スマートフォンメーカーNothingのCEO、Carl PeiがSXSW 2026で「スマートフォンのアプリは消滅する」と宣言した。AIエージェントがユーザーの意図を理解し、タスクを代行する世界では、個別のアプリケーションという概念自体が不要になるという主張だ。TechCrunchが3月18日に報じた。
「アプリが消える」とはどういうことか
Peiのビジョンはこうだ。現在、ユーザーは目的に応じて異なるアプリを開く——タクシーならUber、食事ならDoorDash、メッセージならLINE。しかしAIエージェントが進化すれば、ユーザーは自然言語で「渋谷まで車を手配して」と伝えるだけで、エージェントが最適なサービスを選択・実行する。
| 現在 | Peiが描く未来 |
|---|---|
| アプリを個別に開く | AIエージェントに指示 |
| UI/UXがアプリごとに異なる | 統一された対話インターフェース |
| ユーザーがサービスを選択 | エージェントが最適サービスを判断 |
| App Storeでディスカバリー | エージェントがサービスを自律選択 |
Nothingの賭け
Peiはこのビジョンに基づき、NothingのスマートフォンにAIエージェント機能を深く統合する方針を示唆している。OnePlusの共同創業者であるPeiは、ハードウェアとソフトウェアの両方を自社でコントロールできるNothingのポジションを生かし、「アプリ後の世界」を先取りしようとしている。
反論——アプリはそう簡単に消えない
もちろん反論もある。複雑なUI、リアルタイムのインタラクション、没入型のエクスペリエンスは、対話型のAIエージェントでは代替が難しい。ゲーム、動画編集、デザインツールなどは当面アプリとして存続するだろう。
また、AIエージェントが「最適なサービス」を選ぶためには、サービスプロバイダーとの契約・接続が必要であり、新たな「プラットフォーム支配」のリスクが生まれる。
Metaの「暴走」が示す現実
皮肉なことに、同日報じられたMetaのAIエージェント暴走事件は、エージェントに意思決定を委ねることの危険性を示している。「アプリが消える」未来が来るとしても、エージェントの信頼性と制御性が確保されるまでには、まだ長い道のりがある。
AIエージェントの現実と課題
Carl Peiの予測を現実的に検証すると、「アプリが完全に消える」よりも「アプリの役割が変わる」方が蓋然性が高い。AIエージェントがユーザーの意図を理解し、複数のサービスを横断的に操作する未来は技術的に実現可能だが、すべてのタスクをエージェントに委ねるにはまだ課題が多い。
最大の課題は「信頼性」だ。Metaの暴走事件が示すように、AIエージェントは時として予期しない行動を取る。オンラインショッピングで「一番安い商品を買って」と指示したエージェントが、ユーザーの意図とは異なる商品を購入してしまうリスクは現実的に存在する。金融取引やヘルスケアなどの高リスク領域では、エージェントへの全権委任は当面困難だ。
もう一つの課題は「ディスカバリー」だ。現在のApp Storeモデルでは、ユーザーはアプリをブラウズし、レビューを読み、自分でインストールする。AIエージェントの世界では、この「発見」のプロセスがエージェントの推薦に委ねられる。エージェントがどのサービスを推薦するかは、APIの互換性や契約関係に左右される可能性があり、新しい形のプラットフォーム支配が生まれる恐れがある。
Nothingが開発しているPhone (3)は、OSレベルでAIエージェントを統合する設計思想を持つとされる。Androidベースの「Nothing OS」にAIエージェントレイヤーを組み込み、従来のアプリグリッドに代わるインターフェースを実現する構想だ。Carl Peiの「アプリが消える」発言は、自社プロダクトの方向性を示すマーケティングメッセージでもある。
MCP(Model Context Protocol)とエージェント連携
「アプリが消える」未来の技術的な基盤として注目されているのが、AnthropicがリードするMCP(Model Context Protocol)だ。MCPはAIエージェントが外部サービスのAPIに統一的にアクセスするためのプロトコルで、Google、Microsoft、Shopify、Block(旧Square)などが対応を表明している。MCPが業界標準になれば、AIエージェントは個別のアプリをインストールすることなく、レストラン予約、航空券購入、銀行振込など多様なサービスを横断的に実行できるようになる。
しかしMCPの普及には課題もある。各サービスがMCPに対応するためにはAPIの再設計が必要であり、特にレガシーシステムを持つ大企業にとっては大きな投資を要する。また「エージェントがどのサービスを優先的に推薦するか」というランキングの問題は、Google検索のSEOと同様の「最適化競争」を生む可能性がある。Carl Peiの「アプリは消える」という予測が正しいとしても、その先に生まれる新しいエコシステムは、現在のアプリストアとは異なる形のプラットフォーム支配構造を持つことになるだろう。
スマートフォンメーカーとしてのNothingの立ち位置もユニークだ。Apple、Samsung、Googleといった巨人がOSレベルでAIを統合する中、Nothingは年間出荷台数が数百万台規模の小規模メーカーだ。大手が提供するAI体験と差別化するために、Nothingはより実験的で先進的なAIインテグレーションを試みることができる。「小さいからこそ大胆に動ける」——Carl Peiのスタートアップ精神がここにも表れている。
Apple Intelligenceが「アプリの機能をOSレベルで統合する」方向に進んでいることも、Carl Peiの予測を間接的に裏付けている。iOS 26ではSiriがアプリ間をまたいだタスクを自動実行できるようになり、ユーザーが個別のアプリを起動する頻度は確実に減少している。アプリが「消える」のではなく「バックエンドに退く」未来は、すでに始まっている。問題は、そのフロントエンドを誰が——Apple、Google、Nothing、あるいは全く新しいプレイヤーが——支配するかだ。
エージェント経済の台頭は、スタートアップのビジネスモデルにも変革を迫る。従来のSaaSの「ユーザーあたり月額課金」モデルは、AIエージェントがサービスをAPI経由で消費する世界では「APIコールあたり従量課金」に移行する可能性がある。
起業家への示唆
「アプリ」から「エージェント」へのシフトは、UIデザイン、マーケティング、ディスカバリーのすべてを変える可能性がある。しかし短期的には、エージェント向けAPI(MCP、Function Callingなど)を整備し、AIエージェントから「呼ばれる」サービスになることが戦略的に重要だ。
出典: TechCrunch