「エージェントが使えない」の朝
7月15日の朝、DouBaoのアプリを開いたユーザーは、エージェント画面に「機能は終了しました」という通知を見た。
DouBao上には、施行直前の時点で800万件を超えるユーザー作成エージェントが存在していた。 DouBaoの月間アクティブユーザーは3億4500万人と、当時開示されていた最新の数字だ。 その全員が、一夜にして機能停止を告げる通知を受け取ったことになる。
ByteDanceは停止の理由を「製品機能の調整」と表現するにとどめ、詳細な説明は行わなかった。 ユーザーに対しては、10月15日までエージェントの会話履歴を「読み取り専用」で確認できると通知している。 それ以降は、ByteDanceの標準プライバシーポリシーに沿って処理され、アプリ内からは復元できなくなる。
では「読み取り専用」の期間に何ができるか。 メッセージの閲覧はできるが、エージェントへの返信はできない。 3カ月かけて育てた相手は、もはや「読むだけ」の記録になっている。
テンセントのYuanbaoは、規制より2週間早い6月30日の時点でコンパニオン機能を削除済みだった。 3社のうち、動きが最も早かったのはテンセントだということになる。
Alibaba「移行なし」の選択
同日、AlibabaのQwenも同様のシャットダウンを実施した。
Qwenの場合、DouBaoとの違いは「データの扱い」にある。 Alibaba側は、7月10日にエージェント機能の一部停止を開始し、15日までにほぼ全機能を停止した。 問題は、ユーザーのエージェント設定と会話履歴の取り扱いだ。
Alibabaは移行オプションを一切発表しないまま、データの永久削除を進めた。 DouBaoが10月15日まで読み取りアクセスを残した一方で、Qwenはデータへのアクセス手段そのものを提供しなかった。
規制への対応コストを最小化するには、移行インフラを構築するよりも即時削除するほうが合理的だという判断があったとみられる。 ユーザーの受け取り方は、2社の間で大きく異なった。
なお、上海市サイバースペース管理局は施行前の6月26日時点で、1万4000件を超える非準拠エージェントをすでに削除していた。 地方当局が先行して対応し、国の施行を先回りするかたちで準備が進んでいた。
規制が求めた5つの設計条件
「暫行措置」が企業に求めるのは、機能の停止だけではない。
継続してサービスを提供したい場合、未成年が感情依存を形成するコンテンツの遮断、過度な依存を検知するシステムの整備、本人同意に基づいたデータの管理、使用時間に関する警告通知の設置、そして一定規模以上のサービスへのセキュリティ評価受検、の5条件を満たす必要がある。
1万件の登録ユーザーまたは月間10万件のアクティブユーザーを超えると、セキュリティ評価の対象になる。 DouBaoやQwenのような大規模サービスには、この基準は軽く超えていた。
工業情報化部(MIIT)専門家委員会委員の潘鶴林氏は、規制の意図をこう説明していた。 「現在のエージェントはまだ成熟していない」。 技術的な未成熟さが感情依存の温床になりうるという認識が、規制の背景にある。
条件を満たさないまま運営を続けた場合の罰則は、以下のとおりだ。
| 違反の種類 | 最大罰則 |
|---|---|
| 軽微な違反 | 10万元(約200万円) |
| 健康・安全への被害を伴う | 20万元(約400万円) |
| 個人情報の不正取り扱い | 5000万元または年間売上の5% |
個人情報関連の最大ペナルティは5000万元。日本円でおよそ10億円に相当する。 Qwenがユーザーデータを「即時削除」した背景には、この条項が効いている可能性がある。
ByteDanceが選んだ「有料アプリ」
DouBaoの停止通知には、猫箱(Maoxiang)への誘導リンクが含まれていた。
猫箱はByteDanceが運営するコンパニオンAI専用アプリだ。 反依存システム、年齢確認、使用時間の警告機能を、設計段階から組み込んでいる。 既存プロダクトに後からコンプライアンス機能を追加するのではなく、専用アプリで一から設計する戦略だ。
料金は月25元(約500円)のサブスクリプション制で、DouBaoでは無料で使えたエージェント機能が有料になった。 週単位のプランもあるが、チャット回数に上限が設けられている。 「ただで使えた機能が、突然有料になった」という感覚をユーザーが持つ構造は、移行の障壁になりうる。
ByteDanceの意図は明確だ。 コンパニオン機能を切り離し、規制に適合した専用の箱に移す。 DouBaoは汎用AIアシスタントとして残し、感情的な対話は猫箱に集約する。
このモデルは、単なるコンプライアンス対応を超えている。 コンパニオンAIを収益化可能な独立製品として再定義するという、ByteDanceの事業判断でもある。
「猫箱」のMAU、施行前から390万人
問題は、その猫箱の規模だ。
月間アクティブユーザーはピーク時に600万人を超えていたが、6月時点で390万人まで落ちていた。 DouBaoのシャットダウンを迎える前に、すでに基盤が縮んでいたことになる。
DouBaoの3億4500万人から猫箱の390万人への移行を促すには、「無料から有料への切り替え」という壁を越えてもらう必要がある。 ByteDanceが10月15日まで読み取りアクセスを残したのは、移行に時間的な余裕を持たせる意図があるとみられる。
ただし読み取りアクセスとエージェントの再作成は別の話だ。 10月15日以降、DouBaoの会話履歴にアクセスする手段は失われる。 Maoxiangで改めてエージェントを作り直すには、月額費用とゼロからの設定が必要になる。
「まだ成熟していない」の先
800万件のエージェントが消えた。 Qwenユーザーのデータは戻らない。 猫箱のMAUは施行前から下がっていた。
この規制の射程は、中国国内のサービスだけにとどまらない。 外資企業が中国ユーザー向けにコンパニオンAIを提供する場合も、同じ基準が適用される。 ByteDanceとAlibabaが即日対応した事実は、今後の参入コストを事実上引き上げた。
規制への適合に必要な設計要件は、スタートアップが後付けで満たすには重い。 反依存システムの実装、未成年向けコンテンツフィルタ、使用時間の監視機能。 これらを最初から設計に組み込む前提で開発するとなると、スタートアップが気軽に参入できる市場ではなくなる。
「現在のエージェントはまだ成熟していない」と潘鶴林氏が述べたのは、技術への評価であると同時に、制度の先手を示していた。 北京は今、「成熟したエージェントが何を許されるか」についての次の線引きを考えている可能性がある。
猫箱への移行を選んだユーザーがどれだけいたか、ByteDanceの次の開示を待ちたい。
ソース:
- China AI Companion Law Takes Effect: Doubao and Qwen Shut Down, Millions Lose Chat Data — TechTimes(2026年7月15日)
- ByteDance's Doubao and Alibaba's Qwen to Shut Down AI Agent Features on July 15 — TechNode(2026年7月6日)
- China's AI Companion Rules: What Beijing Is Really Going After — AI News
- Doubao Has 350 Million Users. It Just Dropped AI Companions. — Hello China Tech
- China Introduces Rules for AI Companion and Emotional Interaction Services — Latham & Watkins



