何が起きているのか——2度の延期の背景
最初の延期は「品質上の懸念」が理由とされた。 具体的には、拡張エージェントタスクでの過剰なトークン消費、長時間の多段階推論での性能が「旗艦モデルの水準」に達していないという問題が、初期の企業テスターからのフィードバックとして指摘された。
2度目の延期は、7月初旬の「第1週のGAを逃した」段階で事実上確定した。 7月6日時点で公開ベンチマークも価格設定もなく、Google公式の声明も出ていない。 建て付け上はまだ「7月GA」だが、第2週に入ってもGA発表がなければ、3度目の延期か「実質的なQA落第」という評価が定着する可能性がある。
人材流出という構造的問題
延期と同時進行しているのが人材流出だ。 Geminiの共同リードとして知られるNoam Shazeerをはじめ、4名のシニアAI研究者がOpenAIとAnthropicに移籍した。 これは単なる人材の損失ではなく、Geminiの開発哲学と優先順位に直接影響しうる変化だ。
ベンチャーキャピタリストの視点からは、「技術的優位は一時的、組織的優位は持続的」という原則が当てはまる。 Googleには計算資源(TPU群)、データ(Gmailや検索)、配布チャネル(ChromeやAndroid)という圧倒的な強みがある。 しかし、AIモデルの差別化が「誰が作るか」に依存する度合いが高まるにつれ、人材流出のリスクは投資家が従来よりも重視すべき変数となっている。
ベンチマーク競争との矛盾
皮肉なことに、Googleの現行モデルGemini 2.5 Pro Deep Thinkは好調だ。 GPQA Diamondで82.4%を記録し、Anthropicのシリーズの最高スコア(79.1%)を上回り、OpenAI GPT-5.5(76.3%)にも差をつけている。 MMLU-Proでも89.8%と業界トップ水準だ。
ならばなぜGemini 3.5 Proはこれほど苦戦しているのか。 答えの一端は、「ベンチマーク優位」と「エージェント実用性」のギャップにある。 科学的推論の静的ベンチマークでスコアが高くても、長時間自律タスクでの安定性、トークン効率、多ステップのエラー回復能力——つまり「エージェント用途に必要な能力」は、別途チューニングが必要だ。 Gemini 3.5 Proはここで躓いていると見られる。
AI競合環境の推移については、Claude Fable 5の詳細解説やAnthropicのClaude Science Workbenchも参照されたい。
投資家が見るべき「約束の価値」
「ビッグテックのGA発表を投資判断の材料にするな」というのは投資の世界での古い教訓だが、AIの文脈では特に重要になりつつある。 OpenAI、Google、Anthropicの3社は、2025〜2026年にかけて「発表日→実際の提供日」のギャップを何度も生み出してきた。
ただし、このギャップの「質」には違いがある。 OpenAIのGPT-5.5は遅延後にベンチマーク競争での優位を示した。 AnthropicのFable 5は輸出規制という外的要因による遅延だった。 GoogleのGemini 3.5 Proは、自社の品質基準を満たせないという内的要因による遅延だ——少なくとも表向きはそう説明されている。
内的要因による遅延は、「技術的誠実さ」の証拠として肯定的に評価することもできる。 しかし、連続した遅延は「技術的課題の過小評価」や「開発プロセスの問題」のシグナルとして読まれるリスクもある。
VC視点からの考察——GoogleのAI戦略の構造的ジレンマ
Googleにとって最大のジレンマは、AIモデル事業と検索・広告事業の利益相反だ。 Geminiが高度な自律タスクをこなせるエージェントになるほど、ユーザーが「Googleで検索する必要がなくなる」リスクが高まる。 この内部的な緊張が、開発の優先順位設定を複雑にしている可能性は否定できない。
GoogleのAI部門への投資額は毎年増加しており、2026年の設備投資計画は前年比50%増の700億ドル規模とされる。 しかし、投資規模と製品化スピードの乖離が続けば、「お金はあるが実行力に欠ける」という評価が市場で定着しかねない。
Gemini 3.5 Proが今月中にGAを果たし、エージェント性能での差別化を示せるかどうか。 Googleのブランド力に関わる重要なテストが、今まさに進行中だ。
今後の注目点——7月中GA発表なら巻き返しか
Googleにとって残された時間は少ない。 7月第2週にGA発表がなければ、「7月GA」という約束は3度目の延期となり、市場の信頼回復が一層難しくなる。 逆に、今週中にベンチマーク公開とGA日程を発表できれば、人材流出という逆風を「製品力」で押さえ込む形が整う。
特に注目されているのは、Gemini 3.5 ProがVertexAI上のエージェント用途でどこまでの性能を発揮するかだ。 AnthropicはClaude Codeを通じてエンジニア向けエージェントの地位を固めており(Claude CodeがAmazonとGoogleクラウドに対応した詳細)、Googleが同分野での競争力を示せるかが次の焦点となる。
ソース: