mixiは、なぜ家族アプリの会社になったのか──「あのサービスは、いま」第1回
2007年、日本のインターネットの中心に「mixi」があった。
月間ログインユーザーは1,000万人を超え、招待制というクローズドな作法が知的ステータスのように扱われていた時期だ。「マイミク」「あしあと」「足跡を消す」——今ではほとんど死語になった言葉が、当時は日々のSNS作法として生きていた。
あれから約20年。mixiを運営していた会社は、いま「家族アルバムアプリ みてね」の会社として知られている。スマホを持つ子育て世帯なら、一度は名前を聞いたことがあるサービスだ。
SNSの王者が、家族写真アプリの会社になった。
この文だけ読むと、かなり奇妙に響く。だが、mixiの歩みを丁寧に辿っていくと、そこには「撤退」や「失敗」という単語では説明しきれない、つくる人の連続した判断の筋道が見えてくる。
本稿は、連載「あのサービスは、いま」の第1回。消えた、あるいは姿を変えた日本のネットサービスを、つくった人の視点から読み直す特集だ。初回に取り上げるのは、どうしてもmixiでなければならないと思っていた。
1,500万人のSNSは、なぜ止まったのか
先にデータから押さえておきたい。
| 時期 | mixi本体のユーザー動向 | 業界の出来事 |
|---|---|---|
| 2004年2月 | サービス開始(招待制) | — |
| 2007年 | 月間ログインユーザー1,000万人超 | YouTube日本語版開始 |
| 2008年 | 上場、時価総額2,000億円超 | iPhone日本発売 |
| 2010年 | 月間ログインユーザー2,000万人超 | Twitter日本語版が一般化 |
| 2011年 | Facebook日本版が急伸 | LINEサービス開始 |
| 2013年 | 業績悪化、希望退職実施 | モンスターストライク配信開始 |
| 2014年 | 笠原健治氏が社長退任、朝倉祐介氏が社長就任 | — |
2010年頃まで、mixiは国内SNSの代名詞だった。
変わったのは2011年から2013年の3年間だ。Facebookが実名文化を持ち込み、スマホの普及によってTwitterがリアルタイム投稿の主役になり、LINEが「連絡手段」を根こそぎ奪いにきた。
mixiは、PC時代の設計思想でつくられたサービスだった。招待制、コミュニティ、日記、あしあと。いずれも「ゆっくり書く」「ゆっくり読む」ことを前提にしている。スマホで隙間時間に短文を投げる時代の情報速度と、根本的に呼吸が合わなかった。
ここで一旦、よくある語られ方を書いておく。
「mixiはFacebookに負けた」
これは、間違いではない。けれど、正確でもない。
なぜなら、mixiを運営していた会社(当時は株式会社ミクシィ、現MIXI)は、この時期に自らのプロダクトポートフォリオそのものを書き換える判断をしているからだ。SNS戦線からは降りた。けれど、会社としては次の場所に走り出した。「負けた」という日本語が覆い隠してしまうのは、この「次の場所」の存在のほうだ。
モンストがもたらした、予期せぬ資金と時間
2013年10月、同社は「モンスターストライク(モンスト)」を配信開始する。
当時、日本のモバイルゲーム市場はパズドラ(ガンホー)が圧倒的な覇権を握っていた。後発のモンストに対して、社内外の期待が特別高かったわけではないらしい。
ところが、このゲームが化けた。
| モンスト関連の数字 | 内容 |
|---|---|
| 累計利用者数 | 全世界6,500万人超(2023年時点の同社公表) |
| 配信開始 | 2013年10月 |
| 営業利益(2016年3月期) | 約2,000億円(同社過去最高) |
| 特徴的な設計 | 近距離マルチプレイで4人同時プレイ |
重要なのは、売上数字そのものではない。
モンストが会社に持ち込んだのは、巨大なキャッシュと、時間だった。
SNSとしてのmixiが斜陽化していく中で、会社としては次の打ち手を仕込むための資金と、腰を据えて考える時間が確保された。この時間がなければ、あとに続く「みてね」も、スポーツベッティングの「TIPSTAR」も生まれていなかった可能性が高い。
ここでひとつ、段階的に定義を修正したい。
モンストは「ゲーム事業の成功」だとよく説明される。より正確には、「SNS事業が失った時間を、買い戻した取引」に近い。もっと踏み込むと、「次のプロダクトをつくるための、意図せざる助走路」だった。
「みてね」が継いだ、mixiの本当の遺伝子
2015年4月、家族アルバムアプリ「みてね」がリリースされる。
発案者は、mixiの創業者である笠原健治氏だ。笠原氏は2014年に社長を退き、会長に就いていた。彼自身に子どもが生まれ、「おじいちゃんおばあちゃんに、孫の写真をどう安全に共有するか」が日常の課題になっていたという。
ここで、冷静に、mixiとみてねの表面上の違いと、その奥にある共通点を並べてみる。
| 観点 | mixi(2004〜) | みてね(2015〜) |
|---|---|---|
| ユーザーの範囲 | 友人・知人まで(招待制) | 家族のみ(招待制) |
| 情報の更新頻度 | 日記・つぶやき | 写真・動画 |
| 誰と共有するか | マイミク | 父母・祖父母・きょうだい |
| 投稿への反応 | あしあと・コメント | スタンプ・コメント |
| 閉じられている度合い | 中くらい | 極めて高い |
並べると、見え方が変わってくる。
mixiが持っていた「招待制」「クローズドなつながり」「記録としてのタイムライン」「相手が見に来てくれたことがわかる手触り(あしあと)」──これらの設計思想は、みてねに丸ごと継承されている。
違うのは、対象とする人間関係の射程だけだ。
mixiは2004年当時、日本人が「知人までの半閉域」に対して、ちょうどよい温度で自分を開示できる場所を提供した。2015年以降のスマホ時代、公開SNSが息苦しくなるにつれて、人々が本当に共有したい相手は「家族」までに縮んでいった。
みてねは、その縮んだ射程に、かつてのmixiの設計思想を注ぎ直したサービスだと言える。
つくる人は、同じ問いを抱き続けている
ここで、少し抽象度を上げる。
笠原健治氏は、東京大学在学中の2004年にmixiを立ち上げた。2014年に社長を退任し、みてねの立ち上げから現在までプロダクトに深く関わっている。20年前と同じ人が、形を変えながら、同じ問いに向かい続けている。
その問いを言語化するなら、こう書ける。
どうすれば、人は大切な相手に、安心して自分を開示できるか。
mixiでは、その対象を「マイミク」として定義した。みてねでは、対象を「家族」に絞った。問いの射程は小さくなったが、問いそのものは変わっていない。
ここに、本稿の一番書きたかったことがある。
サービスの終わりは、つくる人の問いの終わりとは違う。「あのサービスは、いま」という問いを立てた瞬間、私たちはサービスの寿命だけを見ている。けれど、実際に目で追うべきなのは、そのサービスをつくった人が、次にどの問いを選び直したか、ではないか。
MIXIは、なぜ「家族アプリの会社」と呼ばれるのか
一方、会社全体としてのMIXIの現在地も押さえておく。
2026年現在、同社の事業は大きく三本柱だ。
- デジタルエンターテインメント(モンスト、その他ゲーム)
- ライフスタイル(みてね、みてねコールドクター等の家族ドメイン)
- スポーツ(公営競技ベッティングのTIPSTAR、プロ野球の千葉ロッテマリーンズ筆頭株主化、バスケットボールクラブ千葉ジェッツ運営等)
並べると、一見バラバラに見える。
けれど、会社のミッションは「豊かなコミュニケーションを広げ、世界を幸せな驚きで包む」で一貫している。「人と人のつながりを、どんな場面でも設計する会社」と自己定義していると読める。
SNSという言葉は使わなくなった。けれど、やっていることの根っこは、mixi時代と大きくはずれていない。
次の問い──あなたの今のプロダクトは、10年後にどこへ向かっているか
最後に、ここまでの整理を一度畳んでおく。
- mixiは「SNSの王者」だった。だが、スマホ時代の情報速度に、PC時代の設計思想が合わなくなった
- 会社としては、モンストの成功で時間と資金を得た
- みてねは、mixiの設計思想を「家族」という小さな射程に注ぎ直したプロダクトだった
- 笠原健治氏という個人は、20年間ほぼ同じ問いに向き合い続けている
この連載のタイトルは「あのサービスは、いま」だ。
けれど今回書いてみて、問いは少しズレている気がしてきた。私たちが本当に問うべきなのは、サービスの現在地ではなく、「つくった人が、今どの問いを選び直しているか」のほうではないか。
読んでくれているあなたが、今、仕事でなにかのサービスをつくっているなら、こう問い直してみてほしい。
あなたが今のプロダクトに込めている問いは、10年後、違う形で生き残れるものだろうか。プロダクトの姿が変わっても、自分がもう一度取り組みたい問いは、どこに置かれているだろうか。
第2回は、2019年にサービスを終えた「Yahoo!ジオシティーズ」を取り上げる。個人サイトの時代が残した設計思想が、どのようにnoteやZennへ受け継がれていったのかを辿る予定だ。
