「54%」を掲げて出てきたGPT-5.6
7月9日、OpenAIはGPT-5.6を一般公開した。 Sol・Terra・Lunaの3段階構成で、旗艦がSol、中間がTerra、廉価版がLunaという位置付けだ。
同日、ChatGPT Workという自律エージェント機能も合わせて発表された。 「仕事を丸ごとやる」方向への踏み込みで、単なるチャットモデルの範疇を出ている。
OpenAIのCEO、Sam AltmanはCNBCのインタビューでこう言い切った。 「エージェントコーディングにおいて、競合より54%トークン効率が高い」
ターゲットはコスト意識が高まったエンタープライズ市場だ。 「すべての企業がAIへの支出とその対価を考えるようになっている。それがわたしたちが応えたいことだ」とAltmanは続けた。
価格はSolが入力5ドル・出力30ドル(100万トークンあたり)。日本円でSolが約750円と4,500円だ。 7月30日、LunaとTerraの値下げが発表された。Lunaは入力0.20ドル・出力1.20ドルになった。 単純比較でClaude Fable 5の3分の1前後という水準だ。
ベンチマークの結果は次のとおりだ。
| 指標 | GPT-5.6 Sol | Claude Fable 5 |
|---|---|---|
| Agents' Last Exam | 53.6 | 40.5 |
| Terminal-Bench 2.1(標準) | 88.8% | — |
| Coding Agent Index | 80(首位) | — |
| Intelligence Index | 59 | 60 |
「Agents' Last Exam」はUC BerkeleyのRDIが開発したベンチマークで、55分野の長時間プロフェッショナル業務を対象にした評価だ。 Claude Fable 5との差は13.1点。コーディングとエージェント業務に限れば、GPT-5.6 Solが現時点の実力上位と言えるデータである。
ただし総合知能に近い「Intelligence Index」ではSolが59点、Fable 5が60点で1点差だ。 「すべてで勝った」ではなく、コーディングと長時間タスクで抜け出した——これが正確な評価になる。
7月9日のリリースは、6月26日のプレビューから計画的に進んだロールアウトだった。 OpenAIはスケジュールを守った。
Solの購買層はエンタープライズエンジニアだが、Lunaの値下げは個人開発者市場への浸透を意図している。 月間1億リクエストを処理するプロダクトであれば、TerraとLunaの差額だけで月数百万円の節約になる計算だ。 コスト面での議論を呼び込む価格設計だった。
フルリビルドの決断と、数百億円の代償
Gemini 3.5 Proはなぜ出ないのか。
Bloombergは6月末、こう報じた。 「Googleはコーディング能力を改善しようとデータ更新を試みたが、結果は期待外れだった」
その後、GoogleはGemini 3.5 Proの基盤モデルをゼロから作り直すことを決断した。 フロンティア規模の事前学習を最初からやり直す。コストは100億円超、期間は数カ月にわたる。
問題だったのはコーディングだけではない。 数学的推論の精度、SVGシーン生成のコンシステンシー、長時間タスクの継続性——この3点が社内基準を下回っていたという。
これは単純な「品質調整」ではない。 「基盤から作り直す」ということは、ファインチューニングや強化学習の段階では対処できない根本的な問題があった、という意味だ。 事前学習のデータか設計に問題があったと解釈するのが自然だろう。
Googleが中途半端なモデルを出さずに作り直した判断は、品質管理の観点では評価できる。 ただ市場はその判断を30兆円の時価総額減で迎えた。投資家の目には、「延期」より「見通しの甘さ」のほうが重く映ったかもしれない。
Google I/Oの発表から数えて、期限は少なくとも3回動いた。 6月→7月→7月17日と動き続けたゴールポストは、まだ止まっていない。
Demisが「負けていない」と語る理由
7月17日の期限が過ぎた翌日、DeepMindのCEO、Demis HassabisはSemaforのインタビューに答えた。
問われたのは、DeepMindから優秀な研究者が流出しているという報道についてだった。 「わたしたちは、どのラボよりも断然大きく幅広い研究ベンチを持っている」とHassabisは言った。
Axiosはその前日、「GoogleのエンジニアやAI研究者が、競合に追い抜かれることへの不満を募らせている」と内部の声を伝えていた。
Hassabisの言葉は外に向けては強気のカウンターだった。 「研究ベンチは最大」という主張が正しいとして、なぜそれが旗艦モデルのリリースに結びついていないのか——その問いへの答えはインタビューには含まれていなかった。
研究力の問題か、プロジェクト管理の問題か、組織の意思決定の遅さか。 外からは見えない。ただ、3度の期限を破ったという事実だけが残っている。
DeepMindが「最大の研究ベンチ」を持ちながら、旗艦モデルのリリースで後れを取るとしたら、問題は研究者の数ではない場所にある。
GoogleはI/Oで新機能を発表するたびに「業界最高水準」という形容詞をつけてきた。 その言葉と、3度連続で延期になった事実のあいだには、何かがある。 それが何かを特定しようとする分析がいまないのは、Googleが内部情報を出していないからだ。
代わりに出てきた3つのモデル
Gemini 3.5 Proが出ない7月21日、Googleは別の3つのモデルを発表した。 Gemini 3.6 Flash・Gemini 3.5 Flash-Lite・Gemini 3.5 Flash Cyberだ。
いずれも「Flash」系——Geminiラインアップの中でも軽量・高速に位置するモデルである。 Proに求められる推論の深さより、速度とコストを重視した帯域だ。
Googleの公式モデル一覧で、現時点のProはGemini 3.1 Pro(Preview)のまま止まっている。 APIのモデルIDに「gemini-3.5-pro」は存在しない。
旗艦が出せない代わりに周辺を固める——それがいまのGoogleの立ち位置だ。
エンタープライズ市場では、この状況が具体的なコストになる。 企業がAIプロバイダを選定するとき、「いつ出るか分からないモデル」は選定対象に入らない。 Gemini 3.5 Proをアーキテクチャの中心に据えようとしていた開発チームは、GPT-5.6かClaude Fable 5への切り替えを迫られた。 機会損失というより、構造的な失点だ。
次に見るべきは2点ある。
ひとつは、Googleがいつ「3.5 Pro」を出してくるか。フルリビルドの性能がGPT-5.6 Solを上回る可能性はある。それだけの設計コストをかけた。ただ出てくる頃には、OpenAIが次のサイクルに入っているかもしれない。
もうひとつは、Alphabetの株価が7月16日の下落から戻るかどうかだ。Gemini 3.5 Proが何を示すかにかかっている。
6月27日時点では「両社とも7月に出す」と見られていた。 GPT-5.6は出た。Gemini 3.5 Proはまだない。
ソース:
- OpenAI launches its new family of models with GPT-5.6 — TechCrunch(2026年7月9日)
- GPT-5.6 benchmarks across Intelligence, Speed and Cost — Artificial Analysis
- Gemini 3.5 Pro delays due to coding performance — 9to5Google(2026年7月16日)
- Alphabet stock falls 4% on report of Gemini AI model delays — Yahoo Finance(2026年7月16日)
- Google releases three new Gemini models — but no 3.5 Pro — TechCrunch(2026年7月21日)
- Google's Gemini delay exposes a deeper problem — Axios(2026年7月23日)
