なぜSoftBankが電池を作るのか
一見すると「通信企業がなぜ電池製造に乗り出すのか」と思うかもしれない。 しかし背景を理解すれば、これは極めて論理的な事業判断だ。
SoftBankは昨年、堺市の旧Sharp工場を取得し、OpenAIと共同開発したAIエージェント向けデータセンターとして活用する計画を公表していた。 問題は電力だ。 AIの学習・推論に必要な電力は、既存の電力インフラが想定していた需要をはるかに超えており、電力会社からの安定供給だけでは不十分なケースが増えている。
Big Tech 4社の2026年のAIインフラ投資が7,250億ドルに達するなか、電力確保はAIビジネスの競争力そのものに直結している。 SoftBankはデータセンターの電力を「外部依存」から「自給」へと転換しようとしているわけだ。
亜鉛ハロゲン電池とは何か
今回の技術の核心は「亜鉛ハロゲン電池(Zinc-Halogen Battery)」だ。 これは従来のリチウムイオン電池とは大きく異なる特性を持つ。
リチウムイオンとの比較
| 特性 | リチウムイオン | 亜鉛ハロゲン |
|---|---|---|
| 電解液 | 可燃性有機溶媒 | 純水 |
| 発火リスク | あり | 極めて低い |
| 原料コスト | 高(リチウム・コバルト) | 低(亜鉛は豊富) |
| エネルギー密度 | 高い | 中程度(改善中) |
| 適用規模 | 小〜中型 | 大規模据置型 |
亜鉛ハロゲン電池の最大の利点は「純水を電解質として使う」ことによる安全性の高さだ。 データセンターでの利用において、リチウムイオン電池の発火リスクは常に懸念事項だったが、亜鉛ハロゲン電池はこのリスクを根本から排除できる。
パートナー企業は韓国の2社だ。 Cosmos Labが亜鉛ハロゲン電池セルの基盤技術を持ち、DeltaX Co.が関連材料・製造技術を提供する。
AX Factory・GX Factoryの役割分担
今回発表された2拠点の役割は明確に分かれている。
GX Factory(Green Transformation Factory) 次世代バッテリー・太陽光パネル等のグリーンエネルギー製品を製造する拠点だ。 亜鉛ハロゲン電池セルを大規模に製造し、まずSoftBank自社のデータセンターへ供給。 その後、電力グリッド向けステーショナリーバッテリーとして外部販売も視野に入れる。
AX Factory(AI Transformation Factory) AIデータセンターの運営とAIインフラハードウェアの製造拠点だ。 GPU・サーバーラックのアセンブリから、AIエージェントの運用管理インフラまで一体化する。
この垂直統合モデルは、AI時代に特有の「電力×計算資源×運用」をすべて一か所に集約するという野心的な構想だ。
エンジニア視点から見た技術的評価
エンジニアリングの観点からこのプロジェクトを評価すると、期待と課題が共存している。
技術的ブレークスルーの可能性
大規模据置型(ステーショナリー)バッテリーとしての亜鉛ハロゲン電池は、コストと安全性において有望だ。 特に100〜1,000MWhクラスの大規模電力貯蔵では、リチウムよりも経済的になる可能性がある。 データセンターの夜間充電・昼間放電サイクルへの適用が、最初の現実的なユースケースだ。
亜鉛は地球上に豊富に存在する元素であり、地政学的リスクが高いリチウムやコバルトに依存しない点も、エネルギー主権の観点から重要だ。
懸念点
製造の量産化は容易ではない。 Cosmos LabとDeltaX Co.はまだ量産実績の少ない企業であり、SoftBankが依存するサプライヤーとしてのリスクは小さくない。 また、初期稼働が2028年、量産が2029年という計画は、AIの電力需要の爆発とのタイムラグが大きい。 2026〜2027年の急拡大フェーズには間に合わない。
さらに、亜鉛ハロゲン電池のエネルギー密度はリチウムに比べてまだ低い。 大規模なGWhスケールで展開するためには、単体セルの性能改善が必要だ。
競合技術との比較
同時期に商業化を進める競合技術として、全固体電池(Toyota・Samsung等)、ナトリウムイオン電池(CATL・BYD)、液体金属電池(Ambri)がある。 これらとの比較で亜鉛ハロゲン電池がどのポジションを獲得できるかは、2030年代初頭まで見通しが難しい。
SoftBankが挑む「AIエネルギー主権」
SoftBankのこの動きは、日本が独自のAIインフラ基盤を構築しようとする「AIエネルギー主権」戦略の一環として位置づけることができる。
政府が1兆円規模の国産基盤モデル支援を計画し、SoftBankが電池製造からデータセンター運営まで垂直統合し、NTTが光電融合技術でAI向けインフラを整備する——この三者が連動することで、日本は外資依存のAI環境から脱却しようとしている。
Anthropicがコロッサス・SpaceX経由で22万GPUの計算資源を確保したのと同様に、日本でも「誰が計算資源と電力を握るか」が今後のテック産業の覇権を左右する。
この取り組みが成功すれば、亜鉛ハロゲン電池の大規模事業化を世界で初めて日本企業が実現するという意義がある。 日本の「素材・製造強国」としての強みが、AI時代のエネルギー問題解決に貢献する好例になりうる。
今後の注目点
2028年の初期稼働まで、どんな技術的ハードルが現れるかが最大の見どころだ。 製造コストの推移、韓国パートナーとの関係安定性、そして競合する次世代バッテリー技術との比較評価が焦点になる。
また、SoftBankの自社データセンター以外への外販が実現するかどうかも注目だ。 「電力×AIインフラ」の垂直統合が本格的なビジネスとして機能するとき、日本発の新たなAIインフラ企業が生まれる可能性がある。
あなたは亜鉛ハロゲン電池がリチウムイオンに置き換わる未来を現実的だと思うだろうか。
ソース:
- May 11, 2026 SoftBank Corp. Launches Gigawatt-Hour-Scale Battery Business — SoftBank公式発表(2026年5月11日)
- SoftBank to make next-gen zinc-halogen battery cells for AI data centers — ESS-News(2026年5月11日)
- SoftBank bets on battery building to back bit barns — The Register(2026年5月11日)
- SoftBank plans to make large-scale batteries for AI data centers — Japan Times(2026年5月11日)





