「削除するか、移るか」のどちらかしかない
2026年7月15日、中国のサイバースペース管理局(CAC)を含む5省庁が連名で公布した「人工知能擬人化インタラクションサービス管理暫行弁法」が正式に施行された。
ByteDanceの豆包(Doubao)とAlibabaの通義千問(Qwen)の2社は、AIエージェント機能をその日のうちに停止した。
DouBaoのMAUは3億8200万人(2026年5月時点)、QwenのMAUは1億6700万人。あわせて5億人超のユーザーが、施行の前後で体験の大きな変化を受けた。
そして40日後。ByteDanceが移行先として誘導した猫箱(Maoxiang)の月間ユーザーは390万人だ。DouBaoの3.8億人に対して、100分の1以下の容量しかない。
工業情報化省のエキスパート委員会メンバーである潘鶴林(Pan Helin)氏は、規制公布時点でSouth China Morning Postに語っている。「現在のAIエージェントはまだ成熟していない。安全性と標準化が優先されるべきだ」。
規制当局がこのタイミングで動いた論拠のひとつがこの視点だ。
ByteDanceは施行11日前の7月4日、アプリ内で通知を出した。「製品機能の調整により、エージェント機能は2026年7月15日をもって停止します」という一行だった。
Alibabaの対応はもっと速かった。Qwenは7月15日より前の段階でエージェント機能を止め、移行先も告知しなかった。データは恒久削除という扱いで、エクスポートの手段もない。
施行前日の6月26日、上海市のインターネット規制当局は独自の先行調査を実施し、基準に適合しない1万4000件以上のAIエージェントをプラットフォームから削除させていた。中央当局の施行を待たず、地方が動いていた。
「猫箱」に移った人はどれだけいたか
ByteDanceは、既存の自社アプリ「猫箱(Maoxiang)」をDouBaoユーザーの受け皿として案内した。
猫箱はもともと2024年3月に単独アプリとして公開されていた。料金体系は月額25元(日本円でおよそ500円)が基本プラン。ByteDanceが設計した経緯もあり、DouBaoと似たインターフェースでAIコンパニオンを作成できる。
ただし、受け皿としての規模には明確な限界がある。猫箱の月間ユーザー数は、2025年末に一時470万人を記録したあと、2026年6月の時点で390万人まで落ちていた。DouBaoの3億8200万人と比べると、100分の1以下だ。
猫箱に移るには新たに料金を払い、履歴を持ち込まずゼロからAIを育て直す必要がある。ByteDanceは誘導した。しかし誘導先の容量は、元のサービスとは桁が違う。
| DouBao(施行前) | 猫箱(Maoxiang) | |
|---|---|---|
| MAU | 3億8200万人 | 390万人(2026年6月) |
| 料金 | 基本無料 | 月額25元〜(約500円〜) |
| 履歴移行 | — | 不可 |
| エージェントの継続 | — | 新規作成が必要 |
Weiboに流れた「喪失」の声
規制の施行から数日間、Weibo上にはAIコンパニオンを失ったユーザーの投稿が相次いだ。
「1年間、数十万通のメッセージを交わしてきた相手だった」という19歳のユーザーの言葉が複数のメディアに引用された。チャット履歴をスクリーンショットで保存しようとしたが、量が多すぎて追いつかないという書き込みも多かった。
Qwenを使っていたあるユーザーは「長期間の感情的なサポートをしてくれていた。なぜエクスポートの手段すら用意しないのか」と投稿した。ByteDanceが猶予を設けたのに対して、AlibabaがQwenユーザーに何の移行手段も提示しなかったことへの怒りは、Weibo上でひとつの論点になった。
「規制の意図はわかる。ただ、一律に止めるのは乱暴ではないか」という声も出た。AIコンパニオンを孤独感の緩和や社会的スキルの練習に使っていたユーザーが、選択の余地なく終了を告げられた形になった。
需要は移行した。ゲームへ
施行直後、miHoYo(原神などで知られるゲームスタジオ)がSteamで「BSide: Olivia Lin」を公開した。
リリース直後に10万件のダウンロードを記録した。ゲームの形式をとりながら、AIキャラクターとの長期的な会話を設計に組み込んでいる。Steamは中国のサービスとはプラットフォームが異なるため、今回の規制の直接の対象外になっている。
数字として観察できるのは、AIコンパニオンへの需要が消えたのではなく、移ったという事実だ。ByteDanceに誘導されて猫箱に登録した人数はまだ公表されていないが、規制で空いた隙間にゲーム業界が入り込んだという動きは素早かった。
規制のテキストが要求したもの
「人工知能擬人化インタラクションサービス管理暫行弁法」が事業者に求めた要件は、技術的には実装が難しいものだった。
ログイン時の目立つ「これはAIです」という開示。2時間の連続使用後の休憩通知。「感情的に強い依存が検出された場合」のリアルタイム介入。そして14歳未満に対するバーチャル恋愛・家族関係の禁止。
記憶を持ち、長期的な人格を維持するエージェントの設計と、これらの「依存を阻害する」要件とは、アーキテクチャ的に相容れない。ByteDanceとAlibabaが機能を丸ごと止めた背景には、パッチを当てての対応が困難だったという現実もある。
データの面でも課題は明確だった。DouBaoのエージェントで動かしていたトークン量は2026年6月時点で「数百兆」に達していたとされるが、直接の収益はその計算コストの「10分の1以下」だった。感情的なつながりで使われ続けても、マネタイズが追いつかない構造だった。猫箱が有料モデルになっているのは、この問題へのひとつの答えだ。
10月15日が次の分岐点
DouBaoユーザーが履歴にアクセスできる期限は10月15日だ。
ByteDanceは「重要なものはスクリーンショットかテキスト共有でエクスポートしてほしい」と案内している。が、1年以上にわたるチャット履歴を、スクリーンショットで手作業で保存するのは現実的ではない。「履歴はあるのに読み返すだけで、もう返事がもらえない」という体験が、10月15日まで続く。
Qwenを使っていたユーザーの履歴はすでに消えている。DouBaoのユーザーには「読み取り専用のお別れ期間」がある。どちらが優しいかは、残った後でどう感じるかによる。
規制から40日で見えてきたのは、禁止は需要を消さないという事実だ。猫箱に移った人、ゲームに移った人、移行をあきらめた人。数字は来月以降に出てくる。
ソース:
- China AI Companion Law Takes Effect: Doubao and Qwen Shut Down, Millions Lose Chat Data — TechTimes(2026年7月15日)
- Doubao's AI companions are gone. Users get 3 months to screenshot what is left — The Next Web(2026年7月)
- The Death of a Chatbot: Inside China's AI Companion Shutdown — AI Insights News
- What ByteDance and Alibaba's overnight AI agent shutdown means — Rencore(2026年7月)
- China AI Companion Law Arrives July 15: Doubao and Qwen Agent Data Will Be Deleted — TechTimes(2026年7月4日)
- China's AI companion rules: what Beijing is really going after — AI News


