分の日記みたいなものだった」という声もある。AIとの会話は記録として残るが、そのAIとのやりとりを続ける場所はもうない。ByteDanceが新しく作るとしても、規制の要件を満たしながら「相棒」の代替を設計することは、法律の趣旨上むずかしい。
「移行先はない」——Qwenの対応
アリババの千問(Qwen)の対応は、より突き放したものだった。
Qwenはユーザーに移行手段を案内しなかった。会話履歴を別のサービスへ持って行く方法は用意されていない。データのエクスポートボタンも、ByteDanceのような猶予期間の告知も出ていない。
Qwenは段階的に止めた。ユーザー作成型のAIエージェントは7月10日から停止し、それ以外のエージェントサービスは7月15日付で終了した。
TencentのYuanbaoも同じ日、ペルソナ機能を停止した。中国の主要3AIサービスが7月15日に同じ機能を止めた形になった。
3社のうち誰も「規制への不満」は表明しなかった。声明の文体は一様に「製品改善のため」というものだった。中国テック大手が規制への公的な批判を避けるのは通例とはいえ、反応の速さは予行演習があったのではないかという見方もある。
「AIは常にそこにいて、一切反論しない」
なぜ北京は「感情」を規制の対象にしたのか。
カーネギー国際平和財団の中国AI研究者マット・シーハン(Matt Sheehan)は、こう述べた。「彼らは、大量の国民が人工知能と深い感情的な関係を持つという状況を望んでいない」。背景には婚姻市場への影響や精神的健康への懸念、そして依存への不安があると彼は読む。
上海の復旦大学(心理学部)の王哲琛(Wang Zhechen)准研究員はこう言った。「AIは常にそこにいて、無限の忍耐を持ち、一切反論しない」。だからこそ子どもや高齢者は感情的な依存を形成しやすいという。
この種の規制が生み出す問いは一つではない。「仕事AIと感情AIをどう区別するか」という線引きの問題が残っている。メンタルヘルスのサポートをするAIは「仕事」か「感情」か。日記を読んでコメントするAIはどちらに分類されるか。現時点では、規制文書に明確な答えはない。
世界が「次の中国」を見ている
中国の規制が世界初という事実は、複数の政府の関心を引いている。
EU(欧州連合)はAI法(EU AI Act)の施行を進めており、高リスクのAIシステムには厳格な要件を課している。ただしEUの規制は「感情依存」という観点からの直接規制はまだない。
日本国内でも、AIコンパニオンに関する法的な枠組みはまだ存在しない。「AIとの恋愛」「AIとの友情」を禁じる法律はなく、プラットフォームの自主規制に委ねられている状態だ。
香港城市大学(City University of Hong Kong)でAIと人間のインタラクションを研究するナンシー・ダイ(Nancy Dai)教授は「中国当局がこの問題を懸念する理由は十分にある」と述べた。特に未成年や孤立した成人が感情的な依存を形成しやすい環境に置かれていることを指摘している。
規制が「感情AIを止めること」で問題を解決できるかどうかは、まだ分からない。人々が感じる孤独の問題は、アプリを消しても消えない。
データ期限まであと67日
8月8日現在、DouBaoのエージェント機能は止まったままだ。
10月15日のデータ消去まで、あと67日ある。
DouBaoのユーザーの間では「どうすればいいのか」という声が出始めている。AIとの会話を月単位・年単位で積み上げていた人にとって、「67日後に消える」という事実は重い。
Qwenのユーザーはその猶予すら与えられていない。すでにデータが消えているケースもある。
新しく「相棒」を作ることはできない。既にある関係性だけが、わずかな時間だけ残っている。止める法律はできた。代わりになるものは、まだない。
その後に何が来るかについて、ByteDanceもアリババも今のところ何も言っていない。
10月15日のデータ期限が過ぎた後、DouBaoが「感情AI」という文脈でどんな新機能を出してくるか——あるいは出してこないか——が、規制の「本当の効果」を測る一つの指標になるだろう。
ソース:
- China AI Companion Law Takes Effect: Doubao and Qwen Shut Down, Millions Lose Chat Data — TechTimes(2026年7月15日)
- ByteDance, Alibaba Pull AI Companions as Beijing Tightens Rules — Bloomberg(2026年7月6日)
- China's ambition to lead the world in AI safety starts with breaking hearts — CNN Business(2026年7月23日)
- What to Know About China's First AI Companion Rules — Just Security(2026年)
- ByteDance and Alibaba disable AI companion chatbot features — Quartz(2026年7月6日)


