アメーバピグのエンジニアは、メタバース時代をどう見るか──「あのサービスは、いま」第4回
2009年、サイバーエージェントが「アメーバピグ」を公開した。
ブラウザを開けば、いつでも自分のアバターがそこにいた。カフェがあり、温泉街があり、夜の公園があった。他のユーザーの2Dキャラクターが、画面内を歩き回り、吹き出しで話しかけてくる。コミュニケーションは、チャットの窓ではなく、「街」の中で起きていた。
それから10年。2019年12月をもって、アメーバピグはPC版のサービスを終了した。スマホ版の後継「ピグパーティ」もサービス内容を変えながら運営されている。
2021年、MetaがFacebookから社名を変え、「メタバース」という言葉が世界中で語られる夏がやってきた。その頃、アメーバピグの思い出はどこか懐かしい過去として、ネットの隅に置かれていた。
しかし、である。
いま2026年の目でメタバース市場を見渡してみると、アメーバピグが2009年に提示していた設計思想は、決して過去のものではない。むしろ、現在のメタバース事業者たちが悩んでいる論点のいくつかに、10年前に先回りして答えを出していた節がある。
連載「あのサービスは、いま」の第4回は、アメーバピグを題材に、メタバースという概念の輪郭をもう一度ひきなおしてみたい。
「2Dの仮想空間」という選択は、何を生んだのか
先に事実を押さえる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 開始 | 2009年2月(アメーバピグ、Flashベース) |
| ピーク時登録者数 | 約1,500万人(2013年頃、サイバーエージェント発表ベース) |
| 主な機能 | 仮想の街のマップ内でアバター操作、チャット、ミニゲーム、室内カスタマイズ |
| 収益モデル | アイテム課金(衣装、家具等) |
| PC版サービス終了 | 2019年12月2日 |
| 後継スマホアプリ | ピグパーティ(2016年リリース) |
重要なのは、技術選択の話だ。
アメーバピグは、3Dではなく2Dで仮想空間を構築した。正確には、「クォータービュー」と呼ばれる斜め見下ろしの2Dグラフィックに、キャラクターをドット絵で描いた。
当時の選択肢として、3Dの仮想空間を提供するサービスは既にあった。「Second Life」は2003年に開始されていたし、国内でもソニー系列の「Home」等が存在した。
アメーバピグが3Dではなく2Dを選んだのは、意図的な判断だ。そしてその判断が、アメーバピグを「メタバース前夜の最大のヒット」に押し上げた。
理由は、少なくとも3つある。
| 理由 | 具体的内容 |
|---|---|
| クライアントの軽さ | Flash + 2D描画で、当時の一般的なWindows PCでも動作 |
| 習熟コストの低さ | マウス操作のみで完結、3D空間の操作学習が不要 |
| 画面の情報量 | 誰が何をしているかが一画面で把握できる、「街」の見渡しが効く |
これが、メタバースという言葉がなかった時代に、1,500万人を巻き込んだ。
Second LifeとVRChatの間にあった空白
ここで少しだけ、時代の全体像を整理したい。
仮想空間サービスの歴史を、おおざっぱに3世代に分けてみる。
| 世代 | 時期 | 代表サービス | 前提デバイス |
|---|---|---|---|
| 第1世代 | 2003〜2010 | Second Life、Habbo、Gaia Online | PC(低スペック前提のクライアント) |
| 第2世代 | 2009〜2015 | アメーバピグ、Pigg Party、LINE Play | PCブラウザ・スマホ |
| 第3世代 | 2017〜現在 | VRChat、cluster、Rec Room、Fortnite | PC+VR HMD・スマホ |
第1世代は、技術先行で参入障壁が高かった。第3世代は、没入感と3D空間の自由度で魅了する。この2つの間に、「PCブラウザと2Dで、大量の人が同時に同じ空間にいる感覚を提供した」第2世代がある。
アメーバピグは、第2世代の代表作だ。
そして、第3世代の事業者が2026年現在直面しているいくつかの論点を、アメーバピグは第2世代の段階でかなり先鋭的に提示していた。
いまのメタバースが悩んでいる論点と、アメーバピグの「答え」
ここから、少しだけ具体的に踏み込む。
2026年現在、メタバース事業者と投資家は、おおむね次の4つの論点で苦戦している。
| 現在のメタバースの論点 | アメーバピグが10年前に出した答え |
|---|---|
| 平均滞在時間の伸び悩み | ログインボーナス+短時間ミニゲーム+釣り等の軽量コンテンツで毎日戻ってくる動線を設計 |
| ユーザー同士の会話の自然発生 | 街の構造(カフェ、広場、温泉)そのものに会話の場を埋め込む |
| アバター経済圏の成立 | 衣装・家具課金と、季節コラボ、ガチャ要素を2010年代前半に定着化 |
| ハードウェア普及率の低さ | PCブラウザ&スマホ対応で、HMDに依存しない設計 |
特に最後の「ハードウェア依存からの自由」は、2026年のメタバース議論において、もう一度注目されるべき論点だ。
Meta QuestやApple Vision Proが揃った現在でも、仮想空間の日常的ユーザーの大半は、PC・スマホからのアクセスで占められている。Robloxもマインクラフトも、3Dではあっても、HMDなしで遊べることを前提に設計されている。
「没入感を上げるために、ハードの壁を上げる」方向が一概に正解ではないことを、アメーバピグの軌跡は示唆している。
2Dが残した遺伝子──LINE PlayとZEPETOへ
アメーバピグの2D仮想空間設計は、国内外の複数のサービスに、かなり素直な仕方で引き継がれている。
| サービス | 開始年 | 共通する設計要素 |
|---|---|---|
| LINE Play | 2012年 | アバター、部屋、チャット、スマホ前提 |
| ピグパーティ | 2016年 | 3D寄りだが、街のメタファーを継承 |
| ZEPETO | 2018年(韓国) | アバター、ワールド、スマホネイティブ |
| Gather | 2020年(米国) | 2Dクォータービュー、オフィス・イベント用 |
| Spatial / Horizon Workrooms | 2021年〜 | 3Dだが、2D的な階層マップを多用 |
特にGatherは、コロナ禍のリモートワーク需要で一気に注目された2Dメタバースだ。クォータービュー、キャラクターの接近で音声通話が自動接続される仕組み。アメーバピグの2014年頃の機能と、相当な部分で設計が重なる。
もちろん、Gatherがアメーバピグの直接的な継承者であるとは誰も主張していない。ただ、「2Dマップ上に人が集まり、近接ベースで自然に会話が起こる」というUXの設計思想が、地域も時代も違う場所で、独立に再発見されていることは事実だ。
ここで定義を段階的に修正したい。
「アメーバピグは時代遅れの2Dサービスだった」と、閉鎖時の多くの記事に書かれていた。より正確には、「3D時代の直前に、『2Dだからこそ成立するコミュニケーション設計』を極めたサービスだった」ほうが実情に近い。
さらに言えば、2020年代のリモートワークとメタバース議論を経た今、「2Dの軽量な仮想空間は、むしろ実用用途に最適化されている」と捉え直せる。
つくった人たちは、いまどこにいるか
アメーバピグのPC版終了後、開発チームのメンバーは、サイバーエージェント内の別プロジェクトに移った人もいれば、他社へ移った人もいる。
2020年代、国内のメタバース領域で目立つのは、cluster(クラスター株式会社)だ。HMDとPC・スマホの両対応で、イベント配信に強みを持つ。creatorにとってのアバター表現や、ワールド制作の手触りを丁寧に設計している。
clusterの開発思想と、アメーバピグの運用思想には、直接の継承関係はない。けれど、国内のUGC仮想空間サービスの流れの中で、アメーバピグ以前と以降で、日本のエンジニアが「仮想空間のUX」に対して持っている感覚の解像度は、明らかに一段上がった。
その解像度を支えているのは、1,500万人が遊んだ仮想の街の実運用ノウハウだった、と言って大きく外れてはいないはずだ。
なぜ2Dメタバースが、2026年に再注目されるのか
2026年現在、海外スタートアップの中で、2Dメタバースが静かに勢いを取り戻している。
代表的なのが、前出のGatherに加えて、Kumospace、Teamflow、Wonder.me などのリモートワーク向け2D仮想空間だ。いずれも、Zoomの「全員正面向きの格子」に疲弊した企業が、もう少し自然な会話の起こり方を求めて選んでいる。
共通する特徴は以下だ。
- ブラウザのみで参加可能、HMD不要
- アバターを操作して他人に近づくと音声が始まる
- 机の島ごとにチャンネルが分かれ、大人数の場を破綻させない
- アメーバピグと同じく、2Dクォータービューが主流
もちろん、リモートワーク用途という土俵に絞った話だ。エンタメ的な3Dメタバースとは、単純には比較できない。
ただ、ユーザーが実際に長時間使い続けているのはどちらかを見ると、少なくとも業務用途では、2Dのほうが軍配が上がっている。
この現実は、アメーバピグ時代のエンジニアたちが、10年前からぼんやり感じていた問いの答え合わせに近い。
次の問い──あなたがいま選んでいる「次元」は、本当にそれでよいか
整理する。
- アメーバピグは、Flashベースの2Dクォータービューで1,500万人の「街」を運用した
- 3Dの前に2Dで仮想空間を経験させたことが、結果として現在のメタバース議論の先回りになった
- LINE Play、ZEPETO、Gatherなどに、2Dの遺伝子は引き継がれている
- 2026年のメタバース議論において、2Dの実用性はむしろ再評価されつつある
読者のあなたが、今、なんらかのプロダクトを設計している途中だとする。3DやAR、VRやAIが当たり前に選択肢に並ぶ時代だ。
ここでひとつ、問いを置きたい。
あなたがそのプロダクトで選ぼうとしている「次元」は、本当に今の体験設計に必要だろうか。より軽い次元、より低い解像度、より少ない機能で、同じ価値を届けられる設計は、まだ検討の余地があるだろうか。
新しい技術は、なんでもないことを、もう少し丁寧にやり直すための道具にもなる。
アメーバピグが10年前に示したのは、そのことだった、と個人的には思っている。
第5回は、2012年登場のニュースアプリ「Gunosy」を取り上げる。AI×パーソナライズの草分けが直面した壁を、LLM時代の検索・レコメンドに接続して考える。