何が公開されたのか——「源内」の中身が全開示された
公開されたのは、大きく分けて2つのレイヤーだ。
ひとつは、政府職員が日々叩いているユーザー向けWebインターフェース「源内Web」。もうひとつは、その裏側で動く業務特化型のAIアプリの開発テンプレート群である。
興味深いのは、開発テンプレートが3大クラウド(AWS・Azure・Google Cloud)にまたがっている点だ。
政府がAIを作るとき、どの事業者のどの環境にも縛られないようにしている。言い換えれば「もし特定の事業者から調達を続けられなくなっても、乗り換え先のテンプレートはすでに用意してある」という備えに見える。
公開物はいずれもGitHubの公式リポジトリで取得できる。商用利用も可能、というのが今回のポイントだ。政府が税金で開発したものを、民間企業が自社サービスに組み込んでもいい、と明言している。
なぜ今、OSS化なのか——「同じものを全国で1700回作る」問題
背景には、日本の自治体と中央省庁の間に横たわる重複開発の問題がある。
1700を超える地方公共団体それぞれが、自前でAIチャットボットを発注し、別々のベンダーが似たようなRAGシステムを作り、別々の調達プロセスで予算を執行する。これは日本中で起きている光景だ。
デジタル庁は今回の公開目的について、次のように明言している。
地方公共団体や民間企業による類似AI基盤の重複開発を防ぎ、特定事業者への依存を低減しながら、各機関が主体的にAI基盤を運用・発展させることを実現する——。
| 観点 | OSS公開前 | OSS公開後 |
|---|---|---|
| 自治体のAI基盤調達 | ゼロから仕様書を書く | 「源内」を参照して調達 |
| 開発費用 | 各自治体で億単位 | テンプレ流用で大幅圧縮 |
| ベンダー依存 | 事業者のスタックに固定 | フォークして自前で運用可 |
| 機能追加の主導権 | 事業者側 | 発注者側・コミュニティ |
調達仕様書に「源内のOSSコードを参照・活用すること」と書けるようになると、発注のスタート地点が変わる。「ゼロから考えてください」ではなく「これをベースにカスタマイズしてください」になる。
18万人規模の実証と、並走する国産LLM 7モデル
源内のOSS公開と並んで走っているのが、もうひとつの巨大プロジェクトだ。
2026年度中に、全府省庁39機関・約18万人の政府職員が源内経由で生成AIを日常業務に使えるようにする。その基盤として試用するのが、国内15件の応募から選ばれた国産LLM 7モデルである。
| 提供元 | モデル名 |
|---|---|
| NTTデータ | tsuzumi 2 |
| カスタマークラウド | CC Gov-LLM |
| KDDI・ELYZA共同 | Llama-3.1-ELYZA-JP-70B |
| ソフトバンク | Sarashina2 mini |
| NEC | cotomi v3 |
| 富士通 | Takane 32B |
| Preferred Networks | PLaMo 2.0 Prime |
国内開発であること、行政実務への適合性、セキュリティ要件、学習データの法令順守、ガバメントクラウド上で動くこと——これらをクリアした7社が選ばれている。
2026年5月ごろから大規模実証が始まり、8月には国産LLMの試用が本格化する。2027年1月に評価結果の一部が公表され、4月からは優良モデルが正式に政府調達される流れだ。
つまり、OSS公開は単独のイベントではない。国産LLMを全府省庁に入れ、評価し、採用モデルを選別していく一連の動きの中で、その「器」となるコードを民間にも開放したということになる。
「永続メンテナンスは保証しない」——突き放した一文が意味するもの
今回のリリース文には、読み飛ばされがちだが重要な一文がある。
永続的なメンテナンスを保証するものではなく、将来的にOSSの公開を終了する場合がある——。
デジタル庁は、当面は技術的な問い合わせに対応し、メンテナンスも続けるとしている。だが、未来永劫維持する気はないと最初から宣言している。
これは、無責任なのではなく、むしろ健全な距離のとり方に見える。
政府がコードを書き、ずっと面倒を見続ける構造は、結局のところ政府への依存を別の形で再生産する。公開して、育てるのは民間とコミュニティに任せ、政府は自分が使うぶんだけ引き取る——という米国政府のOSS戦略に近いスタンスだ。
| 従来の行政システム | 源内OSSモデル |
|---|---|
| 政府が発注し、事業者が構築 | 政府がコードを公開、民間が拡張 |
| 改修は毎年の予算で都度調達 | フォークして自前で改修可 |
| ソースコードは事業者所有 | コードはパブリック、誰のものでもない |
| 終わるときは政府が終わらせる | コミュニティが残れば生き続ける |
突き放しているように見えて、コードそのものは民間が引き取れば長生きできる。その前提で公開されている。
自治体と民間、何が変わるか
このOSS公開が効いてくるのは、たぶん半年後から1年後だ。
すぐに起きるのは、都道府県や大規模自治体の情報システム課で「源内をベースにすれば、うちも自前でAI基盤を持てるのでは」という会話が始まることだろう。これまで数千万〜数億円の見積もりが飛んでいた案件が、エンジニアの人月と運用費だけで成立する可能性が出てくる。
民間側では、SIerやスタートアップにとって商機でもあり、脅威でもある。
自治体案件をパッケージで売る事業者は、「源内ベースのカスタマイズ」という競合商品と戦うことになる。一方で、源内を熟知したエンジニアを抱えるスタートアップには、自治体向けの構築支援という新しい市場が開ける。
小規模自治体や議会事務局など、これまでAI導入を諦めていた層にとっては、選択肢が増える。フォークしたコードをクラウドに置くだけで、法制度を参照するAIが動く——その手触りが手に入るのは大きい。
政府が作ったコードを、民間はどう育てるのか。
18万人の政府職員が毎日叩くインターフェースが、誰でも触れる場所に置かれた。このコードの次のコミットを押すのは、もう霞が関の中の人だけではない。
