インクジェット技術を活用した次世代プリント基板(PCB)製法を開発するエレファンテックが、三菱電機を引受先としたシリーズFラウンドで40億円の資金調達を実施した。2026年3月12日に発表され、同時に両社間の事業提携契約も締結された。
「SustainaCircuits」——引き算の製造革新
エレファンテックの独自技術「SustainaCircuits」は、従来のPCB製法を根本から転換するものだ。従来の製法では銅箔を基板全体に貼り付けた後、不要部分をエッチング(溶解除去)する。これに対し、SustainaCircuitsは必要な箇所にのみナノインクで金属を印刷するアディティブ製法を採用する。
この方式により、製造工程におけるCO2排出量を約75%、水の使用量を約95%、銅使用量を約70%削減できるとされている。環境負荷の低減と製造コストの削減を同時に実現する点が評価されている。
三菱電機との協業で量産体制へ
三菱電機は2023年5月にコーポレートベンチャーキャピタルファンドを通じてエレファンテックに初期出資しており、今回は追加出資となる。両社の提携では、エレファンテックのナノインク技術と三菱電機の装置開発・製造能力およびグローバル顧客基盤を組み合わせ、PCBメーカーへの印刷装置の製造・販売体制を強化する。
環境規制と市場機会
EU圏では、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)の施行に伴い、サプライチェーン全体のカーボンフットプリント開示が大企業に義務化された。PCBはほぼすべての電子機器に使われるため、PCB製造工程のCO2排出量はエレクトロニクスメーカーのESGスコアに直結する。SustainaCircuitsの採用は、PCBメーカーにとって単なるコスト削減ではなく、大口顧客(Apple、Samsung、ソニーなど)のESG要件を満たすための「必須条件」になりつつある。
日本のPCB産業も転換点を迎えている。日本はかつて世界のPCB生産の40%以上を占めていたが、2025年時点ではシェアが約10%に低下し、中国・台湾・韓国に主要市場を奪われた。コスト競争で劣位に立たされた日本のPCBメーカーにとって、SustainaCircuitsのような先端技術の導入は差別化の重要な手段だ。環境性能で付加価値を高め、価格競争ではなく技術競争で勝負するという戦略は、日本の製造業全体に通じる生存戦略でもある。
ディープテックのスケールアップ戦略
エレファンテックのケースは、日本のディープテックスタートアップが大手メーカーとの資本業務提携を通じてスケールアップを図る典型的なモデルと言える。半導体やPCB製造は設備投資が重く、単独での市場開拓は困難だ。三菱電機のブランドと販売網を活用することで、国内外のPCBメーカーへの導入が加速する見通しとなっている。
PCB市場の構造と課題
世界のプリント基板(PCB)市場は2026年に約900億ドル規模に達し、5G、EV、AIサーバーの需要拡大に牽引されて年率6%前後で成長している。しかし製造プロセスは数十年間ほとんど変わっておらず、エッチング方式は大量の水と化学薬品を消費する環境負荷の高い工程だ。EUのRoHS指令やREACH規制の強化、さらにはサプライチェーンのカーボンフットプリント開示義務(CSRD)の導入により、PCBメーカーには環境負荷低減への圧力が急速に高まっている。
エレファンテックのSustainaCircuitsが注目される理由は、「環境に良い」だけでなく「コストも安い」からだ。従来のエッチング方式では、使用する銅の70%以上が廃棄される。アディティブ製法では必要な箇所にのみ金属を印刷するため、材料コストが大幅に削減される。さらに、エッチング液の廃液処理コストも不要になる。製造コストの削減と環境負荷の低減が両立する点が、SustainaCircuitsの最大の価値提案だ。
ディープテックスタートアップの資金調達戦略
エレファンテックのシリーズFラウンドで三菱電機1社からの40億円という調達スキームは、日本のディープテックスタートアップの資金調達パターンとして示唆に富む。ソフトウェアスタートアップであれば複数のVCからの調達が一般的だが、ハードウェア・製造技術系のスタートアップでは、事業シナジーのある大手メーカーからの戦略的投資が重要な選択肢となる。
三菱電機にとってのメリットは明確だ。自社のFA(ファクトリーオートメーション)事業と組み合わせて、PCBメーカー向けのソリューション(ナノインク印刷装置+製造ライン制御システム)を一括提供できる。エレファンテックにとっても、三菱電機のグローバル営業網(売上高約5兆円、海外売上比率50%以上)を活用できるメリットは大きい。
しかし、単一の戦略投資家への依存はリスクも伴う。三菱電機の事業戦略が変わった場合、エレファンテックの成長戦略全体が影響を受ける可能性がある。ディープテックスタートアップにとって、戦略パートナーとの密接な関係と独立性のバランスをどう取るかは、長期的な経営判断の核心だ。
累計の資金調達額はシリーズFで100億円を超えたとみられ、日本のディープテックスタートアップとしてはトップクラスの規模だ。創業から10年以上を経ての大型調達は、ディープテックの「長い谷(Valley of Death)」を乗り越えるための資金力の重要性を示している。
起業家への示唆
エレファンテックの事例から得られる最大の教訓は、「環境価値が経済価値に転換する時代」が到来していることだ。CO2排出量の75%削減、水使用量の95%削減という数字は、単なるCSR(企業の社会的責任)の話ではない。規制要件(EU CSRD、カーボンボーダー調整メカニズム)を満たすための事業上の必須条件であり、顧客企業のサプライチェーン選定基準に直結する。
ディープテックスタートアップが大手メーカーと資本業務提携を結ぶ際のポイントは、「技術のライセンス供与」ではなく「共同で市場を開拓するパートナーシップ」として設計することだ。エレファンテックと三菱電機の提携は、単なる出資や技術供与にとどまらず、装置の共同製造と販売という実業レベルの協業に踏み込んでいる。この「深い提携」が、ディープテックのスケールアップにおける一つのモデルケースとなりうる。
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