「90億ドル」が証明したもの
FIFA会長ジャニ・インファンティノは、W杯決勝の前日に加盟各国サッカー協会の代表者を集めた会合でこう言った。「150億ドルの大台に乗ると思う」。
これは2023〜26年の4年間サイクル全体の話だ。そのうちW杯本大会の収益は90億ドル前後と報じられている。日本円でおよそ1兆3000億円。
内訳はおおむねこの3本柱からなる。放送権料39億ドル、チケット・ホスピタリティ30億ドル、スポンサー収入28億ドル。試合会場を持たず、選手に直接給料を払わず、スタジアムを建設せず、FIFAはこれだけの収益を手にした。
記録的な数字をFIFAが出せた理由はシンプルだ。2026年大会では、FIFAが初めて大会の運営権を主催国サッカー協会から直接引き取り、チケット販売からスポンサー交渉まで自前で動かした。
16の開催スタジアムはすべて既存施設だった。新設コストがゼロのまま、過去最大の収益構造を作り上げたことになる。
FIFAが設計した「フランチャイズ」
2026年大会を、フランチャイズビジネスとして見ると構造が分かりやすくなる。
FIFAがフランチャイズ本部で、開催都市が加盟店だ。加盟店は看板を貸し、運営人員を提供し、インフラを整備する。しかし売上は本部が持っていく。残るのはコストだけだ。
実際、11のアメリカ開催都市で確認されたのはこういう数字だった。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| FIFA収益(本大会分) | 約90億ドル |
| 米11都市の合計赤字見込み | 2億5000万ドル超 |
| ニュージャージー交通局の赤字 | 2億ドル |
| トロント市の開催予算 | 3億8000万カナダドル |
ニュージャージー交通局の担当者はメディアに対してこう説明した。「これは利益を追うものでも、暴利をむさぼるものでもない。コストを回収しようとしているだけだ」。
コストを回収しようとして2億ドルの赤字が残った。これが開催都市の現実だ。
開催都市の「2億5000万ドルの穴」
アメリカ連邦議会は2025年末の「One Big Beautiful Bill Act」のなかで、FIFA W杯グラントプログラムとして6億2500万ドルの補助金を承認した。11都市への配分は2026年3月にやっと決まった。
この補助金は主にセキュリティ費用に充てられた。スタジアム周辺の警備、交通整理、メディア対応の人員費だ。
6億ドル超の補助金を使っても、都市の収支はプラスに届かなかった。
なぜか。FIFAが受け取るチケット収益、放送権収益、スポンサー収益に、開催都市の取り分は含まれていない。都市が得るのはツーリスト消費の税収だけだ。
トロントの場合、5試合の開催で3億8000万カナダドル(日本円で約400億円)のコストが確定している。税収でどこまで回収できたかは、しばらく後にならないと分からない。
「12回連続で赤字になった」と言われていたが、トロント大学の研究によれば過去14大会のうち12大会で開催都市は経済的損失を記録している。
「経済効果1.72兆円」という数字の読み方
アメリカ国内では、W杯による経済効果は「172億ドル」という試算が広まった。日本円でおよそ2.5兆円だ。
桁が大きくて得をした気になるが、実際これは観戦客の総消費額の推計値であり、開催都市の財政収支とは別の話だ。
観客が飲食店でコーヒーを飲み、ホテルに泊まり、土産を買う。その消費は地域に広がる。ただしそこから税収に転換される割合は小さく、インフラ投資や運営コストを差し引くと都市の手元には残らない。
ダラスのスポーツ経済を研究するリック・スーム(ノーステキサス大)はこう述べた。「経済波及効果は実在する。だが開催都市の財政収支とは別の話だ。観客が増えても、スタジアム建設費やセキュリティの請求書は消えない」。
巨大な「経済効果」の数字は、開催を誘致した首長が議会を説得するために使われ、大会が終わった後に「赤字」が静かに確定する。この順序は、今大会も変わらなかった。
それでも都市が「手を挙げる」理由
では、なぜ開催都市は繰り返し手を挙げるのか。
ひとつは政治的な理由だ。W杯開催は国際的な注目を生む。候補都市の市長や知事にとって、あのステージに立つことの露出価値は財政計算に乗らない。
もうひとつは「遺産」という論理だ。空港や鉄道、都市の整備に向けた投資は、W杯が終わった後も使われる。インフラ整備の費用を開催コストとして計上するか、都市整備の先行投資として分類するかで、数字はまったく変わってくる。
そして3つ目は、誘致が「競争」として設計されているという点だ。世界中の都市が手を挙げ、FIFAが選ぶ。落選した都市は「次こそ」と動く。この競争構造がある限り、コストの高さは誘致を止める理由にならない。どこかが承けるからだ。
インファンティノはファイナル前日の会合でこうも言った。「このW杯は、多くのドアを開いた。多くのチャンスと可能性を作り出した」。
その言葉は正しい。FIFAにとっては。
2030年のW杯は、スペイン・ポルトガル・モロッコが共同開催する。コスト分担の交渉は3ヶ国を跨いで複雑になり、FIFAの収益モデルはその分だけ強化される。
スペインが2連覇を達成した夜、アメリカ、カナダ、メキシコの3ヶ国は来月の財務報告を準備していた。
ソース:
- FIFA emerges as the $9 billion winner as the biggest, brashest World Cup ever draws to a close — CNBC (July 20, 2026)
- FIFA President Gianni Infantino aims to "unleash the commercial potential" — FIFA Inside (July 2026)
- How FIFA restructured the World Cup into its biggest payday ever, as host cities face a budget shortfall — Fortune (June 19, 2026)
- The World Cup Is Great For FIFA—And A Bad Bet For Cities — Forbes (May 2026)
- Why some 2026 World Cup host states could see low financial payoff — CNBC (June 12, 2026)
- The 2026 World Cup may turn a rare profit—but will the host countries? — The Hub (July 30, 2026)


