何が起きたのか
CENTCOMは7月15日午前6時から7時30分(米東部時間)にかけて、イラン沿岸部の防衛システムとグレーターツンブ島の巡航ミサイル貯蔵・発射拠点を精密誘導弾で攻撃した。これに先立つ13日には、イラン軍の兵舎への攻撃で少なくとも7人の兵士が死亡し、260人が負傷したと伝えられている。一連の攻撃は、ホルムズ海峡での商船攻撃に使われてきたイラン側の軍事能力を削ぐ狙いだとされる。米軍高官によれば、攻撃対象は海峡封鎖の実行力に直結する拠点に絞られているという。
トランプ氏の発言も攻撃の継続を裏づける。「今夜も激しく攻撃する。明日の夜も激しく攻撃する」と述べ、来週には橋や発電所といったインフラも標的になり得ると警告した。外交による打開の兆しが見えないまま、攻撃の予告だけが積み重なっている。この種の発言は、交渉のテーブルに圧力をかける狙いもあるとみられるが、同時に軍事作戦の既定路線化を印象づけてもいる。
イラン側も反撃した。ヨルダン、バーレーン、クウェートへのミサイル・ドローン攻撃を実施し、バーレーンとクウェートではミサイル警報が出された。ヨルダン軍はイランのミサイル3発を迎撃したと発表し、クウェート軍もドローン攻撃を撃退したとしている。クウェートにとっては今回の紛争で最も激しい攻撃だったと伝えられる。域内3カ国を同時に巻き込んだことで、紛争の当事者はイランと米国だけにとどまらなくなった。周辺国は自国が標的になるリスクを抱えたまま、当事者間の攻撃終了を待つほかない立場に置かれている。
国連安全保障理事会は、この事態を看過していない。理事会は決議2817号を賛成13、反対0、棄権2(中国・ロシア)で採択し、イランによるバーレーン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、ヨルダンへの攻撃を強く非難した。一方、ホルムズ海峡での国際航行の妨害阻止を各国に促す別の決議案は、中国とロシアの拒否権行使で採択に至らなかった。安保理内部でも米欧と中露の立場の違いが鮮明になっている。国連事務総長は、イランと米国に対して交渉への早期復帰を強く促した。
トランプ氏は当初、ホルムズ海峡を通過する船舶に20%の通行料を課す方針を示していたが、これを撤回した。湾岸諸国が米国への数十億ドル規模の投資を望んだためと説明し、代わりに「海峡の守護者になる。ガーディアン・エンジェル・オブ・ザ・ストレートと呼んでもいい。その分の対価は受け取るべきだ」と語った。通行料の撤回は緩和策に見えるが、海峡の管理権を事実上握ろうとする姿勢は変わっていない。国際航路の管理を一国が担うという発想自体が、海洋法上の議論を呼ぶ可能性もある。
米議会の反応も無視できない動きだ。上院は12日、1兆1500億ドル規模の年次国防授権法案の採決を50対46の手続き投票で否決した。60年以上にわたり超党派で可決されてきた法案がこうした形で頓挫するのは異例である。民主党のシューマー院内総務は、トランプ氏が承認も戦略も出口戦略もないまま戦争を始めたと批判した。防衛予算という本来なら政争の対象になりにくい法案が人質に取られた形であり、政権運営への不信の深さがうかがえる。
原油市場も敏感に反応している。ブレント原油は1バレル85ドルを超える水準まで上昇し、ここ数カ月で最も高い価格帯にとどまっている。ホルムズ海峡は世界の海上輸送原油の2割前後が通過するとされる要衝であり、通航量の減少や保険コストの上昇は、供給の物理的な逼迫がなくても価格を押し上げる要因になる。トレーダーの間では、事態がさらに悪化した場合の供給途絶リスクを織り込んだ「地政学プレミアム」が価格に上乗せされているとの見方が広がっている。
背景:これまでの経緯
現在の戦争の起点は2025年6月にさかのぼる。国際原子力機関がイランの核不拡散義務違反を20年ぶりに認定した翌日の6月13日、イスラエルは核・軍事施設や高官、核科学者を標的にした攻撃「12日間戦争」を開始した。米国も核施設への攻撃に加わり、この戦闘は停戦で一旦収束した。だが、これはあくまで一時休戦にすぎなかった。核開発を巡る米国とイランの交渉自体は2025年4月から続いていたが、決裂と武力行使という最悪の展開をたどった。
同年9月、国連は「スナップバック」条項を用いてイランへの制裁を再発動した。イラン通貨リアルは急落し、食肉や米などの生活必需品価格が高騰した。生活苦は12月に大規模な反政府デモへと発展し、政権はインターネットを全国遮断した上で弾圧に踏み切った。この弾圧による死者は6000人を超えたと推定されている。経済制裁と国内弾圧という二重の圧力が、その後の全面戦争への地ならしになったとの見方は根強い。
そして2026年2月28日、事態は決定的な転換点を迎えた。米国とイスラエルによる空爆で、最高指導者ハメネイ師を含む複数の要人が殺害され、全面戦争に突入した。トランプ氏は「エピック・フューリー作戦」を承認したと報じられている。決定にあたっては、ネタニヤフ首相が提供したイスラエルの情報が決め手になったとされる。イランは分散型の戦術で応じ、イスラエルや米同盟の湾岸諸国、米軍基地への攻撃を展開し、3月末にはホルムズ海峡の封鎖に踏み切った。ハメネイ師殺害の2日後には、イラン系のヒズボラも参戦し、レバノン戦争も同時進行することとなった。指導者不在という前例のない状況下で、イラン側の意思決定がどこで行われているかも不透明なままだ。
つまり今回の一連の攻撃は、新たな戦争の勃発ではなく、5カ月近く続く戦争の一局面である。6月18日には紛争終結とホルムズ海峡の航行再開に向けた覚書が署名され、一時的な和平の兆しが見えた。米エネルギー情報局はこの合意を受け、原油生産が年末までにほぼ紛争前の水準に戻ると見通していた。だが、この暫定合意はこの1週間でほぼ崩壊し、攻撃と反撃の応酬が再燃している。合意から1カ月足らずでの崩壊は、和平の枠組みそのものの脆さを露呈した。
この間、イラン国内の指揮系統も大きく揺らいだ。最高指導者を失った後の権力継承がどのように進んでいるのか、外部からは詳細がつかめていない。分散型の反撃戦術は、統一された司令部の指示というより、各部隊や関連武装組織がそれぞれの判断で応戦している可能性を示唆しているとの分析もある。指導者不在のまま5カ月間戦争が継続していること自体が、この紛争の異例さを物語っている。通常であれば、指導部の空白は早期の停戦や体制崩壊につながりやすいが、今回はむしろ戦闘の長期化という形で表れている。
国連の高官は、イランの核開発プログラムについて「知識の継続性が失われた」と警告している。相次ぐ攻撃によって査察や監視の体制そのものが機能不全に陥っていることを示す発言だ。核施設が攻撃を受け、専門家や査察官の立ち入りが困難になれば、国際社会はイランの核開発の実態を正確に把握できなくなる。皮肉なことに、核の脅威を取り除くための軍事行動が、核の透明性そのものを損ないつつある。
ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマン氏は、事態が極めて危うい局面に入ったと警告する。同氏が指摘する危険は爆弾やドローンだけにとどまらない。戦争の長期化が米国内の統治構造そのものを揺るがしかねない、という懸念である。開戦から5カ月というのは、当初の想定を大きく超える期間だ。短期決戦を前提にした作戦計画と、実際に生じている長期戦との乖離が、政治・経済両面のひずみを広げている。
世界トップメディアの見立て
CNBC(7月15日付)は、アナリストの間で今回の衝突が「終わらない戦争」になりかねないとの懸念が広がっていると報じた。攻撃と小康状態を繰り返しながら、明確な終戦の合図がないまま何カ月も続くシナリオを、同誌は「forever war」と表現している。数日間の集中攻撃が、イラン国内の政治力学や米国側の経済的都合に応じて断続的に繰り返される構図が続く可能性がある、との見立てだ。
ニューヨーク・タイムズに寄稿するクルーグマン氏は「トランプ氏がイランへの爆撃を再開したこと自体が悪い知らせだ」と述べ、その理由は外部の脅威ではなく「自国の大統領、自国の政府から生じるリスクにある」と指摘した。政権は当初、戦闘が短期間で終わり、イランがホルムズ海峡を封鎖する時間的余裕すら与えないという楽観的な前提に立っていたという。結果として、当初の想定を超える長期戦に陥っている。
Axios(7月13日付)は、複数の関係者の話として、トランプ氏が状況室で会議を開き、現行の攻撃よりも規模の大きい対イラン作戦を協議したと報じた。協議されている作戦は海峡周辺への限定攻撃を超え、イラン国内のより広範な標的を含む可能性があるという。この報道が事実であれば、来週予告されているインフラ攻撃は、これまでで最大規模の軍事行動の一部になる可能性がある。
安保理では、パキスタンとカタールが仲介する対話が続いていることも報告された。パキスタン代表は「双方が交渉のテーブルに着き続けていること自体が重要な前向きな成果だ」と評価した。対話のチャンネルが維持されていること自体は肯定的に受け止められているが、それが実際の停戦につながる保証はない。攻撃と対話が並行するという、通常の紛争ではあまり見られない状態が続いている。
世界経済フォーラムは、ホルムズ海峡の戦争保険の停止が意味するものについて詳細な分析を公表している。保険市場の機能不全が、各国政府を事実上の「最後の保険者」に押し上げつつあるとの指摘だ。The National(6月3日付)は、海峡を横断する船舶の保険コストが平時の4000倍に達したと報じている。民間の保険市場だけでは、戦争のリスクを吸収しきれなくなっている実態が浮かぶ。複数の報道に共通するのは、この戦争がすでに軍事の領域を超え、保険・物流・エネルギー市場という民間経済の根幹にまで及んでいるという認識である。
ロイター通信は、湾岸産油国の外交筋の見方として、戦闘の激化と沈静化を繰り返す「波状パターン」が今後も続くとの見通しを伝えている。米国内の政治日程、イラン国内の経済状況、そして仲介国の外交努力という3つの変数が絡み合い、単純な線形の推移をたどらないという分析だ。ブルームバーグも同様に、原油市場のトレーダーがすでに「戦争の常態化」を織り込み始めていると報じ、価格変動が短期的な材料というより構造的な前提になりつつあると指摘する。市場参加者の間で紛争の長期化がベースシナリオとして扱われ始めていること自体が、この戦争の性格を象徴している。
数字で見る
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 開戦日 | 2026年2月28日(米・イスラエル対イラン) |
| 前史:12日間戦争 | 2025年6月13日開始、核・軍事施設への攻撃、停戦で収束 |
| 国連制裁再発動 | 2025年9月、スナップバック条項適用 |
| 反政府デモ弾圧の死者 | 推定6000人超(2025年12月〜) |
| 安保理決議2817号 | 賛成13・反対0・棄権2(中国・ロシア)で採択 |
| ホルムズ航行保護決議案 | 中国・ロシアの拒否権行使で不採択 |
| CENTCOM攻撃(7月15日) | 沿岸防衛システムとグレーターツンブ島のミサイル拠点 |
| 兵舎攻撃の被害(7月13日) | 死者7人以上、負傷者260人 |
| 戦争保険料の上昇 | 平時比で最大4000倍(船価の約4%、7日間) |
| 日本の中東産原油輸入減少(4月) | 前年比68%減、1979年以来の低水準 |
| 日本関連船舶の海峡退避 | 22隻(大型原油タンカー6隻含む、7月7〜9日) |
| 国防授権法案の採決 | 賛成46・反対50で否決(上院) |
| 戦争コスト試算(ムーディーズ、6月半ば) | 総額約1300億ドル(米1世帯あたり約1000ドル相当) |
| 原油価格(ブレント) | 1バレル85ドル超で推移 |
日本への影響・示唆
日本にとってホルムズ海峡は原油輸入の生命線だ。日本の国土交通大臣は7月11日、7〜9日の3日間で大型原油タンカー6隻を含む日本関連船舶22隻が海峡を出て退避し、湾内に残るのはわずか4隻になったと明らかにした。日本は世界5位の原油輸入国だが、4月の中東産原油輸入量は前年比68%減となり、1979年以来最低の水準まで落ち込んだ。政府は不足分を補うため、石油備蓄の取り崩しに踏み切っている。これは一時的な措置であり、備蓄を取り崩し続ければいずれ限界が来る。
エネルギー各社の対応も動き始めている。ENEOSホールディングスは、ホルムズ海峡混乱を受けて中東依存度を下げる方向で調達戦略の見直しを進めている。同社は9月までの原油供給は確保済みとしつつ、政府とも連携してペルシャ湾を迂回するルートでの中東産原油調達を模索している。1社の調達戦略転換は象徴的な動きであり、業界全体が同様の見直しを迫られる可能性が高い。日本のエネルギー安全保障は長らく中東依存を前提に組み立てられてきたが、その前提そのものが揺らいでいる。
戦争保険料の急騰も見過ごせない。平時の4000倍という水準は、タンカー1航海あたり数百万ドル規模の追加コストに相当する。この負担は最終的に原油輸入コストへ転嫁され、電力・ガス料金からガソリン価格まで波及する。すでに進む物価上昇局面において、エネルギーコストの再上昇は家計と企業双方への追加圧力となる。特に電力多消費型の製造業や、燃料費の価格転嫁が難しい中小の運輸・物流事業者にとっては、収益への直接的な打撃になりかねない。
商社やエネルギー輸入企業にとっては、調達先の多様化とスポット市場での調達比率の見直しが急務になる。中東依存度の高い原油調達構造は、こうした地政学リスクのたびに脆さを露呈してきた。航空会社にとっても、中東上空の飛行ルート回避による燃料コストと飛行時間の増加は経営課題だ。旅客・貨物双方のコスト構造に影響が及ぶ。マクロ的には、原油高がインフレ圧力を通じて日銀の金融政策判断に影響を与える可能性もある。中長期的には、再生可能エネルギーや調達先分散への投資を加速させる契機と捉える企業も出てくるはずだ。経営層としては、原油高が一過性か構造的かを見極めながら、年度後半の事業計画やヘッジ戦略を柔軟に見直す姿勢が求められる局面だろう。
備蓄の取り崩しにも限界がある。日本は国家備蓄と民間備蓄を合わせて約200日分程度の原油を保有しているとされるが、これはあくまで緊急時の緩衝材であり、恒常的な調達手段の代替にはならない。中東依存からの脱却を掲げる政策論議は過去にも繰り返されてきたが、今回のように輸入量が前年比68%減という具体的な数字で示されたことは、議論を実務レベルに引き戻す契機になり得る。エネルギー基本計画の見直しや、代替調達ルートへの投資判断が、これまで以上に現実味を帯びて経営会議のテーブルに上がる展開も考えられる。
今後の見通し
第一に、トランプ氏が予告した橋や発電所への攻撃が来週実行されるかどうかが最大の焦点となる。交渉による打開がなければ、インフラ攻撃という新たな段階に踏み込む可能性がある。インフラへの攻撃は民間人の生活基盤に直接影響するため、国際世論の反応も含めて事態の質が変わる分岐点になり得る。Axiosが報じた「より大規模な作戦」の協議が実行に移されるかどうかも、この文脈で注視する必要がある。仮にインフラ攻撃が実行されれば、周辺国を巻き込んだ人道的な懸念がこれまで以上に強まり、国連や欧州各国からの停戦圧力も一段と強まる可能性がある。
第二に、米議会の対応だ。国防授権法案の否決は、大統領の戦争遂行権限を巡る議論に発展する可能性がある。今年11月の中間選挙を控え、与野党双方がこの問題をどう政治利用するかも注目点となる。戦争の長期化が有権者の支持にどう影響するかは、今後の議会での予算折衝の行方を左右するだろう。ムーディーズが試算した1世帯あたり約1000ドルという負担感が、有権者の実感としてどこまで広がるかも重要な変数になる。インフレ圧力や生活コストへの不満が支持率に直結しやすい米国の政治構造を踏まえると、戦争の経済的コストが可視化されるほど、議会内の慎重論も勢いを増していく可能性がある。
第三に、パキスタン・カタールが仲介する対話と、海運・保険市場の反応だ。安保理でも交渉継続自体が前向きな成果と評価されているが、戦闘の停止には結びついていない。戦争保険の引受停止が広がれば、原油の物理的な供給以前に、輸送そのものが成立しなくなるリスクがある。日本関連船舶の退避が続くようであれば、ENEOSのような調達戦略の転換が業界標準になり、中長期的なエネルギー政策の分岐点になる可能性がある。
第四に、イラン国内の統治体制の行方も見過ごせない変数だ。指導者不在のまま戦争が続く状況がいつまで持続可能なのか、外部からの分析には限界がある。仮に国内で権力の再編や体制の動揺が表面化すれば、戦争の力学そのものが変わる可能性がある。逆に、外部からの攻撃が続く限り国内の結束が維持されるという見方もあり、どちらに転ぶかは予断を許さない。エネルギー・物流各社にとっては、こうした不確実性を前提にした複数シナリオでの事業計画づくりが避けられない局面が続く。短期的な価格変動だけでなく、供給網そのものの再設計を迫られる企業も増えていくだろう。
開戦から5カ月、終戦の輪郭が見えないまま、コストだけが確実に積み上がっている。
