「8兆ドルの請求書」が示すもの
2001年以降に始まった「テロとの戦争」の戦費を、ブラウン大学の研究者グループが試算した数字がある。
アフガニスタン、イラク、シリア、ソマリア、リビア。これらの戦争と軍事作戦にアメリカが費やした総額は8兆ドルを超えるとされる。日本円でおよそ1,100兆円。日本のGDPのほぼ2年分に相当する。
この25年で何人が死んだか。「テロとの戦争」の犠牲者数を追うブラウン大学の「コスト・オブ・ウォー」プロジェクトは、軍人・民間人・民兵を合わせた死者数を100万人を超えると推計している。
ウォシントン・タイムズの記者ガイ・テイラーは「25年後、アメリカは同じ問いの前に立っている。何をもって終わりとするか、誰も決めていない」と書いた。
アフガンからイランへ
9月11日の20日後、アメリカはアフガニスタンに侵攻した。
タリバン政権を崩壊させ、オサマ・ビン・ラディンを追い詰め、その後20年をアフガンで過ごした。2021年8月に撤退したが、タリバンは権力に戻った。
2003年にはイラクへの侵攻が始まった。大量破壊兵器は見つからなかった。フセイン政権は倒れたが、その後の権力の空白がイスラム国(IS)の台頭を招いた。
そして今年2026年、アメリカはイランへの軍事作戦を展開している。2月にイランの核関連施設への大規模攻撃があり、6月にはトランプ大統領とイランのペゼシュキアン大統領が戦闘終結の覚書に署名した。だが中東全体ではフーシ派の紅海攻撃が続き、ガザの砲撃も止まらない。
エルサレム・ポスト紙の論評は「トランプのイラン作戦は、ブッシュのイラク戦争と同じ構図になるリスクがある」と指摘した。「終わりの条件を決めずに始めた戦争」という点で。
中国が得た25年間
ブルッキングス研究所の9/11二十五周年シンポジウムで、複数の安全保障専門家が指摘したことがある。
「アメリカが中東に集中している間、中国は軍事・技術の差を急速に縮めた」
2001年の中国の国防費はアメリカの15分の1以下だった。今は3分の1を超えている。南シナ海での軍事基地化、台湾海峡での圧力強化、一帯一路による影響圏の拡大。これらは「テロとの戦争」の陰で進んだ。
9/11への対応として始まった中東重視が、アメリカの「大国間競争への備え」を遅らせた。その遅れを取り戻すために今、インド太平洋重視へのピボットが語られる。しかしイランとの戦争が長引けば、その転換もまた遅くなる。
「また同じことを繰り返すのか」という問い
ボストン大学の研究者たちが9/11二十五周年にあたって発表した論考の多くが、同じ問いに行き着く。
アメリカはあの日の教訓から何を学んだか。
「大規模軍事作戦が中東を安定させないことは、25年間の実証実験で証明された」と国際安全保障を研究するキャサリン・ルッツは指摘する。
「それでも今年、また同じことをしようとしている」
日本にとってこの問いは遠い話ではない。ホルムズ海峡の通航が制限される中、原油輸入の9割以上を中東に依存する日本はガソリン代の上昇という形でその影響を感じている。今夏のガソリン価格は過去最高水準に達し、日本の家計への圧迫が指摘されている。
二十五年後も続く「炎」
9/11の追悼式が今日、ニューヨークで行われる。
ワールドトレードセンター跡地から「追悼の光(トリビュート・イン・ライト)」が空に向けて照らされる予定だ。2本の青白い光の柱が、ツインタワーがあった場所から夜空に伸びる。
25年前に始まった炎は、形を変えながら今も続いている。テロ組織との戦いが、国家との戦争に変わった。アフガンの砂漠が、イラクの砂漠になり、今はホルムズ海峡の海上に移った。
終わりの条件を決めないまま戦争を始めることのツケを、誰がどう払うのか。
あの日に亡くなった2,977人は、その答えを見届けることができなかった。
まとめ
- 9.11から25年が経った今日、アメリカは2026年イラン戦争という形で中東への関与を続けている。「テロとの戦争」の戦費8兆ドルと100万人以上の犠牲は、まだ終わっていない代償だ
- 中東に集中した25年間、中国は軍事・経済の差を急速に縮めた。太平洋での大国間競争への備えが遅れた代償は、今後数十年にわたって影響する可能性がある
- 日本はホルムズ海峡の緊張と原油高という形でこの戦争の余波を受けている。「遠い戦争」ではなく、家計のガソリン代として跳ね返ってくる問題だ
出典・参考
- 25 Years Later, the Events of 9/11 Continue to Shape the World — Boston University (2026-09-11)
- The forever fight: 25 years of America's War on Terror — Washington Times (2026-09-10)
- Trump's Iran campaign echoes the post-9/11 'forever wars' — Jerusalem Post (2026)
- Gasoline Prices Hit Record High in Japan Due to Middle East Uncertainty — Nippon.com (2026)



