千三百人と四千八百人
ネパール当局の集計では、九月五日時点の死者は1,344人にのぼる。
行方不明は4,886人。救助された人は1万3,013人で、うち324人が外国人だった。
行方不明の数が死者の三倍以上あるところに、この災害の性質が出ている。
村ごと泥に埋まった場所では、誰が何人いたかの確認から始めなければならない。集計は日を追うごとに上へ動いてきた。
きっかけは八月二十六日、トリシュリ川で起きた鉄砲水と地滑りだった。ネパールと中国のチベット自治区にまたがる範囲で、集落と道路が流された。
「まだ生きている人がいる」
十日を超えて生存者が見つかることは、災害救助の世界では例外に近い。
それでもヌワコット郡では、埋まった家屋から人が救い出されている。泥が空気の層を残したまま固まると、狭い空間が生き残ることがあるためだという。
ネパール軍はヘリコプターによる救助を続けている。空路以外に届く手段が無い集落が多い。
カトマンズと被災地を結ぶ幹線道路は、一部の区間が完全に塞がったままだ。車で近づけるのはヌワコットまでで、その先は徒歩か空からになる。
バレン・シャー首相は八月二十七日にヌワコット入りし、現地を確認している。首相の自然災害救済基金には、九月三日までに七十七億ルピーを超える寄付が集まった。
数字が動き続ける理由
災害の死者数は、報道によって食い違うことがある。
今回も、千二百人台から千三百人台まで複数の数字が流通した。当局の集計と地方自治体の報告、そして国連機関の推計が、それぞれ別の時点で更新されるためである。
こうした場面では、どの機関がいつ出した数字かを見るのが早い。
国連は八月の時点で死者900人超と報告し、必要な支援額を引き上げた。そこから一週間あまりで千三百人台まで動いたことになる。
行方不明が四千人台で残っている以上、この数字はまだ確定していない。
山の水と、日本の山
ネパールの災害を遠い話として片づけにくいのは、地形が似ているからでもある。
急な斜面、細い谷、その底を流れる川。上流で降った雨が一気に集まり、地滑りと鉄砲水を同時に起こす。
日本でも同じ形の災害が毎年起きている。今年も台風二十四号が西日本を直撃し、宮崎では七十二時間で三百ミリを超える雨が降った。
違うのは、道路と通信が絶たれたときに代わりの手段があるかどうかである。ネパールでは、ヘリコプターの機数がそのまま救助できる人数の上限になる。
支援の話でいえば、国際的な緊急支援は災害から二週間ほどで報道の量が落ちる。その後に必要になるのが、住まいと農地の再建の費用だ。
いま確かめられること
三つの数字を追っておきたい。
一つは行方不明者の数。四千八百人台がどう動くかで、最終的な被害の規模が見えてくる。
二つ目は道路の復旧状況。カトマンズからの陸路が通れば、支援の量が一気に変わる。
三つ目は雨である。モンスーンの後期に追加の降雨があれば、緩んだ斜面が再び動く。
十日目に人が生きて出てきたという知らせは、救助を続ける理由になる。
同時に、まだ四千八百人が見つかっていないという意味でもある。
まとめ
- ネパールの洪水と地滑りによる死者は9月5日時点で1,344人。行方不明は4,886人、救助された人は13,013人で、うち324人が外国人だった
- 発災から10日を超えたヌワコット郡で生存者の救出が続いている。カトマンズからの陸路は一部が塞がったままで、救助はヘリコプターに依存している
- 行方不明が死者の3倍以上残っており、集計はまだ確定していない。追加の降雨があれば緩んだ斜面が再び動く



