「石炭が止まった」という現実
ビサヤス系統での停電の直接原因は、石炭火力発電所の計画外停止だ。
トランスアジア石油とエネルギー社が運営するTVI系統1号機(130MW)が急停止し、フィリピン・ドゥマゲッテエネルギー社(PDEC)の三機(合計約200MW相当)も稼働を落とした。いずれも事前予告のない停止で、発電事業者からNGCPへの連絡は緊急通報という形になった。
ビサヤス全体の電力需要は、九月五日のピーク時に2,504MWに達した。一方で確保できた供給力は2,233MWにとどまり、271MWの不足が生じた。
271MWという数字は一見小さく見えるかもしれない。しかし電力系統の実態では、需給ギャップが10%を超えると周波数が不安定化し、連鎖的な大規模停電が起きるリスクが高まる。NGCPはこの不足分をセブ・パナイ・ネグロスの各島における地区別輪番停電で吸収した。
ビサヤスに「赤信号」が点いた三日間
電力系統運用センターが「レッドアラート」を出す条件は、回転予備力がゼロを下回った状態だ。
回転予備力とは、突発的な発電機の脱落が起きたときに瞬時に補える余力を指す。この余力がゼロになると、次の故障が重なった瞬間に系統全体が不安定化する。三日間その状態が続いたことになる。
ビサヤスでの三日連続レッドアラートは、二〇二四年のエルニーニョによる需要急増期以来とされている。当時は気温の急上昇でエアコン需要が跳ね上がった結果だったが、今回は設備と燃料調達の問題が重なった点で性質が異なる。
フィリピン電力監督委員会(ERC)のモニカ・アドラド議長は発電業者に調査への協力を求め、「計画外停止が連続する状況は容認できない」と述べた。エネルギー省のパーシー・ラポサン大臣は九月六日に緊急会議を召集し、停止中プラントの早期復旧と代替供給の確保を発電事業者に指示した。
石炭依存という構造の問題
フィリピンは発電の約50%を石炭火力に依存している。
この比率はASEAN主要国のなかでも高い水準だ。政府は再生可能エネルギーへの移行方針を掲げているが、新規設備の建設と系統連系には数年単位の時間がかかる。二〇二六年現在、その構造転換はまだ途上にある。
今回停止した発電機のなかには、燃料調達の遅れが停止原因の一因として報告されているものがある。石炭の国際価格は二〇二六年に入って高止まりしており、中東の地政学的緊張が輸送コストにも影響を与えている。
アジア向けの石炭輸送は、ホルムズ海峡やアデン湾周辺を経由するルートが多い。この地域での緊張が高まると、輸送船の保険料が上がる。それが産地での石炭コストに上乗せされ、最終的に発電コストに波及する構造だ。フィリピンのある業界関係者は「燃料費の上昇が計画外停止を誘発しやすい環境をつくっている」と述べた。
停電が積み重ねるコスト
フィリピンでは電力料金が家計に占める割合が高い。
マニラ電力(メラルコ)のデータでは、一般家庭の月平均電力料金はここ一年で約12%上昇している。今回の停電はビサヤス圏内に直接影響するが、系統全体のコスト調整を通じて他地域への波及も起きうる。
停電の間、中小企業は自前の発電機に頼るしかない。セブのITパーク内に入居する企業では、非常用発電機の燃料費が一日あたり数万ペソに達したとの声が複数上がっている。食品加工業者では冷蔵設備の温度管理に支障が出た例もある。
フィリピンの八月消費者物価指数は前年比3.2%の上昇で、エネルギー関連品目がその押し上げに寄与している。停電による追加コストは、すでに圧迫されている家計と零細事業者にさらに重なった。
次に注目すべきこと
マルコス大統領の今回の対応は、国家電力公社への説明要求にとどまっている。
直近の焦点は、停止したプラントがいつ、どの程度の容量で復旧するかだ。TVI系統1号機の停止が長引けば、乾期移行期前の十月にも同様の警報が出やすい環境が続く。
エネルギー省が推進する国内LNG(液化天然ガス)受入基地は、本格稼働が二〇二七年以降の見込みだ。当面の不足を埋める手段としては、既存設備の定期点検の前倒しと燃料の早期手配が現実的な選択肢になる。
国会エネルギー委員会は九月会期内に公聴会を予定しており、発電業者の停止責任の扱いと制度上の罰則の議論が行われる見通しだ。
まとめ
- ビサヤス地方で九月三日から三日間連続のレッドアラートが発令され、2,504MWの需要に対し供給が2,233MWにとどまった
- 石炭火力プラントの計画外停止が主因で、マルコス大統領は国家電力公社に緊急対応を命じた
- 石炭依存の構造と中東起因の燃料調達コスト上昇が背景にあり、停電は中小企業と家計に追加コストをもたらした
出典・参考
- Philippine Daily Inquirer(2026年9月5〜7日)
- BusinessWorld Philippines
- フィリピン電力監督委員会(ERC)発表
- フィリピンエネルギー省発表(2026年9月6日)
- NGCPシステム報告



