米司法省は2026年3月19日(現地時間)、スーパーマイクロ・コンピューター(Super Micro Computer)の共同創業者イー・シャン・リョウ(Yih-Shyan Liaw、通称「ウォーリー」)氏と、同社台湾オフィス勤務のルエイ・ツァン・チャン(Ruei-Tsang Chang、通称「スティーブン」)氏、ティン・ウェイ・サン(Ting-Wei Sun、通称「ウィリー」)氏の3名を、輸出管理法違反・密輸・政府詐欺の共謀罪で起訴した。リョウ氏はカリフォルニア州で逮捕後に保釈。チャン氏は現在も逃走中とされる。
ドライヤーでシール番号を剥がす——巧妙な密輸スキーム
起訴状によれば、3名はNvidiaの高性能GPU搭載サーバー計25億ドル相当を、東南アジアに拠点を置く企業を経由してリルート。そのうち約5億1000万ドル分が、輸出規制の対象となる製品として最終的に中国へ届けられたとされる。
手口は巧妙だった。監視カメラ映像には、サンらが本物のサーバーからシリアルナンバーのシールをドライヤーで熱して剥がし、ダミーの筐体に貼り替えて再梱包する様子が映っていた。この偽サーバーは後に米商務省が実施した監査でも検出を逃れたとされる。
NVIDIAの立場——「知らなかった」は通用するか
今回の事件で名前が繰り返し挙がるのがNVIDIAだ。密輸されたのはNVIDIA製のB200およびH200 GPUを搭載したサーバーであり、NVIDIAは事件の直接的な当事者ではないものの、サプライチェーン管理の責任が問われる局面にある。
NVIDIAは声明で「輸出規制を完全に遵守している」と述べ、転売や不正流通は「販売先企業の責任」であるとの立場を取っている。法的にはこの主張は妥当だ。NVIDIAは正規の販売先に対してGPUを出荷しており、その先で何が起きるかを完全に管理することは事実上不可能だ。
しかし、規制当局の視線は厳しくなっている。米商務省は2025年後半から「Know Your Customer(KYC)」ルールをAI半導体にも適用する方針を打ち出し、メーカーに対して最終ユーザーの把握義務を強化しつつある。NVIDIAは年間数十億ドル規模のGPUを世界中に出荷しており、すべてのエンドユーザーを追跡することのコストとフィージビリティが業界全体の課題になっている。
中国のAI開発への影響——規制は本当に効いているか
密輸事件の裏には、中国のAI開発需要の旺盛さがある。米国の輸出規制にもかかわらず、中国のAI企業は代替手段を模索し続けている。
Huaweiは自社開発のAIアクセラレーター「Ascend 910B」の量産を進め、NVIDIAのA100に匹敵する性能を主張している。しかし業界の評価では、ソフトウェアエコシステム(CUDAなど)の成熟度においてNVIDIA製品との差は依然として大きい。このギャップが、中国企業にとってNVIDIA製GPUの「闇市場」需要を生み出す構造的な要因になっている。
密輸のリスクは、AI半導体の需要が供給を大幅に上回っている限り消えない。規制の強化は必要だが、それだけでは根本的な解決にならない。米国が技術優位を維持しながら、中国の不正取得を防ぐという二律背反の課題に、政策立案者はまだ明確な答えを見出せていない。
AI半導体規制の実効性に疑問符
バイデン政権以降、米政府はNvidiaのH100やA100を筆頭とするAI半導体の中国への輸出を厳しく規制してきた。今回の事件は、規制の「抜け穴」が依然として機能していることを示す事例として、テック業界と政策立案者の双方に衝撃を与えた。
スーパーマイクロはすでに2023〜2024年にかけて、会計不正疑惑や上場廃止の危機に直面していた経緯がある。企業の取締役がこのレベルの刑事訴追を受けるのは、テック業界では異例中の異例だ。共同創業者の起訴を受け、リョウ氏は取締役会から退任。同社株は起訴翌日の3月20日に33%急落した。
今回の事件は、AI半導体の地政学的重要性がかつてないほど高まっていることを示している。NVIDIAの最先端GPUは、単なる商品ではなく「戦略物資」として扱われるようになった。1基数万ドルのGPUが、核兵器関連技術と同等の輸出管理の対象になっているという事実は、AIが国家安全保障の中核に位置づけられていることの証左だ。
日本企業にとっても対岸の火事ではない。東京エレクトロンやSCREENホールディングスなど、日本の半導体製造装置メーカーも米国の対中輸出規制に協調する立場にある。サプライチェーンのいずれかの段階で規制違反が発生した場合、日本企業が巻き込まれるリスクは十分に存在する。
米司法省は声明で「輸出規制の執行は引き続き最優先事項」と強調しており、今後も同様の摘発が続く可能性が高い。
実際、BIS(産業安全保障局)は2026年に入ってから輸出管理違反の摘発チームを40%増員したとされている。さらに、AIを活用したサプライチェーン監視システムの導入も進んでおり、貿易データの異常パターンをリアルタイムで検出する能力を強化している。
中国側の対応も注目に値する。中国政府は米国の輸出規制に対抗して、レアアース(ガリウム、ゲルマニウムなど)の輸出制限を強化してきた。これらの素材は半導体製造に不可欠であり、「あなたがチップを売らないなら、私たちは素材を売らない」という報復の構図が形成されつつある。米中間のテクノロジー・デカップリング(技術的分離)は、一企業の密輸事件を超えた構造的なリスクとして、サプライチェーン全体に影を落としている。
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