起業家のインタビュー記事は、世の中にいくらでもある。
「こういうビジョンで始めました」「苦労もありましたが成長できました」。読んだ瞬間は刺激を受けるが、翌朝には忘れている。そんな記事が量産される時代に、まったく別のアプローチで起業家の「中身」に迫るメディアがある。
高木新平がホストを務めるポッドキャスト『インサイドビジョン』だ。
筆者がこの番組を知ったのは半年ほど前のことだ。Xのタイムラインに流れてきた「けんすう回が最高だった」という投稿がきっかけだった。軽い気持ちで再生ボタンを押し、気づいたら90分が過ぎていた。以来、毎週火曜日の配信を欠かさず聴いている。
「インサイドビジョン」とは何か
正式名称は「起業家の思想と人生に迫る インサイドビジョン」。2022年にスタートし、現在までに116話以上を配信している。Apple Podcastの起業家カテゴリではTop3に常連でランクインする人気番組だ。
ホストの高木新平は、ビジョニング・ファームNEWPEACE株式会社の代表取締役。1987年富山県生まれ。早稲田大学を卒業後、博報堂を経て2014年にNEWPEACEを創業した。
彼の本業は「ビジョンをつくること」だ。企業や自治体のブランディングを手がける中で培った「人の内側にある思想を言語化する力」が、そのままインタビュアーとしての武器になっている。
番組のフォーマットはシンプル。ゲストの起業家を「秘密の地下基地」と称するスタジオに招き、約90分間、じっくり話を聞く。毎週火曜日に新エピソードが公開される。
特筆すべきは、番組の姿勢だ。過去の成功を振り返る「武勇伝トーク」はほとんどない。代わりに、「今、何に迷っているか」「これからどう生きたいか」という、現在進行形の問いに正面から向き合う。この姿勢が、他のビジネス系ポッドキャストとインサイドビジョンを決定的に分けている。
なぜ90分なのか——「深さ」が生む本物の対話
テキストメディアのインタビューは、通常30分から1時間の取材を2,000〜4,000字に凝縮する。読みやすさと引き換えに、「行間」が削られる。
インサイドビジョンは、その行間こそが価値だと言わんばかりに、90分をまるごと届ける。
最初の20分はたいてい表面的だ。名刺代わりの経歴紹介があり、よく聞かれるであろう質問への「準備された回答」が並ぶ。ここまでは、テキストインタビューと変わらない。
しかし30分を過ぎたあたりから、空気が変わる。
ゲストの語り口が柔らかくなり、「正直に言うと」「あまり言ったことないんですけど」といった前置きが増えてくる。高木が絶妙なタイミングで投げる問いが、起業家のアーマーを少しずつ外していく。
この「30分の壁を越えた先にある本音」が、インサイドビジョンの最大の価値だ。テキストでは絶対に再現できない。声のトーン、間の取り方、言い淀み。それらすべてが情報として届く。
たとえば、ある回でゲストが「会社を売ろうかと思った時期がある」と告白した場面があった。テキストなら一行で済む話だが、音声ではその言葉の前に5秒ほどの沈黙があった。その5秒間に、ゲストがどれだけ迷い、どれだけ覚悟を決めてその言葉を口にしたかが、生々しく伝わってきた。
これは活字では絶対に伝えられない情報だ。90分という尺は「長い」のではなく、「本音にたどり着くために必要な時間」なのだと、聴き続けるうちに理解できるようになった。
聴くべきエピソード3選
116話以上あるアーカイブから、まずはこの3本を聴いてほしい。
1. けんすう回「なぜ今Podcastなのか?」
連続起業家・けんすうとの対談エピソード。「ガチ事業相談」というサブタイトルの通り、台本なしの生々しいビジネスディスカッションが展開される。
けんすう自身がSNSで「めちゃくちゃよかった」と発言したことでも話題になった回だ。ポッドキャストというメディアの可能性について、二人のクリエイティブな頭脳がぶつかり合う。初めて聴く人には最もおすすめしたいエピソードだ。
この回が秀逸なのは、「相談する側」と「される側」の立場が途中で何度も入れ替わる点だ。高木がけんすうに問いかけたつもりが、いつの間にか自分も同じ問題を抱えていることに気づく。「メディアをつくる側の人間」同士だからこそ成立する、対等な対話がそこにある。
2. 箕輪厚介回「38歳の自己認識」
編集者・箕輪厚介の2パート構成エピソード。「天才編集者」と呼ばれた男が38歳で直面するアイデンティティの揺らぎについて、驚くほど率直に語っている。
キャリアの成功を手にした後に訪れる「で、自分は本当は何がしたいのか」という問いは、30代後半のビジネスパーソンなら誰もが共感する普遍的なテーマだ。高木の引き出し方が秀逸で、箕輪の言葉が刺さる。
特に印象的だったのは、箕輪が「編集者としての自分はもう完成してしまった」と語った瞬間だ。それが喜びではなく、ある種の喪失感として語られていたことに、聴いていて胸が締めつけられた。完成することの恐怖。成長の余白がなくなった時、人は何を目指すのか。20代の自分には見えなかった景色が、このエピソードには詰まっている。
3. Heralbony回「異彩を、放て。」
知的障害のあるアーティストの作品をビジネスに変えるHeralbonyの共同代表、松田崇弥・文登兄弟が出演。「自分たちの存在意義」について掘り下げた回だ。
ソーシャルインパクトとビジネスの両立という、答えの出にくいテーマに正面から向き合う。起業の動機が「稼ぎたい」でも「世界を変えたい」でもなく、もっと個人的な場所にあるということを思い出させてくれるエピソードだ。
松田兄弟の兄である崇弥さんが「弟に障害がなかったら、自分はこの事業をやっていなかった」と語る場面がある。その言葉には、使命感ともコンプレックスとも違う、もっと根源的な感情が込められていた。ビジネスの「Why」を考える上で、これほど深い事例に触れることは滅多にない。
高木新平というホストの特異性
ポッドキャストのインタビュアーには、大きく分けて二つのタイプがいる。
ひとつは「ジャーナリスト型」。的確な質問で相手の論理を引き出す。もうひとつは「共感型」。同じ立場の仲間として、自然な会話を引き出す。
高木新平は、そのどちらでもない。「ビジョナリスト型」とでも言うべき、独自のスタイルを持っている。
彼の質問は、相手の過去を掘り下げるのではなく、「今、何に迷っているか」「これからどうしたいか」に焦点を当てる。過去の成功は聞かない。未来の不確実性こそ聞く。
これは偶然ではない。NEWPEACEで企業のビジョンをつくる仕事をしてきた高木にとって、「まだ言語化されていないもの」を引き出すことは本業そのものだ。クライアントの経営者から「自分でも気づいていなかったビジョン」を引き出す技術が、ポッドキャストのインタビューにそのまま応用されている。
だからゲストは、番組を終えた後に「自分の考えが整理できた」と言うことが多い。情報を引き出す場ではなく、思考を整理する場。それがインサイドビジョンのユニークなポジショニングだ。
もう一つ、高木のホストとしての特徴を挙げるなら「沈黙を恐れない」ことだ。多くのインタビュアーは沈黙を嫌う。相手が言葉に詰まると、すかさず別の質問を投げて場をつなごうとする。しかし高木は、ゲストが黙っている時間をそのまま残す。
この「待つ力」は、おそらくビジョニングの現場で鍛えられたものだろう。経営者が本当に大事なことを言語化するには時間がかかる。その時間を奪わないこと。それがインサイドビジョンの対話の質を支えている。
ポッドキャストが「起業家メディア」を変える
テキストのインタビュー記事には、構造的な限界がある。
取材で1時間話を聞いても、原稿にできるのは全体の20〜30%。残りは「記事の流れに合わない」「読者に伝わりにくい」という理由でカットされる。編集者のフィルターを通した時点で、話者のニュアンスは不可避的に変質する。
ポッドキャストには、そのフィルターがない。
話者の声そのものが届く。迷いながら言葉を探す過程が届く。沈黙の重さが届く。テキストでは「……」としか表現できないものが、音声では3秒の沈黙として生々しく伝わる。
日本のポッドキャスト市場は急成長している。利用率は18.2%に達し、10代では40%を超える。YouTubeやTikTokに比べれば小さな市場だが、リスナーの質が違う。ポッドキャストを習慣的に聴く層は、情報感度が高く、長尺コンテンツに耐えられる集中力を持っている。そしてビジネス・起業家カテゴリにおいて、インサイドビジョンほどの深度を持つ番組はまだ少ない。
スタートアップ界隈でよく耳にするポッドキャストは、ニュース解説型か、ゲスト招待型のライトな対談が主流だ。30分前後で、移動中にサクッと聴ける。それはそれで価値がある。
しかしインサイドビジョンは、あえてその逆を行く。90分という長さは「忙しい人に向いていない」と言われることもあるだろう。だが実際には、忙しい人ほどこの番組を聴いている。なぜなら、起業家の意思決定の裏側にある思考プロセスを知ることは、自分自身の意思決定の精度を高めることに直結するからだ。
90分という尺の長さは、一見すると非効率に見える。しかしそれは「効率」という尺度で測るべきコンテンツではない。起業家という生き方を選んだ人間の思考の全体像に触れるためには、90分でも足りないくらいだ。
「聴く」という行為が変えるもの
最後に、少しだけ個人的な話をしたい。
インサイドビジョンを半年間聴き続けて、自分の中で変わったことがある。それは「成功している人も迷っている」という、言葉にすれば当たり前の事実が、腹の底から理解できるようになったことだ。
テキスト記事では、起業家はたいてい「答えを持っている人」として描かれる。課題を見つけ、仮説を立て、実行し、結果を出す。その一連のストーリーが美しく整理されて提示される。
しかしインサイドビジョンで聴く起業家たちは、もっと人間的だ。答えが分からないまま決断し、不安を抱えたまま走り、時に立ち止まる。その過程をリアルタイムで共有してくれる。
これは、テキストメディアでは決して得られない体験だ。そして、起業を志す人にとっては、どんなビジネス書よりも実践的な学びになる。
もう一つ、聴き続けて気づいたことがある。インサイドビジョンのリスナーには、いわゆる「起業家予備軍」だけでなく、大企業の中間管理職やフリーランスのクリエイター、さらには学生まで、多様な層がいるということだ。それは、この番組が扱っているテーマが「起業」に限定されていないからだと思う。
高木が掘り下げているのは、突き詰めれば「自分の価値観で生きるとはどういうことか」という問いだ。それは起業家に限った話ではない。会社員であれ、フリーランスであれ、学生であれ、自分の人生の舵を自分で取ろうとする人にとって、普遍的なテーマだ。
だからこそ、インサイドビジョンは「起業家ポッドキャスト」というカテゴリを超えて、広い層に響いているのだろう。
もし今、何かに迷っているなら——転職か独立か、新しいプロジェクトを始めるか、それとも今の場所で踏ん張るか——インサイドビジョンを聴いてみてほしい。答えは出ないかもしれない。しかし、「迷っているのは自分だけじゃない」という感覚は、驚くほど人を前に進ませる力を持っている。
通勤中に、ランニング中に、家事をしながら。起業家の「生きた思想」に触れてみてほしい。まずはけんすう回から。再生ボタンを押せば、テキストでは決して届かなかった何かが、耳に届くはずだ。
Spotifyで聴く:インサイドビジョン - Spotify
Apple Podcastで聴く:インサイドビジョン - Apple Podcasts
