何が起きたのか
IEA「Global Energy Review 2026」が示すデータは、2025年から2026年にかけての世界エネルギー構造の地殻変動を端的に物語る。 2025年のグローバルなエネルギー需要は前年比+1.3%(+8エクサジュール)で、2024年の+2%から減速した。 しかし内訳の変化は大きい。太陽光発電(PV)が世界の一次エネルギー需要増加の25%超を担い、再エネ系エネルギー源として初めて成長寄与度の最大シェアを獲得した。 原子力発電量は前年比+1.2%で過去最高水準に達し、2035年までに少なくとも3分の1の容量拡大が見込まれる。
Fortune掲載のRenewable Energy Asia Portal記事(5月)は、Iran戦争を契機としたアジアの電源構成の再編を「Coal is back and nuclear is next」というフレーズで切り取った。 ホルムズ海峡封鎖でLNG価格が高騰し、各国は即応性のある石炭火力の稼働を緊急的に増やしている。 インドネシア、ベトナム、フィリピン、バングラデシュは2030年までに石炭フェーズアウトを公約していたが、現実の運用は逆行している。
中期的にはLNG確保競争が激化する。 カタール、米国、オーストラリア、モザンビーク、カナダといったLNG輸出国の生産能力拡張プロジェクトに対し、日本、韓国、中国、台湾、インドが10〜20年契約の確保を競っている。 日本のJERA、東京ガス、大阪ガス、INPEX、三井物産、三菱商事は、米国メキシコ湾岸とカタールでの長期契約交渉を加速中だ。
長期的には原子力ルネサンスが本格化する。 World Nuclear Newsによれば、IEAは2024年から「原子力は復活する」とのトーンを鮮明にしてきた。 中国は2024〜2025年に毎年8〜10基の新規建設承認を出し、2035年までに150基体制を目指す。 韓国は新ハヌル3・4号機の運転を始め、輸出戦略も活発化させた。 インドはタミルナドゥ州・ハリヤナ州での新規プロジェクトを承認。 そして注目されるのは小型モジュール炉(SMR)の商業化の動きである。
背景:これまでの経緯
アジアの電源構成は、3つの構造圧力のもとで再編されている。
第一に、Iran戦争による中東依存リスクの顕在化だ。 2026年2月末の戦争勃発以降、ホルムズ海峡経由の世界原油の25%、LNGの20%が事実上滞った。 Tufts Now(5月4日付)は、「海峡が再開しても、保険料・タンカー船腹・地政学リスクプレミアムは紛争前の水準に戻らない」と指摘する。 これは一過性のショックではなく、構造的なエネルギーコスト高止まりの始まりだ。
第二に、AIデータセンターによる電力需要急増である。 CNAS「American AI Companies Can't Get Enough Chips」に並ぶ論点として、IEAは2024年以降、データセンター電力需要が世界の総需要増加の20%以上を担うと予測してきた。 OpenAI、Google、Microsoft、Anthropic、Meta、Amazonはいずれも独自データセンターの電力確保のため、原子力発電所との直接契約を相次いで結んでいる。 2025年にはMicrosoftがThree Mile Island、AmazonがTalen Energy、Googleが小型原子炉スタートアップとの提携を発表した。 2026年に入って、この流れは加速するばかりだ。
第三に、半導体製造拠点の国内回帰と防衛・宇宙開発投資である。 米国はCHIPS法でTSMCアリゾナ、Samsungテキサス、Intel Ohio、Micronニューヨークなどの拠点を立ち上げ、巨大電力需要を生む。 日本もTSMC熊本第1・第2工場、Rapidusの北海道千歳プロジェクトで、北海道・九州の電力需給見通しが大きく変わる局面に入った。 防衛・宇宙開発、量子コンピューティング、水素製造はいずれも電力多消費型産業群として並走する。
State of Energy Innovation 2026(IEA)は、これらの構造圧力に応える技術として、SMR、先進地熱、長期蓄電、グリーン水素、CCUS(CO2回収・貯留)の5領域を重点投資対象に位置づけた。
世界トップメディアの見立て
IEA「Global Energy Review 2026」は、太陽光発電の躍進と原子力復活を「2026年の二大潮流」と位置づける。 低排出電源(再エネ+原子力)が全体の電力需要増加の60%を担い、エネルギー転換は加速していると評価した。 ただし、石炭・天然ガス需要も同時に増加しており、純粋な「フェーズアウト」ではなく「並列拡張」のフェーズに入った点に注意を促す。
フィナンシャル・タイムズは原子力のサプライチェーン論点に踏み込んだ。 ウラン濃縮、燃料製造、原子炉容器、タービン発電機の供給網は、世界的にロシア(Rosatom)と中国(CNNC)への依存度が高い。 西側諸国はCameco(カナダ)、Westinghouse(米国)、Framatome(フランス)、東芝・三菱重工・日立の連合で代替供給網を急速に再構築しつつある。
ニューヨーク・タイムズはSMRの商業化スケジュールに注目する。 NuScale Powerの最初の商業稼働は2028〜2030年が見込まれ、X-energy、TerraPower、BWXT、Holtecなど複数のスタートアップが並走中だ。 日本の中部電力、四国電力、東芝、IHIなどがそれぞれ米国・カナダ・英国のSMRプロジェクトに資本参加し、技術習得と商業化リードタイムを並行で短縮しようとしている。
エコノミストは「Nuclear's strange comeback」の構造分析を行った。 1990年代以降、安全規制・建設コスト・廃棄物処理の3つの壁で停滞してきた原子力が、Iran戦争とAIデータセンター需要急増、そして気候目標の現実性検証を経て、政治的に再評価されている。 特に北欧、英国、フランス、米国、東欧(チェコ、ポーランド、ハンガリー)でのSMR受注ラッシュは、欧州の脱炭素戦略の修正局面を映す。
Carbon Briefは、再エネ・原子力・天然ガスの並列拡張の中で、石炭の長期トレンドが「微減」から「横ばい」に修正された点を指摘する。 中国・インド・東南アジアでの石炭火力新設が、減速する欧米の脱石炭と相殺する局面に入った。
ブルームバーグは投資マネーの流れを追う。 原子力関連株(Cameco、Constellation Energy、NuScale Power、BWXT、Westinghouse上場分)、SMRスタートアップ、ウラン鉱山——いずれも2024〜2026年で2〜3倍の株価上昇を記録し、グリーン投資マネーが再エネ単独から「低炭素電源全般」へと拡張する潮流が定着した。
数字で見る
| 項目 | 数値・内容 |
|---|---|
| 2025年世界エネルギー需要 | +1.3%(+8エクサジュール) |
| 太陽光PV成長寄与度 | 世界の一次エネルギー需要増加の25%超 |
| 2025年世界原子力発電量 | 前年比+1.2%、過去最高水準 |
| 2035年原子力容量見通し | 現状から少なくとも+33%(IEA) |
| 中国の原子力新規承認 | 年間8〜10基(2024〜2025年) |
| 中国の2035年原子力目標 | 150基体制 |
| 日本の稼働再開原発 | 25基中14基(2025年5月時点) |
| 日本SMR基本設計開始 | 2027年度〜(運用は2040年代前半) |
| 低排出電源の需要増加寄与度 | 全体の約60% |
| Brent原油 | 107〜118ドル(紛争前70ドルから+50%超) |
日本への影響・示唆
第一に、電力料金とコスト競争力である。 LNG・原油の高止まり定着で、日本の電力料金は2026年下期から2027年にかけて段階的な上昇圧力にさらされる。 半導体やAIデータセンター、EV、水素製造といった電力多消費型産業の事業計画は、電力単価の前提を従来の試算より10〜20%高い水準で組み直すべきだ。 スタートアップ・SaaSベンダーも、自社プロダクトのコストパラメータ(クラウド利用料、データセンター料、運用コスト)の上昇余地を3〜5年計画に織り込む必要がある。
第二に、原発再稼働とSMR政策の加速だ。 IEAの分析を踏まえ、日本政府は2025年のGX(グリーントランスフォーメーション)方針改定で、原発再稼働の加速、運転期間60年超への延長、SMRの商業化の3点を主軸に据えた。 2026年5月時点で稼働中の14基に加え、女川2号機、東通1号機、敦賀2号機の早期再稼働、そして柏崎刈羽全7基の再稼働が政治的論点として浮上している。 SMRは中部電力がNuScale Powerに出資し、東芝・IHI・三菱重工が国産化を視野に入れたR&Dを進める。
第三に、エネルギー関連ビジネスの拡大機会である。 電力市場の自由化と再エネ・原子力の並列拡張は、新規参入のスタートアップに広い余地を残す。 仮想発電所(VPP)、需要応答(DR)、分散型エネルギー資源(DER)管理、EV充電インフラ、産業向け再エネ調達(コーポレートPPA)、グリーン水素生産はいずれも10年スパンの成長領域として位置づけられる。 日本のスタートアップ(クリーンエネルギーコネクト、UPDATER、エナジーゲートウェイ、enechain、Looopなど)と既存電力・ガス・商社の協業が活発化する局面だ。
第四に、地域経済とインフラ投資の連動だ。 原発再稼働は立地自治体(福井県、新潟県、宮城県、青森県、福島県、佐賀県、愛媛県、島根県、北海道)の地域経済を直接的に押し上げる。 SMRが2030年代に商業化されれば、立地候補地は北海道、東北、山陰、北陸など電力需要が伸びるデータセンター集積地と連動する形で再編される。 地域メディア・地元紙にとっては、原子力・再エネ・蓄電・水素のローカル経済への波及を追うエネルギー専門記者が、向こう5年で希少人材化する。
第五に、編集・コンテンツ業界の論点提示である。 「エネルギーセキュリティと脱炭素の両立」「原発の世代交代と廃炉技術」「データセンターと原子力の直接契約」「SMRと地域共生」はいずれも10年スパンの構造論点だ。 TechCreateのような専門メディアは、AI・スタートアップ・エネルギーを横断する論点で独自取材を組み立てられる時期に入った。 特にデータセンター×原子力×AI企業の取材は、業界横断の独自インサイトを生む。
第六に、投資家・LP・ファミリーオフィスの資金フローへの含意だ。 2024〜2026年で原子力関連株は2〜3倍の上昇を記録し、グリーン投資マネーは再エネ単独から「低炭素電源全般」へと枠を広げた。 Cameco、Constellation Energy、Sempra Energy、NextEra Energy、Vistraといった米国の発電・燃料企業の株価動向、NuScale Power、Oklo、BWXTといったSMRスタートアップのIPO・資金調達、ウラン鉱山セクターの動きはいずれもポートフォリオ構築の論点となる。 日本のVC・PE・コーポレートVCは、エネルギー領域への投資テーマを2026年下期に組み直す好機を迎えている。
今後の見通し
注目すべき3つの日程と論点がある。
ひとつ目は、Iran戦争の停戦交渉とホルムズ海峡再開のタイミングだ。 仮にトランプ・習近平サミット後に多国間枠組みでの停戦が進めば、Brent原油は90ドル台、LNG価格も2025年並みに落ち着く。 逆に長期化すれば、エネルギー転換投資は加速するが短期コストは高止まりする。 2026年下期から2027年の事業計画は、原油60〜80ドル、80〜100ドル、100ドル超の3シナリオで組み立てるべきだ。
ふたつ目は、日本のGX政策見直しとエネルギー基本計画である。 2026〜2027年に第7次エネルギー基本計画の議論が本格化し、原発の比率、再エネの上限、LNGの位置づけ、SMRの政策的扱いが焦点となる。 Citizens' Nuclear Information Center、trade.gov Japan Civil Nuclear Powerなどの一次資料を並読することで、政策議論の方向性を先取りできる。
みっつ目は、SMRの世界市場とサプライチェーンの形成だ。 NuScale Power、X-energy、Rolls-Royce SMR、Holtec、BWXT、TerraPower、KHNP、CGNなどはいずれも2028〜2032年に最初の商業運転を目指す。 日本企業(東芝、三菱重工、IHI、日立、川崎重工、丸紅、双日、三井物産)は、これらのプロジェクトに資本参加・部品供給・建設パートナーで関与する戦略を加速中だ。 World Nuclear Association SMR Trackerは、世界の進捗状況をプロジェクト単位で追える有用な情報源である。
加えて、日本独自の論点として、廃炉ビジネスと核燃料サイクルがある。 福島第一の廃炉、もんじゅの廃止措置、再処理工場の運転、最終処分場の選定はいずれも10〜30年スパンの大型プロジェクト群だ。 これらは原子力エンジニア、放射線管理士、機械設計、土木建築、IT/AIの広い人材需要を生む。 2030年代の原子力ルネサンスを支える人材育成は、教育機関と業界団体の協働で2026年から本格化させるべきテーマである。
そしてエネルギー転換は地政学とも連動する。 ウラン供給はカザフスタン、カナダ、オーストラリア、ナミビアに集中し、濃縮はロシア・米国・欧州が主要拠点だ。 中国のCNNC、ロシアのRosatomがSMR・大型炉の輸出競争で米国・フランス・韓国と激しく競っている。 日本の素材・装置・建設・電力各社は、独自技術と国際協業のバランスをどう設計するかが、2030年代のグローバル原子力市場での地位を決める。
そして原発ルネサンスは安全規制の信頼性回復とも不可分だ。 日本では原子力規制委員会の審査長期化、新規制基準への適合性、立地自治体との合意形成、避難計画の実効性のいずれも、再稼働の障壁として残る。 Citizens' Nuclear Information Centerが示す市民社会側の論点も含めて、推進派・慎重派の議論を公的な場で深める必要がある。 SMR時代に向けた新規制基準の策定、許認可プロセスの透明化、廃炉と最終処分のロードマップ提示——いずれも2026〜2028年の政策議論の主軸である。 編集・メディアの役割は、両論を整理しつつ事実ベースで読者に判断材料を提供することにある。 TechCreateとしても、エネルギー政策・原子力技術・地域経済を横断する取材を、向こう12カ月の重点企画として位置づけたい。
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