2026年3月19日、米司法省がSuper Micro Computerの共同創業者Yih-Shyan Liawら3名を、25億ドル(約3,750億円)相当のNVIDIA AIチップを中国へ不正輸出した容疑で起訴した。マンハッタンの連邦裁判所で起訴状が公開され、AI半導体を巡る米中対立の最前線が露呈した。
起訴された3名——共同創業者、営業、ブローカー
| 氏名 | 年齢 | 役職・役割 | 罪状 |
|---|---|---|---|
| Yih-Shyan Liaw | 71歳 | Super Micro共同創業者・上級副社長・取締役 | マネーロンダリング共謀、制裁法違反 |
| Ruei-Tsang Chang | 53歳 | 台湾オフィスの営業マネージャー | 輸出管理規則(EAR)違反 |
| Ting-Wei Sun | 44歳 | 第三者ブローカー・「フィクサー」 | マネーロンダリング、制裁法違反 |
Liawは1993年にCharles Liangと共にSuper Microを設立した同社の「もう一人の創業者」だ。取締役会メンバーとしての影響力を利用し、社内の出荷プロセスを操作していたとされる。
密輸の手口——監視カメラが捉えた偽装工作
起訴状が描く密輸スキームは、驚くほど組織的だ。
| 段階 | 手口 | 詳細 |
|---|---|---|
| 1. 発注偽装 | ペーパーカンパニー経由で発注 | 東南アジア(マレーシア・シンガポール)に設立したダミー企業を最終需要者として登録 |
| 2. 書類偽造 | エンドユーザー証明書を捏造 | 最終目的地が中国であることを隠蔽 |
| 3. 物理的偽装 | ラベル剥がし・再梱包 | 監視カメラに、ドライヤーでラベルを剥がしダミーのシリアル番号を貼付する様子が記録 |
| 4. 資金洗浄 | 複数口座経由の送金 | 台湾・香港・シンガポールの口座を経由して資金を分散 |
25億ドルの規模感——米中チップ戦争の最大級の事件
25億ドルは、米国の輸出管理違反事件として過去最大級の規模だ。比較するとそのインパクトが分かる。
| 事件 | 規模 | 年 |
|---|---|---|
| Super Micro事件(今回) | 25億ドル | 2026年 |
| ZTE制裁(罰金) | 11.9億ドル | 2017年 |
| Huawei CFO逮捕(関連取引額) | 非公開 | 2018年 |
| Seagate制裁(Huawei向けHDD) | 3億ドル(罰金) | 2023年 |
密輸されたのはNVIDIAの最先端AIチップ(A100/H100級)を搭載したサーバーで、中国のAI開発能力に直結する戦略物資だ。米国は2022年10月以降、段階的にAIチップの対中輸出規制を強化してきた。
輸出規制の時系列——なぜここまで厳しくなったのか
| 時期 | 措置 |
|---|---|
| 2022年10月 | バイデン政権がA100/H100級チップの対中輸出を制限 |
| 2023年10月 | 規制を拡大。性能閾値を引き下げ、東南アジア経由の迂回も対象に |
| 2025年1月 | AI拡散規制。120以上の国へのGPU輸出に許可制度を導入 |
| 2025年5月 | トランプ政権がさらに規制強化。第三国経由のルートを封鎖 |
Super Microの企業リスク——過去の会計スキャンダルとの重複
Super Microにとって、これは初めてのスキャンダルではない。2024年8月にはヒンデンブルグ・リサーチのショートレポートで会計不正を指摘され、監査法人EYが辞任。SEC調査とNASDAQ上場廃止の危機に直面した。今回の起訴は、再建途上の同社に追い打ちをかける形となった。
報道を受けてSuper Micro株は約30%暴落。同社は「捜査に全面協力している」と声明を出したが、共同創業者が取締役として関与していた事実は、ガバナンスの根本的な問題を示している。
「抜け穴」はまだ塞がっていない
今回の事件が示しているのは、輸出規制の「抜け穴」を利用した迂回輸出が水面下で広がっている現実だ。東南アジアへのNVIDIAチップ出荷量は2023年以降急増しており、その一部が中国に再輸出されている疑惑は以前から指摘されていた。
AI覇権競争が激化するほど、チップの「闇市場」の価値は高まる。規制の強化とイノベーションの自由——その境界線を、25億ドルの事件が問い直している。
中国のAIチップ需要——密輸を生む「乾き」
今回の密輸事件の背景には、中国のAIチップに対する巨大な需要がある。Bernsteinの推計では、中国のAIチップ需要は2025年で約395億ドルに達し、AI関連の設備投資は980億ドル規模に膨らんでいる。
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 中国のAIチップ需要(2025年) | 約395億ドル |
| 中国のAI設備投資(2025年) | 約980億ドル |
| NVIDIA H20の中国向け出荷(2024年) | 100万個以上 |
| 中国の国産チップ比率(2024年) | 10%未満 |
| 中国の国産チップ比率目標(2026年) | 30-40% |
NVIDIAは規制準拠の低性能版チップ(H20)を中国に合法的に販売しているが、A100/H100級の最先端チップへの需要は正規チャネルでは満たされない。この「供給ギャップ」が密輸ビジネスを生む構造的要因だ。
Super Microの企業ガバナンス——繰り返されるスキャンダル
Super Microにとって今回は初めてのスキャンダルではない。むしろガバナンスの構造的欠陥を示すパターンだ。
| 年 | 事案 | 結果 |
|---|---|---|
| 2006年 | イランへの間接的なマザーボード輸出で米制裁法違反 | 罰金 |
| 2018年 | 財務報告書の未提出でNASDAQ一時上場廃止 | 再上場 |
| 2020年 | SECが2億ドル超の不正収益認識を指摘 | $1,750万の和解金 |
| 2024年 | Hindenburg Researchが会計操作と制裁回避を指摘。監査法人EY辞任 | 株価暴落、調査中 |
| 2026年 | 共同創業者が$25億のチップ密輸で起訴 | 株価30%暴落 |
特に問題なのは、2020年にSEC和解した後、不正に関与した幹部を3ヶ月以内に再雇用していた事実だ。企業統治の自浄作用が機能していない。
ロシアのウクライナ侵攻以降、Super Micro部品のロシア向け輸出が約3倍に急増していたとHindenburg Researchが指摘している。同社のガバナンス問題は、単一の事件ではなく構造的なものだ。投資家にとっては、AIブームに乗る高成長企業の裏に潜むリスクを再認識させる事例と言える。
他の密輸事件——広がる「抜け穴」ビジネス
Super Micro事件は氷山の一角に過ぎない。2024年だけでBIS(商務省産業安全保障局)は中国向け輸出管理違反で15件の刑事事件を追及した。
| 事件名 | 規模 | 手口 |
|---|---|---|
| シンガポール「Luxuriate Your Life」事件 | 3.9億ドル | Dell/Super MicroサーバーをマレーシアでNVIDIA GPU搭載→中国へ |
| Alan Hao Hsu事件 | 1.6億ドル | H100/H200 GPUを直接密輸。有罪答弁 |
| フロリダ・フロント企業事件 | 1.6億ドル | 4人がダミー企業経由でNVIDIAチップを中国に出荷 |
IEEPA(国際緊急経済権限法)違反の最高刑は懲役20年と100万ドルの罰金。EAR違反の民事制裁金は1件あたり37万4,474ドルまたは取引額の2倍のいずれか大きい方だ。Super Micro事件の25億ドルの規模を考えれば、罰則の重さは想像に難くない。
出典: CNN, Bloomberg, CNBC, Fortune, 米司法省起訴状